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緊急事態宣言前後で飲食店とホテルを始めた悪運マーケター社長

40S CREATOR’S INTERVIEW 中間地点折り返し戦略」3回目は、今や当たり前のように使っているブルーライトカットレンズ搭載のPCメガネ。そんな定番商品を仕掛けたJINSのマーケターが、このコロナ禍のタイミングで海鮮丼屋とホテルをオープン!?立場も業界も全然違う転身、そしてこの最悪のタイミングでの開業と、謎だらけのそのストーリーを伺いました。

白井屋ホテル代表 / Ko & Co.合同会社代表社員 矢村功
大阪府出身。大阪大学院卒業後ビーコンコミュニケーションズ入社。その後JINSにてマーケティング・商品企画の責任者を歴任。2016年にシドニー発のマーケティング代理店doqの日本支社の代表に就任。2019年、白井屋ホテル株式会社を設立し現職。 白井屋ホテル公式サイト 

以下、太字はインタビュアー、細字は矢村さんです。画像は全て矢村さん提供の写真。

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オーストラリアを経てホテル立ち上げ

ーー2016年に会社を立ち上げられましたけど、どういう経緯だったんですか?

広告代理店の時の先輩がオーストラリアでマーケティングエージェンシーを起業していて、日本のクライアントが多いので日本支社を作りたい。それを一緒にやらないかって話をもらって。ちょうど環境を変えたいなって思って時だったし、あまり深く考えずに話に乗りました。
すぐ立ち上げ準備で3カ月オーストラリア行って、クライアント獲得してから日本に帰ってきて、物件探して日本支社をはじめた。それが2016年の7月。
その当時は、インバウンドがすごい上り坂でした。日本の地方自治体とか観光の会社とか大きいクライアント向けに、オーストラリアでのマーケティング「日本良いところだから来てください」って事をやってた。あとは日本のメーカーさんの海外進出サポート。広告や展示会とか、ホームページ作ったり、そんな事をやってました。

スタッフは多い時で5人ぐらい東日本橋の事務所にいて、オーストラリアには15人ぐらいですかね。日本人もいればオーストラリア人もいるし、他の国の人もいるしって感じでごちゃまぜで働いてて。英語と日本語がちゃんぽんで、オンラインとオフラインの区別なくチームで仕事する感じや、オーストラリアと日本を激しく行き来する働き方自体が新鮮で面白かった。
そんな感じで2018年ごろまで働いてたんだけど、僕が一番燃える「戦略を考えて提案して」っていうのは、新たにクライアントを獲得するのには良いんだけど、戦略に対価を払ってくれる所はそんなにいなくて。というのも、相手がオーストラリア支社だったり海外事業部だったりするから、難しいこと考えるよりも、「早くオーストラリアで CM を打ちたいんです」とか、「イベントやりたいんです」とか。要はエグゼキューションの部分を雇ってる場合が多くてちょっとジレンマを感じていた。

そういう仕事ばかりやっていると、改めて自分は考える仕事が好きなんだなーって考えるようになってて。それでそのdoq Japanとは別に考える方の仕事もやって行こうと思って。それで、マーケコンサルみたいな仕事もKo & Co.合同会社って会社立ち上げました。

で、今度はコンサルとしてやってると、すごく便利がられるし、重宝がってくれるんだけど、これずっと続けてたら自分「出がらし」になって、数年で終わっちゃうなあと思いはじめた。効率は良いし、楽しいんだけど、コンサル業をプロジェクトベースで受けてってだけだと、まずいぞって思いはじめて。もっとクライアントにコミットした形で仕事をしていかないとって。
そんな時にちょうどJINSの仕事を引き受けてて、社長の田中さんから「JINSのこんな仕事してないでホテル手伝え」って、お声がけいただいた。

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モナコから前橋の海鮮丼屋に

JINSって本社機能は東京にあるんだけど、登記上は前橋の会社なんですよ。田中さんが前橋出身で。その田中さんが2010年にアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーってのを獲って、日本代表としてモナコに行った時の話なんだけど、各国の起業家と交流してる中で、「世界の起業家はめちゃめちゃ社会貢献活動してる。日本では企業の社会貢献というのは、とにかく商売して税金納めて雇用を生み出すことだと言われてたけど、どうも世界だとそうじゃないらしい。個人としてもっと社会にコミットしていろんな活動しているんだ。自分もなんかやりたいなってなった時に、自分が得意で自分がコミットできる所っていうので地域だ。前橋っていう街がどんどん衰退して行っているので、そこに活力を与えるような、ビジネスであったり自分の経営のノウハウを元に、街中を活性できないか」って事で色々な活動をスタートした。

