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折れた爪とサッポロ赤星
スタッフさんの爪が折れた。正確にはネイルチップが外れた。それは綺麗な爪だった。彼女はそんなことにも気がつかず,一生懸命に作業をしていた。気がつかないもんなんだ,外れていった感覚ってないんだ,と眺めていた。数秒後,爪が外れたことを教えた。これは親切だったんだろうか。
地下2階から地上を目指す階段は殺風景で,ここが新宿だということを忘れさせる。地上に広がる猥雑な風景には辟易する。いつだって新宿は早急に滅びるべき街だと思っている。でも,愛着を持ってしまったようだ。
単純接触効果。相手が人間じゃなくても効果があるんだろうか。気がつけば東京が好きになってしまった気がする。昔から変わらず,人間が住むような場所ではないと思っている。何度でも訪れたい場所だけど,大っ嫌いだ。
京都駅の改札を抜けて,目の前に聳え立つ異物に安心感を覚えるようになったのはいつのことだっただろう。そんな文句で京都に帰ってきたことを綴っている輩がいれば観光客だ。京都に住んでいるいると,京都駅の改札を出ない。出るとしても中央改札なんか使わない。最後にあそこの改札使ったのがいつだか思い出せない。
市営地下鉄に乗って,広告のアナウンスが流れてきたときに京都を感じる。レトロな喫茶店が観光客で溢れているとき京都を感じる。ただ何となく街を歩いているとき,風の中に意地悪な凍てつきが含まれているとき京都を感じる。そんな感じ。
三条大橋は綺麗になってしまって,無理やり古都を感じさせてくる。どこかの誰かが描いた理想の京都像をみんなで作り上げようとしている。観光客で賑わっている「京都を感じる雰囲気のお店」は大体令和創業だ。みんな「ぽい」もので満足だし,その方が旅行を演出できる。本当の姿はあまりにも平凡だということに気がついている。
南に降っていく。そこはすぐに住宅街で,車がないと生活しにくい程の不便さがある。道は細い。住居が密集している。地価はどんどんあがって日本人には手が出せない。でも円には価値がないから外貨持ちなら安い土地。
その辺の居酒屋にも外国人が侵食してきた。別に嫌じゃないけど,本心では少し嫌な気持ちがあるみたいだ。赤星(半拍あけて)グラス3つで。餃子の到着を待ちながら3人で話す。いつだってしょうもない話。この3人で飲むのは初めてだって言うのに。
あーあ,二日酔い。猥雑,猥雑,ポップアップ。適当に思いついた言葉では世界は変えられないけど,自分の世界はちょっと揺れた気がする。