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無垢の信者たちが殺到する根底にある日本の危機~兵庫県知事選を巡って

 舛添要一がなぜ都知事を任期中に辞職しなければならなかったのか、覚えている人はどれだけいるだろうか。あの頃、テレビのワイドショー番組は「舛添要一」一色だった。連日、朝から晩まで、明けても暮れても、同じネタをやっていた。当時、まだ音喜多駿くんは都議会議員だった(笑)私はそれを「ワイドショー都政」と呼んだ。ワイドショーが政治を動かすのだ。

 全世界が舛添要一を嫌いになった〝舛添バッシング〟は、小池都政の前夜でもある。私は、舛添を支持してはいない。公用車で湯河原通いしていたのも、公務中に美術館見物していたことも、政治資金を使った個人の飲み食いや温泉旅館への宿泊…、政治家としてあまりにもだらしないし、都知事としての立場を私物化していたと言われても過言ではない。

 しかし、あのワイドショーを総動員したバカ騒ぎは必要だったのか。

 都知事は4年に一度の選挙で都民に信を問えばいい。仮に都議会がそれをノーとするならば、不信任決議を突き付け、出直し選挙に臨めばいい。

 あの炎上に、意味はあったのだろか。私はかなり懐疑的だ。同様に政治資金を私物化していた政治家など、他にもいたはずだ。今回、自民党の裏金問題が国民の大きな批判を浴びたが、これだって政治資金の私物化に外ならない。それは最近始まったわけではなく、おそらく舛添都政下においても自民党の国会議員はこっそりと裏金を事務所にため込んでいたはずだ。

 ただ、舛添は明らかにファーストコンタクトに失敗した。まさか、自分が辞職しなければならなくなる事態を想像できなかったのだろう。そして、テレビの向こうにいる〝善良な庶民〟の怖さを知らなかったのだ。

 兵庫県知事の〝パワハラ〟〝私物化〟問題は、舛添都政を彷彿させるものだった。新聞、雑誌、テレビのワイドショー、情報番組、報道番組がさまざまな疑惑を報じるが、何が事実で、何が事実でないのかわからない。どんどん県政は混乱する。県議会が百条委員会を設置し、ようやく真偽が明らかになってきた。議会で不信任決議が可決され、騒動は収束するのかと思っていた。

 普通、政治家はここで潔く辞職する。舛添もやはり与党の公明党が寝返って、辞職を決めた。会見すら開かず、無言で都庁を後にした舛添の姿は、今でもよく覚えている。

 齋藤元彦は違った。県議会を解散することもせず、出直し選挙を選んだ。理由はしごく簡単だ。まともに県議選をやったら、2023年4月の統一地方選で躍進した維新の議員がことごとく負けるからだ。出直し選挙の決断まで時間がかかったのは、当然時間稼ぎである。衆院選で日本維新の会は全国的に得票を大幅に減らし、5議席減となった。5議席なら微減だと思うかもしれないが、38議席のうち半分は大阪の小選挙区である。維新は比例近畿ブロックだけで100万票近く減らしていて、単に全国的な低迷とは言えない深刻な事態に陥っていた。この原因の一つは、明らかに兵庫県知事の問題だ。

 ちょうどこの頃から、維新のブレーンである上山信一やその信者たちがXを使った印象操作を始めている。県知事選の告示前後となると、はっきりと齋藤擁護を始めた。

 齋藤元彦が潔くパワハラや県政の私物化を認めてしまえば、それは日本維新の会のみならず、大阪維新の会の威信にもかかわる。それは絶対にできない。首長選や府議補選での敗北からも、大阪での衰退ぶりが明確になってきたのは明らかだった。

 上山の〝犬笛〟で、関西の維新信者たちが一斉に齋藤擁護に回り始めた。県知事選には無所属とはいえ、維新出身の清水貴之が立候補しているが、おそらく情勢調査で稲村和美に引き離されていると分かって、あっけなく見殺しにしたのだろう。

 ここまでは、いつもの維新クオリティーでしかない。

 ところが、ここに石丸伸二や玉木雄一郎を応援した動画屋たちが乱入し、様相が変わってきた。さらに、NHK党の立花孝志が立候補し、公選法に守られながらデマや誹謗中傷を吐きまくるという醜態を繰り広げた。