実はモナコに僕も同行していたんですよ、JINS時代に。で、前橋での活動も社員としてちょっと手伝ったりしてました。田中さんは群馬イノベーションアワードっていう企業を表彰するような会をやったり、イノベーションスクールっていうミニMBA みたいなものをやってたりとか。それ以外にも、シャッター通りになってるような商店街に土地を買って、建物を建てて面白いレストランを入れたりとか、そういうのは個人でもやってらっしゃったし、行政とも連携したり、町興しをしてる人たちとも連携してっていうのも知ってました。

で、前橋に300年続く白井屋旅館ってのがあったんですけど、廃業してずっとほったらかしになってて。それが東京のマンションデベロッパーに売られそうになってるのを惜しむ地元の人達が、田中さんに「これ買ってホテルやって欲しいんだよね」みたいな事を言ってたら、田中さんが男気出して買っちゃったっていうのが2014年ぐらいの話。
そこから、藤本壮介さんっていう建築家と白井屋ホテルを6年半かけて作ってて。僕も人伝いとかSNS とかで知ってはいたんです。

それが急に「ホテル手伝え」って振られてね。最初は流しました。ホテルやった事ないし。前橋って別に何の縁もないですしね。で、1回断ったんですけど、もう1回言われて。すごくお世話になってる方だし尊敬する人なので、断るにしても一回見に行こうと思って。で、前橋に来て、2019年の6月ぐらいですかね。そこで、田中さんに「ホテル買って」とそそのかした橋本薫さんていう前橋の町興しの社団法人やってて、コワーキングスペースとかコミュニティづくり、町の空き家になってる物件をリノベーションしてテナントを入れたりとかやってる方なんですけど、その人と白井屋ホテルの工事現場を見たり話を聞いてると、なんか面白いなーと思ったんですよね。

ちょうどその時、自分の中で、マーケティングをコミットしてやりたいって想いがあったので、引き受けちゃいました。ちょっとマーケティングから行き過ぎて、経営そのものになっちゃったんですけど(笑)。
というのが、2019年の9月ですかね。そこから本格的にプロジェクトに入って。で、会社立ち上げて去年(2020年)の12月にやっとオープンできて、みたいな感じで、もうすぐ半年ってところですね。

ーーなるほど。なんでホテルにって謎がとけました。

なので、成り行きなんですよ。

ーーいやすごいですね、成り行きでホテルの社長って!

しかも、もう一つ端折った話があって。
前橋の「シャッター通り」として有名な前橋中央通り商店街っていう所があるんですけど、そこに田中さんが有名な建築家さんと二軒建物建てて、そのうち一軒にとんかつ屋さんが入ってたのが、2020年の2月に撤退になっちゃって。
田中さん的には家賃が入らないのは全然構わないけど、町興しのために作った物件がいきなり空きテナントって嫌でしょ。で、「なんとかせい」みたいな話になって、田中さんのネットワークも含めて色々聞いてたら、『つじ半』っていう海鮮丼屋さんが面白そうって遊びに来てくれて、前橋での田中さんの活動や白井屋の現場を見たりして。それで、協力させてもらいたいんだけど、出資するのは厳しい。けど、フランチャイズだったらご協力できますっていう話になって。たまたまその会議室に僕もいて。もう嫌な予感しかしなかったんだけど、「矢村、ホテルするんだったら一緒だろ」って言って、海鮮丼屋になったっていう(笑)。

ーー凄いですね。急に海鮮丼屋になってたのも謎のうちのひとつでした。

白井屋ホテル株式会社たちあげて、ホテル開ける前に海鮮丼屋開いた(笑)

ーーそのフランチャイズのために調理も学びに行ったんですか?

そうそう。板前さんと研修を受けに行って。でも、魚市場の流通の話とか全然わからない。仲卸って何やってるとかも教えてもらったり。群馬の魚の流通も調べて。板前さんやアルバイトの求人もどこで調べていいのかわからないし、面接もわからないから教えてもらったり、調べたり。調理場もとんかつ屋だったから、フライヤーとかを海鮮丼屋用に変えないといけないんだけど、器具とかも全然わからない、とか思いながら。

画像3日本橋海鮮丼 つじ半 前橋店 Instagram


経営は凄く苦手だけど、面白いし勉強になる

ーー今お住まいは前橋ですか?

