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麒麟は赤く、夜に泣く

「キリンは泣かない!」って奴の口グセなんだがなあ

つまりさ、自分の子供を餌食にされた母親キリンは悲しくないわけはないんだ。けど……別に立ち向かっていくわけじゃねーんだよ

奴のいうキリンとはバイク乗りのことなんだよ

漫画「キリン」第一巻より

 ずいぶん前の話だけれど、赤いCBRに乗っていた。

購入前の写真

 CBRにも色々あるけれど、自分が乗っていたのは250ccのCBR250Rというやつの前期型で、これはもう生産終了になっている。カタログ燃費50kmの燃費お化けで、何も気にせず適当に走っても1Lで30kmは軽々走る。それほどストイックなスポーツモデルというわけではなくて、比較的楽な姿勢で気楽に乗れるいいバイクだった。

 色々なところに(安全運転で)走り回ったものだけれど、一番よく通ったのは深夜の海ほたるだった。

 海ほたるのある東京湾アクアラインは土日ともなれば渋滞地獄で、全長が10kmちょっとしかないのにこの先10km渋滞とかいう冗談みたいな状態が当たり前で、千葉方面に行くときはため息をつきながらバイクにしがみつくハメになる。
 けれども平日深夜となれば話は別で、誰もいない海底トンネルをわが物顔で駆け抜けることができる。空いている、というレベルではなくて本当に車がいなくて、往復してもすれ違う車は数えられるほどしかない。しかもETCなら往復しても600円と少しで済む。気が向くならば、海ほたるでラーメンを食べていくこともできる。

 この頃はアクアラインへアクセスしやすいところに住んでいたこともあって、気軽に出かける夜の散歩としてよく通っていた。

 なんとなく乗りたいから、という理由で出かけることも多かったが、何か辛いことがあったりすると夜中にヘルメットとプロテクターを取り出して、駐車場へ向かうのが常になっていた。
 何かが気になると無限にそのことを強迫的に考え続けてしまう性質があるのだけれど、バイクに乗って走ると気持ちを切り替えることができた。というのも楽しいからとかそういうわけではなくて、運転中に考え事をしていれば死ぬからだ。

 死と隣合わせ、という事実が強迫観念を強制的に遮断してただ運転することだけに集中させてくれていた。この頃は諸般の事情でメンタルが不安定なことが多くて、バイクに乗るという行為にそれなりに助けられていたと思う。

 エンジンをかけ、強迫観念をどうにか叩き切りながら、夏も冬も深夜の海底トンネルを駆け抜けてラーメンを食べた。キリンは泣かないものだから、と独り言ちながら。

夜の海ほたるとCBR

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