 さて、こうなると、ただでは終わらない。

 維新が自己保身のためにでっち上げた〝既得権益とたたかったからパワハラ問題をでっち上げられた齋藤元彦〟というストーリーに、まんまと騙される〝無垢の信者〟が大量に沸いて出てきたのである。

 真面目な人ほど、兵庫県知事選の醜態を嘆いている。「日本の民主主義の転換点になる」とまで言う人もいる。

 私はそれはどうかと思う。日本の民主主義はとっくの昔に転換点を超えている。振り子が振り切れている。ただ、誰も気づいていなかっただけだ。最初は4月の衆院東京15区補選だったと思う。選挙を妨害する勢力が現れ、街頭演説をぶっ壊して回った。選挙後、ようやく警察は彼らを逮捕したが、そういう選挙での騒乱状態は、日本の民主主義がルビコン川を渡ったような絶望感を与えるには十分だった。

 都知事選では広島の田舎市長・石丸伸二が、ネットカルトとうまく融合しながら、泡沫候補から有力候補へと変貌。そこにどこからともなく(おそらく自民党都連幹部のツテだろうが)、動画屋がかり出され、政治に無関心な若者たちを取り込んだ。街頭には、石丸を神のごとくあがめる無垢の信者たちが集結し、街の雰囲気を変えた。

 そして、衆院選では、都知事選で石丸を2位に押し上げた動画屋たちが、地元で元グラビアモデルと不倫していた玉木雄一郎に白羽の矢を立てた。国民民主党の支持率など衆院選前にはほとんど上がっていなかったのに、突然支持率が急上昇した。明らかに人工的に作られたブームである。動画屋バブルとしか言いようがない。玉木は年内持たないと思うが、おそらく動画屋は今それどころではなく、兵庫県知事選で手一杯なのではないか。

 玉木に見切りを付けた石丸は、都議選での石丸新党結成を発表。おそらく動画屋も、そこに群がることになるのだろう。

 日本の民主主義はとっくの昔に転換点を超えている。正直、絶望しか感じない。しかし、衆院選で自公政権を過半数割れに追い込んだ国民のパワーを信じている。この流れに逆噴射を起こさせてはならない。

 明日、兵庫県知事選の投票日である。もうすでにマイクを使った街頭演説は終わっている。今さらジタバタしても、当落にはまったく影響がないだろう。県知事選を巡る喧噪、特にSNS上の喧噪に不安を感じている人は多いはずだ。そういう方はどうか、スマホを閉じて、SNSから距離を置いていただきたい。県民は朝、投票に行ったらネットなんて見ないで自分の日常生活をおくってほしい。県民でなければなおさら、県知事選のことなど忘れて、いつもの生活を送っていただきたい。

 端から見ていても、兵庫県知事選は異常である。

 この醜態は、大阪維新と齋藤元彦の自己保身から始まっている。そして、何者かが立花孝志を利用して、選挙を引っかき回そうとした。ネットカルトによってXと動画が、事態を全く逆に描いたストーリーを流しまくり、無垢の信者たちが全国から兵庫に集結した。そこにXのタイムラインの潮目を読んだ政治家たちが乱入し、収拾が付かない状態になっている。

 良識ある人たちはまず、上山信一のポストを一つ残らずスクショしておいていただきたい。2020年の大阪市の住民投票では、負けたと分かった途端に過去の投稿をすべて削除している。証拠をしっかり残してほしい。選挙後の百条委員会で利用できるかもしれない。この間の大騒ぎで、誰が齋藤元彦を擁護していたのか、よく覚えて、記録しておいてほしい。兵庫県知事選は、一地方の首長選に過ぎないが、これから日本の民主主義をぶっ壊しに来るのは、おそらく彼らである。そして、決して付き合ってはならない人たちである。

 兵庫県知事選がどんな結果となったにせよ、「兵庫県民はアホだ」「バカだ」とか、「日本の民主主義が死んだ」とか、Xに投稿するのはご遠慮いただきたい。県民は県民なりに考えて、1票を投じている。そこは有権者でもないのに勝手に集まってきた無垢の信者たちとは違う。