今は二拠点でやってます。東京とこっち(前橋)と。中央通り商店街の楽器屋さんだった所がコワーキングスペースになって、その上に住んでる。屋上でバーベキューやったりして(笑)。

ーー凄く楽しそう。凄いですね、成り行きで。成り行き力?でよくぞそこまで。

そうなんですよ、『成り行き力』なんですよ。なにひとつ自分で求めてるわけじゃない。

ーーいや凄いですね、それだけ信頼されてるって言う。

されてないと思うけど(笑)。ちょうど良いんだと思われてる。

ーー「ちょうど良い」って凄い事ですよ。伺いたかったのは、畑違いというか、マーケティングから経営にいくわけじゃないですか。doq Japanも経営と言えばそうですが。

まあそうですね。でも受託業と全然違う。受託業って凄くシンプルだから。プロジェクトがあって、外注先があって、差し引いた分が自分の取り分みたいな。いつでもすぐ始められるでしょ。パソコンと携帯があれば仕事になるし。プロジェクトがいっぱいあったら人を雇っても良いし。凄くシンプル。資産を持たなくてもできると言うか。
でも、海鮮丼屋だけでも大変ですからね。仕入れがあって、それを1日で100人以上の人に海鮮丼ていう形で提供して、お金を頂いて。で、取引業者さんにお金支払って、残った分がいくらっていう。めちゃくちゃややこしいですよね、受託業に比べると。固定費もかかるし。そういう難しさっていうのは凄く感じるし、やった事なかったですからね、リアルには。メーカーでやってたから、数字としては理解はするけど、リアルでやるっていうのは全然感覚が違うので、面白いですよね。

ーー面白いですか?

面白いと言うか、得意ではないけど勉強にはなる。

ーーなるほど

自分が凄く苦手だなって事はよくわかる。

ーー苦手?

凄く苦手。商売が下手くそだなって思う。

ーー経営した事ないので分からないですけど、人を使うのが大変とか、経営の中でもどこが苦手だなって言うのは?

人使うのも苦手だし、金稼ぐのも苦手だし、計算するのも苦手だし。商売のほとんどの部分が苦手。こんなの言ったら部下に怒られるけど(笑)。

ーー逆にここは得意ってのは?

『マーケティング』っていうのが正しいのか分からないけど、自分の仮説があって、「人ってこうやったら喜ぶんじゃないか」とか、こうやったら面白がってくれるんじゃないか、みたいな仮説があって、それが本当に当たった瞬間の快楽みたいな物を求めてるんだと思う。そこは好きなんですよ。だから、それをやるために周辺の辛い作業、苦手な作業をやってるっていう感じですかね。バックカントリーやらないけど、バックカントリーってスノボ滑るために長時間かけて登るわけでしょ。歩きにくいブーツで、重い板担いで登って。で、滑る。滑る瞬間の快楽を得るために。そういうのに近いかもしれない。

ーーマーケターということであれば、矢村さんであれば企業のマーケ役員とかが良いんではって思っちゃうんですけど。面倒な事はきっとやんなくて良いわけだろうし。

それは多分スノーボードで言うと、キャットツアーみたいなもんで、上まで雪上車で登らしてくれる感じですよね。

ーーそれが良いような。

それでは行けない山がある気がしてて。ちゃんと苦労して自分の足で登っていかないと、たどり着けない凄く良い斜面がある気がしてるわけですよ。

ーーなるほど。すごくわかりやすいですね。登りが苦手な経営の部分で。

そんな所かもしれない。全部嫌なわけじゃないじゃないじゃない?山登りはしんどいけど、登ってる時は登ってる時で楽しいかもって思う瞬間はあるし、そういうのはあるんですよ。

ーー「なるほど」って思うんですけど、『成り行き力』が凄すぎて、参考にならない(笑)

そんなことはない(笑)。

画像4白井屋ホテル公式サイト

 

登り方を考える過程が楽しい

ーー自分に活かせる話じゃない気がしてきました。

参考になるかわからないけど、もう一個の『成り行き力』って言う意味で、「何をやってもそれなりに楽しめる」っていうのはあるかな。

ーーそれは参考になりそう。

極端に言うと、僕、夢とかないから。将来の夢とか。

ーーアンケートで「これからやりたい事」のところ「今を生きる」って書いてましたね。

なんか、ここ目指して頑張るみたいな事っていうのがあんまり得意ではないんですよね。その代わりに、僕にとって田中さんがありがたいのはこの山に登るって決めてくれるわけですよ。ホテルを成功させたいとか、こういうのが良いとか、それを結構信じてる。

