都政新報の都職員アンケートと〝青い鳥症候群〟
久しぶりに有給休暇を取って地元でのんびりとしている。緊急事態宣言の発令中は週の大半を自宅か、近所のタリーズで仕事をしていた。東京のカフェと違い、地元にある昼間のカフェは居心地が良い。サラリーマンが少ないから空気が殺伐としていないからだろうか。有給休暇なのにこうやってパソコンを持ち歩き、カフェで開けてしまうのは、もう職業病としか言いようがない。
『月刊Hanada』の8月号にうちの編集長が登場し、2020年の年明けに掲載した都職員アンケートの結果が紹介されたことから、先週の金曜日から週明けにかけては「都政新報」という媒体がTwitterでもバズっていた。都知事選や都議選があると、マスコミはすぐにうちの都職員アンケートに食い付く。石原都政時代から、それは同じだ。いつもワンパターンで、都民の人気は高いが、職員の支持率は今ひとつというのがネタになるらしい。都庁で行われる定例記者会見で、石原知事にそのことを質問した記者もいるくらいだ。だが、うちが率先してアンケートの結果をプレスリリースしたこともないし、マスコミにリークしたこともない。ついでに言えば、うちの記者がそのことを会見で知事に質問したこともない。
というか、都庁記者クラブ会見室での知事の定例記者会見で質問したことのあるのは、うちの記者では一人しか知らない。私は勤続25年といううちではベテランの域に入るが、知事の記者会見では質問したことがない。たった一度、質問したことのある記者は、数年前に退職した。なぜ質問しないのかは、いろいろと事情がある。が、今日はそのことは触れない。
私の記憶が確かなら、都庁の職員対象のアンケートは青島都政時代から行われていた。入社して5年くらいで石原都政が誕生し、その2年目に都庁担当、しかも都庁班キャップとしてアンケートに携わったことがある。駆け出しの記者時代、当時の上司からは、こうした都職員のアンケートをしてほしいという要望が都の幹部からあったということを聞いた。都民の支持率はマスコミが行うが、肝心の知事の意向を受けて働いている職員たちがどんなことを考えているのかは、直接聞く機会はあまりない。都政新報は、都庁の底流に流れる「庁内世論」を知る絶好の媒体だった。
当然のことだが、このアンケートは都民の支持率とは異なるから意味がある。同じなら、行う意味がない。
1995年に青島都政が誕生して以来、石原、猪瀬、舛添、小池の歴代知事のうち、自民党が擁立した知事は舛添要一のみである。一方で、都議会はほとんどの期間が自民党と公明党が過半数を占めるか、過半数に近い議席を獲得していた。だから、世論には必然的にねじれがあったし、都庁内の世論も掴みにくかった。アンケートが都職員によく読まれたのは、そういう都政独特の政治状況もあったのかもしれない。
当然のことだが、都民の世論と庁内の世論は重なることはあれど、一致しない。もっと言えば、都民は18歳以上であれば等しく有権者であるが、都職員はそうとは限らない。一致しなくて当たり前だ。ところが、そこに面白みを感じてニュースとして書こうとするマスメディアがある。いつもそれを見ながら、情報を発信している側として不思議な感じがしていた。
例えば、都知事選で朝日新聞が読売新聞の情勢調査を取り上げて、ニュースにすることはない。自分で調査して、自分の新聞で書くだろう。マスコミのニュースソースがマスコミというのは、共同通信や時事通信のように契約関係でもない限り、本来、面妖なことなのだ。
都政新報のアンケート調査が全てだとも思わない。新聞には読者層の傾向がある。朝日新聞ならリベラル層、産経新聞なら保守層のように。だから、都政新報にもそういう傾向があるのは当然だ。うちの読者は、なにも知事の悪口が楽しみでうちの新聞を読んでいるわけではない(そういう人たちもいるかもしれないが)。ほとんどの読者は、管理職試験講座など「講座面」を目当てに定期購読している。言って見れば、管理職予備軍だ。