 齋藤元彦の街頭での発言はしっかり記録を残しておいていただきたい。再選されれば、兵庫県議会はまず百条委員会で、街頭での発言の真意を聞くことになる。県知事選前の百条委員会での発言が覆っていれば、それは偽証罪に問われる。たたかいは終わらない。県議会議員の皆さんも、日和らないで自分たちの政治判断に責任を持っていただきたい。

 県民の皆さんはもういい加減、嫌気が差しているだろうが、齋藤を選ぶ限りにおいてこの混乱が終わることはない。

 さて、無垢の信者たちの話である。

 彼らの評価は難しい。一言で言えば、松本人志を擁護する人たちと同類である。ネット上には必ず、オセロの白いコマを無理やり、嘘やデマでひっくり返し、黒に見せるストーリーが転がっている。それは意図的に流されるものであるから、我々は常に情報の真偽に神経を使わなければならない。勧善懲悪のわかりやすいストーリーは危険だ。

 文春砲のデマで傷ついた松本人志を助けたい。だから嘘ばかりついているマスゴミとたたかう。そういうささやかな正義感が、自分の心の支えになる。絶望的な社会を救っているかのようなカタルシスに浸ることができる。承認欲求を得られる。

 彼らのことを私は、無垢の信者と呼んでいる。

 既得権益を潰そうとした齋藤元彦兵庫県知事が、既得権益を持つ県議会勢力にいじめられている。本当はパワハラも県政私物化もデマで、悪いのはマスゴミだ。齋藤元彦を守ることによって世界も日本も守ることができる。そういうストーリーに心酔し、彼を擁護することによって、まるで正義の味方になったような、自分自身が弾圧とたたかう戦士であるかのような気分に浸ることができ、これまでの日常生活では満たされない承認欲求がどんどん満たされていく。

 彼らにとって、齋藤元彦とは神だ。石丸と同じ神とあがめる対象だ。何があっても擁護する。世界を敵に回しても、自分は元彦ちゃんを守ってあげる。

 そういう無垢の信者たちが今、兵庫県の主に都市部に街頭を群衆で埋めている。

 彼らの根底には何があるのか。

 第一に、自公政権と平成の〝改革〟勢力がつくってきた〝失われた30年〟でズタズタになった日本社会に絶望を感じ、未来への希望が持てないでいるということだ。何度選挙を繰り返しても自民党1強で、野党は離合集散を繰り返し、自公政権に対する対抗軸をつくれない。どうしようもない行き詰まりの中で、ヒーロー、ヒロインの誕生を待つ。暗いトンネルから脱け出したいと思っているが、どうしたらいいのかわからない人たちだ。

 第二に、これまで政権に忖度し、ジャーナリズムを投げ捨ててきたマスコミに対する猛烈な不信感である。ネットには真実があり、テレビや新聞、雑誌は嘘をつく。そう信じ込んでいる人たちである。実はネットもテレビも新聞も雑誌も、それなりに嘘をつくし、間違いを犯している。少なくとも私は、ネット対マスコミというステレオタイプの対立軸が滑稽なのを知っている。彼らにはそれがわからない。

 県議会が、あの〝舛添バッシング〟のような「ワイドショー政治」に引っかき回されていなかっただろうか。マスコミ不信を植え付けるには絶好の環境が用意されていたのだと思う。

 そこに、ネットカルトはつけ込んでいる。彼らの無垢な心を弄んでいるのだ。

 自らが無垢の信者ではないと自覚している良識人の皆さんは、ぜひ兵庫県知事選で誰が当選したとしても、どうか「民主主義は死んだ」とか言わないでいただきたいのだ。

 絶望的な今の社会と向き合うべきだ。マスコミ関係者であれば、兵庫の喧噪を冷笑、嘲笑するのではなく、そうさせてしまったマスコミ不信、ジャーナリズム不信の原因がなにか、突き詰めて考えてほしい。既成政党の人たちは、どうしたらこの社会の行き詰まりを打開できるのか、考えてほしい。オレは正しいという発信ではなく、どうしたらいいですかと、国民に語りかけてほしい。

 そして、ネットカルトや動画屋たちとのたたかいは、都議選や参院選でも続く。

 日本の民主主義を終わりにしないためにも、自分の使命を果たしたいと思っている。あなたにもあるはずだ。自分の使命が。


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森地 明
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