「本当に成功するのか?」とか「俺の人生にとってそれが正しいのか?」とか深く考えてない。それより、その登り方を考える過程が楽しいんであって。どの山登るかは決めてくれたら、どの山でも多分そこそこ楽しい。それぞれの山の登り方の楽しみがあるから、どの山登るのかはあんまり考えてなくて、それをどう楽しんで登るかっていうことに興味がある。

例えば、憧れのブランドのマーケティングをやりたいとかと思ったこともないし、眼鏡が好きだからJINSのマーケティングやってたわけでもない。なんでも良いんですよ。過程が楽しいわけであって。その過程っていうのは、こうやったら上手くいくんじゃないかなっていう仮説を立てて、やってみて、ちょっと予想よりうまくいったとか、いかなかったとかっていうのが楽しいだけであって、最終的に登るゴールは、あんまり興味がない。だから成り行きで楽しめるんだと思うんですよ。

だから、海鮮丼屋も楽しい。この話をすると、「押し付けられて大変だよね」とか、「海鮮丼屋やりたくて今まで生きてきたの?」とか言われたりするんですけど、何でも良いんですよ。ラーメン屋だろうがなんだろうが。

海鮮丼屋ひとつやってても、すげー面白い事 っていっぱいあるわけ。ちょっとしたことで売上がすごく伸びたり、スタッフの板前さんとかも、今までお互いに一緒に仕事したことない者同士だから、こういう風に言ったらこういう風に伝わるんだとか、もちろん失敗もいっぱいあるし、失敗のほうが多いぐらいだけど、そこが面白いわけです。

別に僕はホテル王をになりたいって思ってるわけでもないし、白井屋ホテルを成功させて、次はアマンの支配人を目指すんだって思ってるわけでもないし、ホテルが好きだったからホテルやってるわけではないので。なんでも良いんですよね。

ーーなんか凄く分かります。

だから自分って凄くサラリーマンっぽいって思う。今は、サラリーマンって言われるような職じゃないのかもしんないけど、自分では凄くサラリーマンだなって。なんか「起業家偉い」みたいなのあるじゃん。そこに対するちょっとアンチテーゼもあるんですよね。「夢持ってるのが本当に偉いのか」とか。人に指図されるってそんな嫌なことなのかなとか。

画像5白井屋ホテル Instagram


研究者×アーティスト=マーケター

ーー矢村さんのお父様ってどうお仕事なんですか

うちの親父は大学の先生だから、商売人でもなければサラリーマンでもなかった。

ーー血を感じる時ってありますか?

あ、めっちゃああります!うち、母親が版画家、アーティストなんですよ。父は亡くなったんだけど大学の先生でバシバシの理系。アーティストと理系の先生の子だから、ぐちゃぐちゃなわけですよ。凄く感覚的な母親で、コミュニケーション力も独特。周りもアーティストばかりで、群れられないと言うか。と、全共闘崩れの堅物の理系の大学の先生の親父。まあかなり偏った二人だよね。その血は凄く感じてて、血というか家庭環境かな。いわゆる抽象論の話と、ロジック、理論の話が、どこが噛みあってて、どこが噛み合わないのか、よくわかんないみたいなことが、家庭の中でずっと起こってた。その当時はそんなこと考えなかったけど、良いトレーニングになってたとは思います(笑)。

ーークリエイティブとロジックで、まさにマーケターが生まれる環境ですね。

広告代理店時代は、クリエイターの人とクライアントさんのマーケティング部長さんの数字がどうのっていうのを、両方行ったりきたりしないといけない仕事だったのは向いてましたね。そういうのは血というか、家庭環境はもの凄く影響及ぼしてると思う。
それと、自分が商売にあまり興味持ってないっていうのも、商売人が周りにいなかったからですかね。お金を稼ぐっていう生っぽさよりも、なにか対象物に対して仮説があって、その結果が出るみたいな、実験に近い感じ感覚を好むっていうのかもしれない。

ーーなるほど。それは研究者の血っぽいですね。起業家の人に話聞くと親も商売人だったみたいな話もよく聞くので、血みたいなのはある気がしますね。

やっぱあると思う。今、たまたま社長やってるのは、大企業とかの子会社の社長に似てるんじゃないですかね。


開店して緊急事態宣言、ホテル開業してGOTO中止


ーーホテルも海鮮丼屋もコロナの影響は?

