界のカケラ 〜78〜
女性に触れないように細心の注意を払った。懸命に伸ばして今にも攣りそうな腕と手がナースコールに届こうとした時、急に起き出した女性の頭が私のみぞおちに入った。あまりの痛さに踏ん張ることができず、ベッドにそのまま倒れ込んだ。
「わ、すみません! すみません!」
謝る女性に苛立ちながら、その女性の顔をにらみつけるように見上げた。
「あなたはどなたですか? なんで私のベッドの上で頭を埋めていたのですか?」
「すみません! 実は四条先生に伺いたいことがありまして」
「だったらなぜ病室の外ではなくて、中に入ったのですか?」
「それが最初はそう思ったので、ドアをノックしたんです。でも部屋は電気が付いていないので、部屋には不在だと思い帰ろうとしたのです。その時に部屋の中からドサッ! 大きな音がしたので、もし四条さんがベッドから落ちて怪我をしていたら大変だと思い、部屋に入って電気をつけたのです」
「それはわかりました。それでなぜベッドに頭を埋めていたかはどう説明しますか?」
「はい。部屋に入るとその音がどこからしたのか分からないほど、綺麗な部屋のままでした。大きなものが落ちてもいなかったです。でも怪しい人がいないかどうかベッドの下やトイレなど点検しておこうと見回り、誰もいないことを確認しました。それで部屋を出ようとしたのです」
「それで?」
「そうしたらまたドサッと音がしたので振り返ると、落ちるはずのない枕が落ちていて、枕をベッドに戻すためにベッドまで行き、枕を拾い上げたまでは覚えているのですが、それから今まで記憶がないんです」
「その枕なんですけど、ベッドの頭部分の中央に綺麗に置いてあるんですけど、これは説明できますか?」
「いえ、できません。でも信じてください。本当にさっき言ったことが起きていたんです!」
「いまいち信用できないですが、何かを荒らした形跡もないし、とりあえず病院の警備員に来てもらって事情を話してもらいます。あなたの名前と何をしている人ですか?」
「私は深海 鈴です。この病院の看護師です」
「え?この病院の看護師? 見たことない顔だけど」
「はい。系列の病院から異動があって三日前に来たばかりで何も分からなくて。今日もカルテに載っていることで聞きたいことがあり、手術を担当したのが四条さんだと知りました」
「三日前だったら私は知らないも同然か。仕事柄、専門科の看護師は全員知っているけど、ずっと入院してたから最近の人までは知らないわ」
「そうですよね。これが看護師の名札です。ご確認ください」
「どうやら本物のようね。顔写真もちゃんと一致しているし。とりあえず正直に話しているようだから警備員は呼ばないことにします。それで聞きたいことは何だったのですか?」
深海と名乗る女性の看護師は、私が入院する前に救命に運ばれた患者のことについて気になったことを聞きにきただけだった。それは私も気にかけていた部分で確かに注意書きをしたはずが書かれていなかった。このことに気づいた彼女は看護師として優秀であることは間違いなかった。