【横浜市長選2021】知事のお下がりは有権者に響かないという法則
新しい横浜市長が誕生したのに、誰も市政の話をしない。みんな、国政とカジノで盛り上がっている。横浜市長選には8人もの候補者が乱立した。投票率も上がった。本来、これからの横浜市政が問われるはずだった。だが、3期続いた林市政の何が問題だったのか、解説している記事は見つからない。現職候補が当選者にダブルスコア以上の差をつけられ、3位に終わる選挙など、長い人生で一度も見たことがない。「知事」の肩書を持った有力候補がいずれも惨敗した選挙も記憶にない。菅首相の去就よりも、もっと大切なことがあるはずだ。地方選挙を国政のリトマス試験紙にしてはならない。多くの識者は口にしないが、私はそこにはこだわっていきたい。
現職惨敗だが、新市長に継承してほしい課題
林文子市長には期待していたことがある。それは「特別自治市」という大都市制度改革である。大阪府市は維新系首長によって東京の都区制度を大阪に持ち込んだ「都構想」を実現しようとして、2度にわたって住民投票を行った。これに対して、全国の政令市の多くが目指しているのが「特別自治市」である。
大都市では、今後、人口減少や少子高齢化への対応、老朽化する都市インフラの維持更新など、多くの深刻な課題を抱えています。その一方で、大都市には、海外の大都市との都市間競争に勝ち抜き、国全体の経済成長をけん引する役割も期待されています。
こうした課題に対応し、大都市としての役割を果たすため、現在の指定都市制度を見直し、国が担うべき事務を除く全ての地方事務を大都市が一元的に担う制度です。
政令市は広域行政の一部を担っているので、基礎的自治体の権限と広域自治体(道府県)の権限の両方を持っている。これが政令市が「二重行政」と言われるゆえんだ。大阪都構想の場合、政令市である大阪市から広域行政の権限を府が奪い、広域行政を府で一元化する。特別自治市とはその逆で、道府県の持っている権限を基礎的自治体である市に下ろし、地方が持つべき全ての権限を市が一元的に担う。
横浜市は林市長の下で積極的にこの新しい大都市制度の内容を市民にアピールし、理解を求め、毎年のように内容も充実させていった。専門家を招いたシンポジウムを開催し、市民も巻き込んだ議論も行っていた。一方で、維新の会ほど、大都市制度改革を政争の具にすることはしていない。都構想の背景には「市役所をやっつければ大阪が成長する」という政治活劇のストーリーがあったが、特別自治市には道府県との対立をあおる意味合いはあまりない。ただ、実質的に大都市行政を奪われる広域自治体からすれば、ウエルカムな改革ではない。そういう意味で、実際に実現しようとすれば対立は避けられないだろう。
本来、自治体の裁量で大都市制度の形も選択できるのが理想だが、例外を認めれば、地方交付税など公平性を担保しなければならない税財政制度が揺らぐ懸念もあって、全国一律の現行制度の下で横並びにせざるを得ない。都構想はそこを突破して、「大都市地域特別区設置法」を制定し、東京とほぼ同じ制度設計で都構想を実現したわけだ。だから、総務省は大阪で四つの特別区が誕生した後も、政令市時代の地方交付税総額を維持する前提だった。仮に特別自治市が実現するのであれば、横浜市だけが得をする制度設計にはできないだろう。東京という前例のある都構想よりもハードルは高い。
コロナ禍で感じるのは、大した権限も持っていないくせに知事が無駄に強すぎる。例えば、多くの大都市では既に基礎的自治体である市が保健所を持っている。コロナ感染の大半は都市部に集中する。神奈川県なら感染者の半分は横浜市である。知事の役割は県域全体の人的・物的資源の配分や調整で、コロナ対策の主な実行部隊は保健所設置市の保健所なのである。特措法の改正で「まん延防止等重点措置」が創設され、区市町村ごとの適用が可能になったが、本来は緊急事態宣言についても感染状況に照らして区市町村ごとのきめ細かい対策こそが求められるのではないか。
選挙戦でこうした横浜市の将来の統治機構について言及していたのは、おそらく松沢成文元神奈川県知事だけだったのではないか。