そうだな、意識高い系の管理職のたまごとでも言っておこうか。
都庁というのは面白い組織で、たとえ中卒であっても管理職試験に合格すれば局長になれる(今は厳密にはそうでもないが…)。大企業や霞が関とは違い、東大卒でなければ出世できないという組織ではない。真面目に勉強すれば、誰でも管理職になれるし、おそらく局長にもなれる。運が良ければ、副知事にも登用してもらえる(あまりオススメできないが)。
うちの読者層は、そういう真面目公務員だ。だから、小池知事の信者もアンチも、どうでもいい人も、都政新報を読んでいる。なぜなら、出世したいからだ。
小池都政が始まってから、Twitterにまことしやかに流れるようになったうわさがある。それは、都政新報が自民党の資金で支えられているというものだ。つい先日も、自民党の支部に支えられているとドヤ顔で書いているアカウントを見つけた。
面白いもので、石原都政時代に石原知事をいくら叩いても、自民党に支えられているとは言われたことがない。当然、民主党に支えられているとも言われたことはないし、共産党に支えられているとも言われたこともない。
そういうデマをTwitterで吐くのは、ほぼ100%小池百合子の支持者である。そこが面白い。
本音を言えば、そこまで言われるくらいなら、自民党さんには本当に支えてもらいたいくらいだ。今年の私の夏のボーナスは、25年前に入社した当時のボーナスよりも額面が少ない。最近入社してきた若手はもっと厳しいだろうから不満は言えないが、天下の自民党に支えていただけるなら、こんなに苦労することはないだろう。詳しい財務状況まで言うと社長に怒られるから言わないが、都職員アンケートがあんなにバズっても都政新報の購読者数は増えていない。
「あいつは自民党」「あいつはアンチ」…そういうレッテル張りをしておけば、なにかに反論した気になるのは、最近のSNSの空間では当たり前になっている。小池氏の支持者たちも、ご多分に漏れずネットの病理に苛まれているのだろう。
都政新報が創刊されて、今年で70年になるのだそうだ。最近は「都区政の民主化」という社是はすっかり忘れられている感はあるが、ネトウヨ雑誌である『月刊Hanada』に登場し、知事シンパからは「自民党に支えられている」などと言われていると知ったら、創立者である小俣伸は草葉の陰で泣いておられるのかもしれない。
いや、酒を飲みながら爆笑しているかな?(笑)
都政新報は70年前、レッドパージで都庁を追われた人たちが食いつなぐために創立された新聞だ。最初はガリ版刷りだった。先日、会社のデスクを整理していたら、1952年4月15日付の都政新報のコピーが出てきた。読んでいたら、「平和を守る者へと弾圧/司法の独立全く喪失/小俣編集長への拘留開示」という記事が載っていた。
これが面白い。小俣編集長が「共産党系の新聞」を所持していたから警察に逮捕されたという。戦後、日本国憲法下でこんな弾圧事件があったことが驚きなのだが、先人達は権力と戦っていたのだなと考えると、確かに今の新聞は保守化しているのかもしれない。
しかし、そんな新聞を自民党が支えているのだとしたら、それはもう笑い話にしかならないだろう。
都政新報は特定の党派に偏らず、自民党はもちろん、公明党、共産党、立憲民主党、生活者ネットワーク、もちろん都民ファーストの会など、たくさんの党派の議員に支えられている。そして、都庁で出世して、いつか副知事として都政を牛耳ってやろうという意識高い系公務員も読んでいる。本当にありがたいことだ。
正直、ジャーナリズムとしてのスタンスは、編集長のパーソナリティーに大きく依存している。とりわけ、都庁担当のバイタリティー次第で紙面の勢いは大きく変化する。今の都政新報も、その結果でしかない。
だが、面白いことに、石原、猪瀬、舛添、小池、どの知事の下においても、気持ち良いくらいに知事を叩きまくっている。頼もしい先輩や後輩に恵まれて、今日のスタンスが守られているのだろう。
都職員アンケートの話に戻ろう。
