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きょうだい会#07(20240218)

悲しみを分かち合う
 
きょうだい会に参加していた、M子さん。
はじめて参加したときは、「体調がすぐれないから、すぐ部屋を出るかもしれない」と言いながら、最後まで参加してくれました。
 
自分語りも、「上手く話せるかどうか分からない」と言いながら、きちんと順序だてて、聴く人たちにあまりショックを与えないように、慎重に話していました。とても複雑な家庭でした。みんなの悩みをきいているときも、自分の話をしているときも、相手のことを深く理解し、決して悪くは言わず、冷静に物事を考えることができる、とても賢い女性だという印象を受けました。40代で発症してから20年以上、入退院を繰り返していました。
 
きょうだい会のことは気に入ってくれたようで、昨年12月に、「多乃さんと、個人的に関係を持ちたい」と申し出がありました。M子さんのことはとても気になっていました。
 
M子さんの意向を受け入れようと、施設職員に相談したところ、「傾聴ボランティアの手続きをしたらどうか」と助言をもらいました。「登録の手続きをしてもらえば、M子さんの自宅に訪問したり、どこかの喫茶店で食事やお茶をすることもできるよ」と伝えたら、「うちにいらして頂けるのですか」とほのかに顔がほころび、嬉しそうに見えました。
 
福祉センターに確認したところ、本人と一緒に窓口で手続きをすれば良いと言われたので、そのことを施設職員に報告しに行ったら、
「つい先日、M子さんが亡くなった」
と聞いたのでした。
 
思わず、
「遅かったか・・」
と悔しさがこみあげてきました。
 
M子さんの自分語りを深刻に受け止めていたのですが、年末年始は私自身がお話しを聞く気持ちが整っていませんでした。兄の時のように、感情移入して共依存のようになるのが不安で、きちんとサポート体制をつくってから関わりを持ちはじめたいと思っていたのです。
 
M子さんは幼少の頃からピアノの英才教育を受けていて音大の受験に挫折したというお話をしていました。最近はジャズピアノを習い始めて、楽しくピアノに向かうことができるようになったと話していて、好きなミュージシャンを尋ねたら、少し躊躇いながらも「McCoy Tynerが好きです」という答えが返ってきました。

年末に家族で食事をした後、そのまま入院療養してお正月を病院で過ごしました。前回、退院した直後のきょうだい会にも姿を見せ、気丈に振舞っていました。2月のきょうだい会の予定をみんなで決めたときは、スケジュール帳に書き込んでいて、今年も楽しくやっていこうと、みんなで笑いあっていたのです。 
 
きょうだい会ではいつも一番乗りで到着して、「早く来れば、多乃さんとお話しができますね」と言ってくださって、おしゃべりをしながらこの部屋で準備をしていました。わたしが、ホワイトボードに葉っぱの絵を書いたら、「かわいい葉っぱ」と笑っていました。
 
M子さんは、いつも冷静にご自分のことを俯瞰していました。三人姉妹の長女で、幼少の頃から、大変お辛い体験をされていました。そんなM子さんが、きょうだい会で自分語りをしたときに、
「とても孤独なんです」
と絞り出すような言葉を吐いたことを思い出します。
 
わたしは、M子さんがいなくなったことが、とても寂しいです。
もっとたくさんお話しを聞きたかったです。
きょうだい会で知り合った、きょうだいの一員として、
こころからご冥福をお祈りします。


秋野多乃へのサポートをお願いします。ココロが豊かになるような言葉を紡いでいきます。