今回の市長選で、林氏の負けっぷりは尋常ではない。3期も務めた現職がここまで惨敗するのは、単純に国政の対立軸に巻き込まれたでは説明がつかない。カジノ誘致だけが原因ではない。ただ、選挙結果が林市政の全面否定につながるのは避けたいところだ。一つだけ唯一、新市長にも継承してほしいのが特別自治市構想なのである。
コロナ禍で現場を知らない知事が〝やってる感〟だけアピールし、自らの発信力で人気取りをする場面をたくさん見てきた。実際、感染状況が酷い都道府県ほど知事の人気は高いという倒錯した世論がつくられている。とりわけ東京は東京五輪と政局絡みで知事の虚像が肥大化している。広域自治体としては持っている権限と財源がデカすぎるし、マスメディアの発信も知事という実像以上の虚飾化が行われる。
知事が強すぎるのだ。
元知事が市長選に挑む動機が理解できない
ここで、今回の横浜市長選を振り返っていただきたい。「元知事」という肩書きの候補者が二人も立候補していた。これは市長選としては異例中の異例である。
例えば、大阪では維新系の知事が市長選に立候補したことが2度もある。1回目は2011年11月で、当時の橋下徹府知事である。2回目は2019年3月で、当時の松井一郎府知事である。これはいずれも大阪都構想の是非を選挙で問うというもので、維新らしい政治活劇の一環である。
そうでもなければ、知事経験者が市長選に挑むことはあまり例がない。もちろん、法的には何の問題もないし、道義的な問題があるわけでもない。知事経験者は行政組織を熟知していて、官僚のコントロールにも長けている。国会の何百分の一という立場で好きなように発信できた国会議員出身者よりは現実的な政治力を発揮できるだろう。
今回の選挙で、田中康夫氏と松沢成文氏の政策は非常に明快であった。街頭での訴えも知事としての経験に照らした政策通であることが伝わる。両者は水と油のような存在だが、カジノ反対という点では一致していて、そのアプローチの仕方は異なっていた。横浜市政に対する分析も的を得ていた。やはり知事としての実績があってこその強みだ。
一方で、小此木八郎氏は主語が「私」が多かった。応援弁士もしかりである。街頭での訴えの大半は、小此木氏のプロフィールであったり、政治家としての実績だった。山中竹春氏は演説が下手だった。少なくとも彼が「コロナの専門家」とは思えない。演説を聞いていても、政策が伝わらない。林文子氏はIR推進で手のひらを返した自民・公明に対する愚痴ばかりだった。コロナ対策におけるメッセージ性の弱さを選挙戦で証明してしまった。
私は政策論戦だけ切り取れば、田中氏と松沢氏の圧勝だと思う。しかし、結果は両者とも惨敗だった。あえて言えば、田中氏が最終盤に追い上げて、林氏に迫ったところはさすがだと思った。それでも、選挙戦があと1週間長かったとしても、出馬表明が1週間早かったとしても、結果は変わらなかったと思う。
それは、「知事」という肩書きを経験した人がなぜ「市長」の座を狙うのかという疑問に答えられていないからだ。特に田中氏は長野県の知事を2期務めている。横浜市民からすれば、「なぜ?」という思いが強かっただろう。田中氏自身は横浜市民であるにもかかわらず、脳内で「市長選」にイメージがつながってくれない。
松沢氏に至っては、つい2年前に参院神奈川選挙区で維新公認候補として再選したばかりだ。半分以上任期を残して、知事選ではなく市長選だという動機が最後まで市民には伝わらなかった。NHKの出口調査では維新支持者の大半は小此木氏に投票しており、維新における松沢氏の立場を象徴している。維新は彼の居場所ではなかったのだ。
田中氏は2000年10月から2006年8月まで2期6年間、長野県知事を務めた。松沢氏は2003年4月から2011年4月まで2期8年間、神奈川県知事を務めた。2人が知事だった時代、都知事を務めたのが石原慎太郎だ。当時、知事は強かった。自民党政権が末期的状態で、各地に非自民系の無党派知事が誕生していた。その多くは〝改革派〟を標榜し、旧態依然な地方政治の変革を促した。知事が国会議員以上に発信力を持ったのは、この頃からである。
そういう輝かしい時代を築いた人たちがなぜ横浜という大都市の市長になろうとしたのか。私には今一つ理解できなかった。
