あの日々の”5分後”にあったもの
”好き”でも、”おすすめ”でもない、私を”構成”するマンガ。
思い出すのは、たくさんの景色。
胸を躍らせながら眺めた図書館の本棚。
友人に借りたマンガを抱えて帰った通学路。
結末の解釈をやんややんやと議論した人たちの表情。
大切な日々の記憶に、この5冊たちが寄り添ってくれている。
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1,ブラック・ジャック(著:手塚治虫,全22巻完結)
高い医療技術を持ちながら、法外な報酬を求めることで悪名高い無免許医師ブラック・ジャック。彼の元には日々、多くの患者たちが訪れる。
医療とは、命とは何か。答えのない問いを胸に彼はメスを握る。
言わずと知れた”漫画の神様”、手塚治虫氏の名作。
手塚作品は小学生から読んでいたから、かなり深い根っこ、大げさではなく自分の”価値観”を形成しているとさえ思う。
同時期に読んだ「火の鳥」でも「鉄腕アトム」でもなくこの作品を選んだのは、やはりブラック・ジャックの、ひとりの人間としての描き方が印象的だったからだ。
壮絶な過去を背負い、文字通り血のにじむような努力を重ね医師となったブラック・ジャックは、しかし、それでも全ての患者を救うことはできない。時代が、世界が、運命が。彼の目の前から生命を奪っていく。
それでも彼はもがき、必死に手を伸ばし続け患者を救う。
その姿がいまでも焼き付いて、ずっと心に残り続けている。
2,夜桜四重奏〜ヨザクラカルテット〜(著:ヤスダスズヒト、既刊25巻)
人間と妖怪が共存して生活する町、桜新町。町民たちの困りごとを解決する「比泉生活相談事務所」では、寄せられる依頼に不可解な事件が少しずつ増えてきていた。のどかな町に起こる異変はやがて、世界をも変える大事件へと繋がっていく。
ストーリーの面白さは勿論のこと、絵造りがこの作品の最大の魅力だと思っている。
作者の本業であるイラストレーターらしく、キャラクターは美麗で、アクションは繊細かつ大胆、そして画面すべてがスタイリッシュ。ページをめくるたびに、驚きと幸せで視界が満たされていく。
特に白を背景に、登場人物がビビットな色合いで描かれる表紙が本当に素敵で、毎回書店で見かけるたびに、惚れ惚れしてしまう。
あと擬音がいちいちかわいい。
「もてもて」とか(歩く足音)。
いまもこうして物書きの真似事をしているけれど、この作品の雰囲気――メリハリ、ソリッド、洗練――そんなものが、自分の創作の目指すところになっている気がする。
何を作っていても、いつでも。その先にこの作品があるのだ。
3,堀さんと宮村くん(著:HERO、全10巻完結、おまけ既刊13巻)
クラスで目立つギャルの堀さんは、実は地味で家族思いのお姉ちゃん。
暗くてオタクっぽい宮村くんは、実はピアス開けまくりのチャラいお兄さん。
真逆の2人の本当の姿を知っているのは、お互いだけ。そんな2人と愉快な仲間たちが繰り広げる、高校生たちによる青春群像劇。
初めて読んだのが登場人物たちと同じ高校生のころだったのもあって、思い入れが特に強いのがこの作品だ。
彼らは笑って、泣いて、恋をする。
ひとりひとりが熱を帯びた人生を過ごしていて、それはともすれば見ているのが恥ずかしくなるほど全力で、眩しい。なにも事件は起きない日常でも、まるで嵐のような全身全霊の激しさで、それでいてサイダーのような駆け抜ける爽やかさで、その時間を過ごしていく。
もう遙か彼方になったあの日々が、コマを進むたびに戻ってくる、そんな作品。
本編は完結しているけど、おまけという形で現在も不定期ながら更新されているのが嬉しい。こちらはまるでむかしの友人に会うときのように、ほのぼのと彼らの日常にお邪魔させてもらっている。
ちなみに柳推しである。
4、累 (著:松浦だるま、全14巻完結)
二目と見られぬ醜い顔で生まれた女は、顔を入れ替える力を持った口紅を母から託される。美しい顔立ちを他人から得ることで、舞台女優として成り上がっていく彼女。それは逃れられない、呪いの輪廻への誘い。
美しい者、醜い者。それぞれの思惑を累ねて紡がれる、美を巡る物語。
実は大学生のころこの作品に出合うまで、漫画はそんなに読むほうじゃなかった。上に紹介した漫画も、友人や図書館からたまに借りるくらい。
そんな私を引き込むほど、この物語は美しく、そして苛烈だったのだ。
舞台女優の物語という、漫画表現では難しい演技の動きを伴う設定。それを見事に紙面に昇華させる、視線、指、髪の一本にまで描写された、張りつめた緊張と躍動。
なにより、美を求め奈落の底から這いあがる主人公の表情。迷いや後悔、執念、そして決意と覚悟が、圧倒的な画力と共に描き出されていく。
呪いのような祝福。その果てに彼女が選ぶ道とは。
実は実写映画版もかなり好きで、映画館で4回観た上で豪華版のブルーレイを買っている。原作との相違点を考察するととても興味深いので、こちらもお薦めである。
5,機動戦士ガンダム THE ORIGIN(著:安彦良和ほか、全24巻完結)
宇宙移民の自治権をめぐる戦争に、意図せず巻き込まれた青年たち。
出会いや別れ、仲間の死に打ちのめされながら、彼らはいつ終わるとも知れない戦いに身を投じていく。
はい、私の人生!!!
会いたかったぞ、ガンダム!!!!!!
……ちょっと取り乱したが、ガンダムというコンテンツほど、自分の人生に影響を与えたものもないと思う。20年近く好きであり続けているものなんて、ガンダムとドラえもんくらいのものである。
アニメ版のコミカライズにして、原作者のひとりである安彦良和氏によってより深い解釈が為され作り出された、まさに”原典”。
アニメ本編の戦争勃発に繋がる出来事や登場人物たちの背景なども描かれており、オリジナルにして斬新、王道にして衝撃である。
モビルスーツと呼ばれる人型兵器の格好良さも然り、まるで歴史ものを読むような重厚な設定と物語は、まったくガンダムを知らない人でも楽しめるほど。
もがき苦しみながら戦争を駆け抜ける彼らの姿が、今でも私の心を離さない。
これまでの、そしてこれからの私を形作る、ひとつの大きな芯である。
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こうして振り返ってみると多くの出会いがあって、
なおかつ現在への影響の大きさにも、ちょっと驚いてしまう。
あの日々に知った峻烈な出会いを、
これからまた、体験することはあるのだろうか。
あるいはそれが5分後かもしれないと思うと、
ほんの少しだけわくわくして、今日もこうして新しい表紙を開くのだ。