6.パブの楽しみ〜③アイルランド編(第3章.旅先で考えたそれぞれの文化)
アイルランドでももちろんパブに行った。日本でも「アイリッシュ・パブ」と銘打った店はあちこちにあるが、「ビールを飲みながら音楽の生演奏に合わせて歌い、踊る」といったイメージはアイルランドのパブから由来しているものと思われる。
さて、アイルランドの首都ダブリンにオドノヒューズというパブがある。店内は木を基調とした古めかしいもので、しかも所々が黒光りしている。昔からずっと変わらぬ姿で、お客さんに愛され続けているのだということが店の雰囲気から感じ取れる。
まず、私はカウンターでギネスを注文した。そう、ギネスである。アイルランドと言えばギネス、と言うほど有名なあのビールである。本当は「ギネス」は商品名なので「スタウト(上面発酵の黒ビール)」と言ったほうがいいのかもしれない。しかし、ギネスがあまりにも有名なため、「スタウト=ギネス」になってしまった感はある。
そのギネスを飲みながら一人カウンターに座っていると、何やらアイルランド伝統音楽の生演奏が始まった。ギターが3人、それから小さなパーカッションを叩いている人もいる。年齢は割と高齢な人達だ。まったく名の知れていないミュージシャン達だが、お客さんの中には踊り出す人もいる。名も無きミュージシャンの奏でる音、そして市井の人達の笑顔こそが音楽そのものである、とこの時改めて実感したのである。
それにしても、アイルランドの人々の音楽に対する情熱はただものではない。西部の中心都市ゴールウェイという街でも凄かった。私が入ったキングス・ヘッドというパブは、初めは少し観光客向けのパブかな、と思っていたが、21:00過ぎになると地元の若者と思しき人達でいっぱいになった。そして音楽の生演奏である。こちらは伝統音楽ではなく地元のアコースティック・デュオといった感じだが、若者達は大盛り上がりである。ビールやウイスキー(そう!アイリッシュ・ウイスキーも有名だ)もどんどん消費されていく。
22:00頃、パブを出て、私は宿へと帰っていった。その道すがら、まだまだ音は鳴り響いている。私が入ったパブ以外もパブは沢山ある。そしてどのパブにも必ずミュージシャンが演奏しているのだ。そして路上でも音楽を奏でている人達がいる。しかも今日は平日である。それなのに音楽は鳴り止む気配はない。
恐らく、アイルランドの人達にとって音楽は空気のような存在なのだろう。音楽無しでは生きていけないのだ。私は初め、人口一人当たりのミュージシャンの割合がアイルランドは非常に高いな、と思っていたが、実はそうではないことに気付いた。
むしろ、アイルランドのほとんどの人がミュージシャンで、食べたり飲んだり空気を吸ったりするのと同じように音楽を奏でているのだ。「今日は君が演奏して。明日は僕が演奏するから」…彼らにとってはそんな感覚なのかもしれない。
誰もがミュージシャン…それはもしかしたら、そうせざるを得なかった不遇な歴史がもたらしたものかもしれない。しかし、それを今実行している彼らは、やはり幸せなのだろう。
これで「第3章.旅先で考えたそれぞれの文化」は終わりです。
次からは「第4章.旅先で触れた想い出の宿」が始まります。
内容は以下の通りです。
1.おとぎの国の宿
2.スコットランドのB&B
3.バー付属のホテル
4.プラハの宿
5.想い出の宿