ばしばし受けますよ。素人が飲食業と宿泊業始めるのに、嫌がらせのようなタイミングでコロナがきたから。すごい悪運ですよね。本当に、よくもまあこのタイミングでって。
海鮮丼屋は去年の4月にオープンして一週間後に全国緊急事態宣言で3週間閉店。で、12月12日にホテルオープンして2週間後にGOTO中止だから。これ以上ないってタイミングですよね。

ーーこれ以上はないですね。

だから正直いうと、宿泊に関してはなかなか厳しい状況が続いていて。宿泊って県外からのお客さん、もっと言ったら東京からのお客さんがしめるので、この緊急事態宣言、コロナの影響はうけるんですけどね。それでも来てくれるんお客さんがいて、本当にありがたいです。
幸いなことに、レストランがホテルの中に二つと、フルーツタルト屋さんを自社運営でやってるんですけど、結構お客さんが来てくれていて。レストランのカジュアルな方は、オールデーダイニングっていって朝から夜までやってるんですけど、そこのランチは予約しないと入れないぐらいになっていて、この前のゴールデンウィークも凄い人で、そっちでなんとか食いつないでるような感じ。

ーーなるほど。このコロナが、落ち着きさえすれば、乗り切れればって感じですかね。

分かんないですよね、こればっかりは。そもそもの話として、前橋は観光地じゃないっていう宿泊業の難しさがある。観光目的で前橋に来る、じゃあどこ泊まるっていう事ではないんです。白井屋ホテルに行こうって強く意思を持ってきてもらうしかない。とは言っても大変なことで、例えば草津温泉みたいな目的があって、どこの旅館泊まろうって勝負する方が楽ですよね。
まあ、そもそも人が前橋に来る目的を作るために田中さんは白井屋ホテルを作ったわけで、だからこそこのプロジェクトはおもしろいわけで。

ーー白井屋ホテルのサイト見ると、僕でも知ってるようなアーティストさんが入っていて、ラインナップすごいですね

そうですね。そこは僕は何もしてないので、田中さん達が本当に頑張ったからだし、お金もかかってるけど、それ以上にその労力と巻き込み力の結果だと思いますね。

ホテルのレストランや海鮮丼屋は、前橋の人たちに街に来る楽しみを提供する場所。で、宿泊に関しては県外とか国の外の人が「前橋ってなに?凄く面白いホテルがあるじゃん!行ってみたら意外にも自然もいっぱいあるし、凄く面白い街じゃん!」って思ってもらうための最初のフックになる事が白井屋ホテルの役割。それをどうにか頑張ってるって感じですかね。

インタビュー後記(インタビュアーまとめ)

白井屋ホテルは、そんなにアートに詳しくない僕でも知っている杉本博司さんや宮島達男さんのようなビッグアーティスの作品が展示されている本気のアートホテルで、ちょっと格好つけたデザイナーズホテルとは全然別物。美術館に泊まるで思いだしたのが、島全体をアートスペースにした直島だけど、東京からだとなかなか遠くて行けないし、(比べるモノじゃないかもしれないけど)前橋だったら新幹線ですぐだし、コロナでなかなか観光宿泊業はプロモーションもしづらそうだけど、終息したら予約しづらいホテルになってそうだから、(緊急事態宣言下では言いづらいけど)泊まるなら今のうちかも。アート好きの方は要チェック。

そんな素敵ホテル社長の矢村さんとは、以前少しの期間同じ組織に所属してたんですが、僕がちょうどドロップするタイミングだったので、ロクにお話することもできず、それが心残りだったんですが、SNSをフォローしていると、海外いったり海鮮丼屋のユニフォーム着てたり、ホテル開いたりと、仕事ができるにも程がある、というか脈絡が全然わからないようなビジネスをやりまくってて、何なんだこの人は、謎すぎる、と思い数年ぶりにご連絡差し上げて、お時間いただきました。

お話伺って、いろいろ謎も解けたし、サラリーマン気質な僕にとって「ホントそうですよね」ってお話、考え方がたくさんあって、すごくスッキリした気持ちになりました。やっぱ仕事できる人だなーと。これから精進して、今度はお話だけでなく、あの時ご一緒できなかったお仕事をご一緒できたらなと思います。

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