他県知事の国替えには冷たい東京都民
都知事選には他県の知事が挑戦することが多い。だが、これまで他県の知事が当選したことは一度もない。
2003年 浅野史郎 宮城県 民主・社民・国民新支援
2011年 東国原英夫 宮崎県
2012年 松沢成文 神奈川県
2014年 細川護熙 熊本県 民主・生活・結い支援
2016年 増田寛也 岩手県 自民・公明・こころ推薦
単純に言えば、東京都民は他道府県の田舎侍に期待していないということだろう。21世紀に入って、まだ一人も当選していないのだから、これが禁じ手であることはお分かりと思う。いずれも、知事として一時代を築いた方たちばかりだ。
浅野氏は構造改革を標榜する改革派知事であり、無党派知事の先駆けのような人だ。東国原氏は1期だけだったが、法被を着て全国行脚し、宮崎県をアピールして人気者だった。松沢氏も改革派知事として名をはせた方である。細川氏は熊本県知事を2期務め、日本新党を結成し、非自民政権の首相にまで上り詰めた人物である。増田氏も1期目は非自民で岩手県知事選に初当選して、当時の改革派知事と行動を共にしている。
わざわざ都知事選で、つけなくてもいい土をつける必要があったのか。
理由はいくつかある。石原都知事の政治手腕と発信力が国民に一定の評価を得て、21世紀初頭、都知事が首相の近道であるかのような幻想論がささやかれていたからだ。それは同時に、首相の地位の低下に他ならない。政治不信が国民に浸透し、より住民に近い立場の知事が発信力を持つ。特に都知事の椅子は首相の最短コースだという妄想が政界にもまん延し、今でいう小池国政復帰論と同様、石原首相待望論が絶えなかった。もちろん、歴史的に首相経験者が都知事選で惨敗したことはあれども、都知事経験者が首相になったことなど、ただの一度もない。
都知事の発信力は、マスメディアが石原都政時代につくりあげた虚像に過ぎない。
しかし、他県の知事には都知事の椅子は魅力に見えたらしい。続々と他県知事経験者が都知事選に挑み、無残に散っていったのだ。
もう一つの理由として、「勝てる候補」という呪縛がある。都知事選は人気投票だから、政党側からすれば少しでも知名度の高い候補者を擁立したい。とはいえ、チャラいタレント候補では都知事選という威厳には耐えられない。そういう流れの中で、何らかの行政経験と知名度を併せ持った「元知事」が候補者リストに上がってくるのだ。この「勝てる候補」という設定は元々、自民党が始めたものだが、後に野党側もとらわれるようになり、最近では都知事選のたびに政策そっちのけで山本太郎と蓮舫の名前が報じられる。
東京でもう人肌あげたい元知事と、「勝てる候補」を擁立したい政党側の思惑が一致するのだ。
だが、有権者はとてもクールだ。田舎侍に都知事が務まるものかと、あっけなくソッポを向かれる。ゆえにこれまで、当選した試しがない。
横浜市民のプライドを忘れるな
横浜市民のプライドは、東京都民には負けない。たまに維新系の政治家から「都構想は横浜でも使える」みたいな妄言を聞くが、そんなことをマジに言い出したら、おそらく維新は横浜市民から総スカンを食らうだろう。横浜市民は、横浜が大好きなのだ。「俺たちの横浜は、知事のお下がりには渡せない」。元知事2人が苦戦したのは、そんな背景があるのではないか。
私は、知事経験者が大都市行政に魅力を感じ、自らの政治手腕を大都市で発揮したいと思うことは、あながち間違ってはいないと思う。地方分権により住民に身近な行政はできる限り基礎的自治体に移譲する〝基礎的自治体優先主義〟に基づくなら、大都市の権限を持てない広域自治体よりも住民に最も身近な基礎的自治体に地方の未来を託すことは、自然な流れでもあるからだ。
横浜のシティプライドに重きを置くならば、元長野県知事も、元神奈川県知事も、選択肢には入りようがない。両者とも政策面では他候補に抜きん出ていただけに、とても残念だが、それが横浜市長選だったということだ。この先、横浜市政にチャレンジしたい政治家がいるなら、その点は忘れてはならない。
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