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動画屋ポピュリズムと民主主義の帰路~衆院選を終えて

 2013年の梅雨、私は都議選の取材で、北区の現職都議と大衆酒場で待ち合わせしていた。夕方、満員の埼京線快速を降りると、駅前に若者がハンドマイクを片手にポツリと立っていた。チラシを配る支援者もいない、本当にたった一人である。そこでチラシを受け取り、名刺交換し、軽く会話を交わした覚えがある。

 まだ20代だった音喜多駿くんである。

音喜多駿くんの落選について


 彼はみんなの党の公認を得ていたが、組織としては脆弱(ぜいじゃく)で、実質、渡辺喜美の個人政党みたいなものだった。風でもなければ当選などできない。しかも、当時は「日本維新の会」(現在の維新とは別の法人格)も北区に候補者を立てていて、どう考えても第三極の票が割れることは明らかだった。

 よく政治家が「組織もしがらみもない」と言うが、ほとんどがうそっぱちだ。しかし、当時の音喜多くんは明らかに、端で見ていてかわいそうなくらい、組織に恵まれなかったし、しがらみもなかったと思う。

 私は、駅チカの大衆酒場で都議と会うと、彼もまた音喜多くんの姿を見たと言った。私は彼が当選など微塵も想像していなかったが、都議の見立ては違った。「どうして、あんなのが強いんだろうねえ」……深いしわがますます深くなるほど都議は不機嫌な表情となった。私は週刊朝日で都議選の議席予想を頼まれていて、音喜多くんに丸を付けるかどうか悩んで、結局無印にしてしまった。これは飛んだ間違いになるのは、皆さん、ご存じの通りだ。

 まず維新の会が橋下徹の「従軍慰安婦」発言で大炎上し、大失速してしまった。そのため第三極のもう片方であるみんなの党に微風が吹いた。2009年に都議会第1党に躍進した民主党は、政権を奪取されて支持率が低下したが、大量の現職を引っ込めるわけにもいかず、北区では定数4に2人の現職が立っていた。当然、票は割れる。

 結果は、自民、公明、共産の3人ががっちり議席を守り、4番目に音喜多くんが滑り込んだ。奇跡のような滑り込みである。

 当時、みんなの党から同期で都議になったのが、塩村あやか。2人とも都議会に長く居座るつもりはなく、国政を見据えていることは当時から想像できた(とはいえ、塩村が立憲民主党に入るのは想定外だった)。

 結局のところ、思想信条の違いや所属政党の違いはあれど、政治家は誰もが最初は1人から始まるのだ。若い政治家なら、なおさらだ。

 いかなる泡沫候補でも、投票箱を開けたら1票も入っていなかったなんてことはない。必ず何票か入っている。規模の大きな選挙区なら、数千票入っていてビックリすることもある。見ている人は見ているのだ。音喜多くんだって、ポツリと駅前に立っていた彼を、チラシも受け取らずに不機嫌に横目に通り過ぎていた有権者がほとんどだったろうが、それでも当選したのは、彼の姿を見ていたからにほかならない。

 その彼が、柿澤未途くんの愛妻と大格闘劇を繰り広げ、小池都政誕生の立役者となり、ついには小池百合子と対峙し、一躍有名になっていくとは、まさか思いもしなかった。

 今回、音喜多くんは衆院選鞍替えを目指し、見事に撃沈した。つくづく東京1区には無理があったと言わざるを得ない。そもそも、参院議員の議席を捨てる意味があったのかどうかも疑問だ。現在の維新の支持率では、音喜多くん以外に参院東京選挙区を勝ち抜ける知名度はない。仮に衆院選に挑むのであれ、自分の地盤でもない選挙区に落下傘で降りるほど、東京の維新に地力もない。甘いとしか言いようがない。

維新のハラスメント体質

 それにしても維新の中にある救いようのないハラスメント体質は何なのだろうか。衆院選での音喜多バッシングは見るに堪えなかった。

 維新には、大阪維新と国政維新をわざわざ分けて、党勢の退潮や選挙の敗北の責任を国政の側に押し付ける傾向がある。確かに今回、大阪では維新が全小選挙区で勝利しているが、一方で比例区では近畿ブロックだけで100万票減、前回得票の3分の1くらいを失っている。獲得議席も減らしている。これで勝った気で「国政維新」を攻め立てているのが滑稽だ。兵庫県知事のハラスメント問題、大阪維新でも相次いだ不祥事、大阪万博での無駄遣い、全国の仲間たちの足を引っ張ったのは、主に大阪維新ではないか。

 大阪の小選挙区での全勝も、有権者から見れば、反自公、反石破に対する得票であって、有権者なりに「よりマシ」を選んだに過ぎない。維新の支持の落ち込み以上に、自公の落ち込みが激しかっただけだ。

 にもかかわらず、「国政維新」を攻め立てて、ガス抜きしようとしている。つくづく、維新とはハラスメントで動いている組織だ。

 音喜多バッシングも、一部リベラル左派勢力からではなく、維新内部、とりわけ足立康史を支持する勢力から発生していることは明らかだ。

 私は、音喜多くんの政治姿勢や政策にはいっさい共感しない。だが、彼自身が陥っている現在の苦境が、維新のハラスメント体質に原因があることには同情したいし、だからこそ、政治家としてのリベンジには慎重になってほしいなと思う。音喜多駿くんには、もうそろそろ橋下徹や上山信一から卒業すべきだし、東京の政治家として東京をどう変えていくのかを考えていくべきではないだろうか。

