界のカケラ 〜66〜
「でもあのとき、徹くんが無事で良かったよ。安心したんだよ」
「無事って何のこと?」
「そうか・・・ 徹くんはまだ知らなかったんだ」
「何を言っているの?」
「徹くん、あのね・・・ あの日、徹くんと交差点で会ったときね。手を振った後、徹くんのいる道路に向かって車が猛スピードで走ってきていたの。だから『逃げって!』って大きな声で叫んだんだけど、徹くんには届いていなくて・・・ だから走って徹くんを助けにいったの」
「そうだったの? 何も聞こえなかったよ。車も周りになかったよ」
「それはきっとお姉ちゃんが徹くんを勢いよく突き飛ばしたショックで記憶が飛んじゃったのかもしれないね」
「そうなのかな?」
「そうだよ。車がなかったのは、お姉ちゃんを引いた車はそのまま逃げちゃったからだよ。でもお姉ちゃんはそんなことより、徹くんが怪我をしなかったことが良かった。あの車に引かれてたら徹くんが死んじゃっていたと思うから」
「お姉ちゃん・・・ ありがとう・・・」
「どういたしまして。 あれから徹くんは大きくなって、大人になって、ちゃんと立派に生きている?」
「えっと・・・ そうじゃない・・・」
「正直でよろしい。実はね、大人になった徹くんの様子やお姉ちゃんがここに来るまでの様子をゆいさんから聞いていたんだよ。だから嘘をついたら叱ってやろうと思ったんだけど、心は素直で正直なままだったんだね。それは嬉しいよ」
「立派に生きてなくてごめんなさい・・・」
「ううん。謝らなくていいよ。あの時のことが忘れられなくて、それをちょっと考えすぎちゃったり感じすぎちゃっただけだもんね。だからね、もうこれで悲しまなくていいんだよ。心の中にそっとしまいこんで、お姉ちゃんのことをたまに思い出すくらいでいいからね。今の自分をこの正直で素直な心のままで生きていって」
「うん。お姉ちゃんのことは一生忘れない。お墓参りも行く。お姉ちゃんが守ってくれた命を大事にして生きていく」
深鈴さんはそっと徹くんを抱きしめた。