25年間、都政を見てきた一人として、これは指摘しておきたい。
知事は、庁内ではなく都民の世論を見て都政を司ってほしい。
ただし、現場で働く職員を大切にしてほしい。
両者は両立するものだ。そこを対立軸であるかのようにあおることには賛成できない。
小池知事がおかしいと思ったのは、豊洲市場の盛り土問題で都庁官僚を処分したことだ。その中には、ただ真面目に職務に邁進してきただけの職員もいれば、なんの罪もない職員も含まれている。都庁にやってきてすぐの知事がいきなり粛清の嵐を吹かせたのだ。職員がドン引きするのは当たり前である。
もちろん、都庁組織の構造的な問題もあった。なぜ専門家会議の方針に沿った工法が変更されてしまったのか。その経緯を示す記録が存在しないのか。この件に関してはたくさん書きたいことがあるが、今さらぶっちゃけても仕方あるまい。
書き殴っていたら腹が減ってしまったので、都知事選について書いて終わりたい。
間違いなく、小池知事がびっくりするほど圧勝する。都職員の皆さん、覚悟してください(笑)
そもそも、こんなコロナ禍の中で、知事を取っ替える理由などあるだろうか。少なくとも希望の党が挫折して以来、小池知事は政策の善し悪しは別として、都政に専念している。知事銘柄の政策は、まあまあ進んでいる。大きな失政もない。
五輪を延期した?
延期は当たり前だ。
コロナ禍で感染者が増えている。
あんたなら減らせるの?
うちの都職員アンケートについて言えば、都職員はいい加減、青い鳥症候群から卒業すべきだと思う。青島、石原、猪瀬、舛添、小池…四半世紀にわたってうさんくさい政治家が都知事の椅子に座ってきた。都政は常に不安定で、職員は振り回された。さぞや災難だっただろう。
この四半世紀にわたる都政の空白は、知事を代えることで終わるわけではない。
青い鳥を探しても、おそらく見つからない。
それどころか、いたずらに知事が交代すればするほど、都政は劣化していく。より職員を大切にしない人が知事になる。
私は、舛添知事が炎上していた時期にコラムで、「舛添都政の挫折は、都庁の破壊的出直しにつながる」と書いた。
小池都政一期目がまさにそれだった。
今、必要なのは、小池都政の正常化だ。首をすげ替えて安心することではない。
では、山本太郎はどうか。
無理だ。彼の公約は15兆円の都債が発行できない時点で挫折する。10万円はもらえない。彼の主張の特徴は、出だしにつまずくと、後がないということだ。主要候補の中では最も空想的である。
小野泰輔はどうか。
無理だ。そんなに熊本が素晴らしいなら、熊本で頑張るべきだ。東国原英夫、増田寛也、どちらも地方で知事をやって都知事選で撃沈した。東京は田舎者の集合体のくせに、田舎者に厳しい。
立花孝志はどうか。
意外にまともな人物だ。小池知事は自分が気に入らない人物を会見でシカトするが、立花は質問に必ず答える。いかんせん、彼は当選する気がない。主要候補に入れていいものかどうかすら悩む。
私が投票するなら、宇都宮健児しかない。
支援政党の影響か、政策が左旋回しすぎている。2012年に猪瀬直樹と戦ったときの政策は、もっとバランスがあったような気がする。そして、誰とは言わないが、応援弁士に立つ人物がひどい。これも、支援政党の影響だろう。
だが、5人の主要候補で唯一、この4年間、都政を見つめてきた人物だ。4年間の任期、絶対に浮気することはない。
小池知事は国政に進出しようとして挫折した。山本は自分で「総理になる」と言っている。小野は熊本の人。立花は論外である。
もちろん、勝てはしないだろう。だが、都知事選が毎回、劣化した知名度調査に成り果ててしまうのは、マスメディアも政党も、勝ち負けにこだわり過ぎるからだ。知事になりたい人が政策論争し、その中で都民が一番納得する人を選ぶことが何より大事なのだ。
ここまで書いておいて、一つ告白しなければならないことがある。
都政の専門紙を書いているくせに、私は神奈川県民であるという残念な事実である。