 少なくとも、このリベンジは1人ではないはずだ。

 あ、何度も繰り返して申し訳ないが、音喜多くんの政治姿勢や政策にはいっさい共感しない。支持もできない。だが、たたいてもいいとジャッジされた人物をうれしそうにみんなでたたくSNS空間をいっさい支持できない。

自公の有権者比得票率は2割しかない

 自民党と公明党、つまり連立与党が今回の衆院選で獲得した有権者比での得票率はついに20%まで下がった。自民党単独でも14%に過ぎない。2005年、小泉純一郎首相による〝郵政解散〟では自民党単独で25%、自公で34%である。以来、自公はずっと与党として圧勝し続けてきたのは、ひとえに小選挙区中心の選挙制度にほかならない。小選挙区制は、明らかに自民党政治の永久化に貢献してきたが、その一方で、政治の汚職や陳腐化を招き、良識ある国民が政治不信に陥り、自民党や公明党の組織的弱体化ももたらしているのである。

 一方で、大勝した立憲民主党は比例票を全国で6万票しか増やしていない。ブロックによっては比例票を減らしている。自公勢力を少数に追い込みたい有権者は、小選挙区で立民に投票しているものの、比例区では他党に入れている。立憲民主党は、大勝したとはいえ、非常に冷静な目で見られていることを自覚すべきだろう。

 世論は、民主党政権への回帰を望んでいるわけではない。みんな、過去に戻るのではなく、前に進みたいのだ。野田佳彦は前に進もうとしているのか、それとも過去に回帰したいのだろうか。私には後者にしか見えない。

 共産党の議席減は単純には論じられない。例えば、東北ブロックで議席を失ったのは、定数減の影響が非常に大きい。東京ブロックの1減は、2議席目を維新にまくられたからだ。低調な維新が2議席を得られたのには、積極的な小選挙区擁立策が背景にある。選挙戦最終盤に風が吹く、いわゆる維新ブースターが一部の小選挙区で吹いたのだろう。それが比例票の底上げに貢献している。各選挙区で、議席に結びつかなかったが、共産より維新が健闘している。

 同時に、共産党の全国的な得票減の要因の一つに、れいわの狙い撃ちがあったと思う。結果的に取り下げたものの沖縄1区での候補者擁立騒ぎは、その証左である。共産党が擁立した小選挙区での重点区、現職区にわざわざ候補を擁立し、落ちてくる共産票の受け皿になろうとしたのだ。これは意図的に行われていると考えて間違いない。元々、れいわの支持率が上がりつつあったなかで、国会内でのれいわと共産の優劣をひっくり返そうとしたのだ。ただ、そのやり方が乱暴すぎて、今後の国政運営ではれいわが野党の協力が得られなくなるのではないかと危惧する。

 そして、あれだけ赤旗のスクープが動かした政局なのに、得票が減る最大の要因は、〝自然減〟にほかならない。これは深刻な事態で、おそらく共産党自身が嫌と言うほど自覚しているはずだ。

動画屋が評価した政党・政治家が伸びる

 最後にやはり、国民民主党について触れておくべきだろう。

 要するに、動画屋に好かれたってことだよね(笑)

 投票日の前夜、玉木雄一郎は打ち上げの演説を東京駅丸の内口で行っていた。そこに石丸伸二が駆け付けた。それについてさまざまに評価されているが、今回、国民民主党の支持を広げた一つの大きな原動力は、動画にほかならない。都知事選で石丸を押し上げた動画屋が、国民民主党の動画配信に一役買っていたのだ。

 「手取りを増やす」はキャッチーだった。だが、そのキャッチーな呼びかけは法定ビラではなかなか広がらない。ひとえに、SNSと動画配信が威力を発揮している。

 だから、中身はない。なんとなく、若者、現役世代の味方になってくれると思えるだけだ。前回も書いたが、その中身を分析すれば、〝失われた30年〟をつくりあげてきた財務省主導の緊縮財政にしかたどり着けない。社会保険料をほんの少し、数十円安くして、高齢者の医療・介護の自己負担は2倍、3倍と上がる。生計が成り立たなくなる高齢者は当然、現役世代の収入を頼るしかない。つまるところ、日本の社会保障は基本的には家族が必死に支えるしかなくなる。ヤングケアラー、老老介護の地獄絵図しか見えない。おまけに、尊厳死とか言い出すわけだから、ゾッとしてしまう。

 正直、勘弁してくれと思う。

 しかし、動画を回せる政党には、動画屋が群がる。回してもうける人たちがいる。

 いわば、動画屋ポピュリズムとでも言おうか。

 正直、この数年は民主主義の帰路に当たっている気がする。2013年にネット選挙が解禁され、選挙運動の幅は一気に広がった。ただ、正直ほとんどの政党はその流れに遅れていて、ネットで活路を開いた政党が、無党派層や若者を中心に浸透してきている。動画屋の動きが日本の政治を左右しているのだとしたら、かなりヤバい。大企業や労働組合に左右される政党というステレオタイプな〝しがらみ〟では説明がつかない。動画を回してくれる政党を〝支持〟し、動画を回して収益を得る。そして、動画を回してくれた政党が躍進する。多数派になる。

 ちょっとゾッとしないか。

 民主主義という言葉の意味が根底から覆されているような気味の悪さを感じる。

 そこに、石丸伸二のような〝神〟が絡んでくるのだろうか。

 この道はどこへゆく道。

 動画に動員された国民の行き着く未来が明るいとは思えない。


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森地 明
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