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手癖で小説を書くよ #2

「逆方向の電車」

「……は、あ」

 僕は、そこでやっと目が覚めた。
 終点です、というアナウンスに頭をぶたれ、意識を取り戻し荷物を引っ掴んで電車から降りる。
 そこは見たことのない、片田舎の駅だ。僕の住んでいる街からは、だいぶ離れているはず。それなのに、こんな場所にまで来てしまった。

「やっば。どうしようかな」

 キセル乗車になってしまうけれど、とにかくこの駅から自分が目指すべきだった駅へ戻ろう。さて、ここは何という駅でいったいどこにあるのだろうか。
 看板か何か、手掛かりがあるはずだ。僕はそれを探す。
 しかし、それらしきものはどこにもなく、むしろ歩くたびに現実感を失っていくような気がした。

「うーん……どこなんだ、ここ」

 携帯電話に情報を出そうにも、今の時代にこと珍しく、地図情報はおろか電話回線の電波まで失われていた。

「嘘だろ、おい。なんだなんだ、僕は都市伝説の主人公じゃないぞ」

 あちこちを見回す。遠くに海が見える。果てしなく遠い海。蝉の声はしない。森が近くに無いのだろう。とはいえ、人工物も見当たらない。こんな情景がアニメ映画のワンシーンにあったような気がする。

 とにかく、僕はこの駅から出ようと、改札へ向かった。
 しかし――それは叶わなかった。

「え?」
「そっち、まだ行っちゃだめ」

 腕を、掴まれた。そして声をかけられた。僕は何が起こったのかわからない。とりあえず声のした方、僕の腕を掴んでいる〈ナニカ〉がいるであろう方向を見た。

 美しい――少女だった。

 凛とした瞳。片目が白い眼帯で隠れているが、露わになっている方の瞳は、真に紅く、深い。肌は病的なまでに白く、青い海や空にそのまま溶け込んでいってしまいそうだ。

 白いセーラー服を着たその少女は、一言、発した。

「まだ行っちゃだめだよ、ケンジくん」
「! なんで、僕の名前」
「知らなくていい」

 人の名前を知っておきながら、それがどうしてなのかを教えてくれない。はて、僕はこんな少女を親戚か何かに持っていただろうか。そんな覚えはない。
 ぼんやりした頭で考えていると、少女はぐいと僕を引っ張って、いつの間にかやってきていた反対方向の電車に放り込んだ。思わず、尻もちをつく格好になる。

「私は、アリサ」
「アリサ……?」
「大丈夫、すぐにわかるよ」
「わかるって、何が」
「あなたのそばに、いるから」

 どういうことか問い詰めようと立ち上がろうとしたときだ。
 ふしゅう、と気の抜けた音がして、電車のドアが素早く閉まった。

「あ、ちょっと、まって!」

 僕は電車の窓にべったりと張り付いて、アリサのいた方を見る。アリサは何でもないように、無表情でこちらを見ていた。

 目が覚めると、知らない天井が広がっていた。

 白い部屋。管だらけの身体。消毒液臭い。カーテンの向こうから声が聞こえる。がらがらと何かが動く音。

 ここは――病院?

「ケンジ! ああ、ああ、よかった、気が付いたのね!」
「母さん?」
「よかった……ちゃんと、ちゃんと目を覚ましたのね、わかるのね、ケンジ。先生、先生、看護師さん!」

 ぎゃあぎゃあと母さんは騒いで、カーテンの向こう側に人を探しに行った。
 何だ何だ、今度は何が起きているんだ。
 僕は、そうだ、僕は――事故に、巻き込まれた?

 よくよく思い出してみると、僕はこの直前(といっても、僕の記憶の中での〈直前〉であり、いったいどれくらいの時間が経っているのかは定かではないが)に猫を庇って交通事故にあったのだった。
 猫を助ける格好良い男になりたい。それだけの簡単な心理だったのだが、現実は巧いこといかない。ちょちょいと轢かれて意識不明、ということのようだ。

 さて、どうしたものか。なんだか、まだ頭がぼんやりする。水が飲みたい。看護師さんはいないだろうか。これ起き上がっても良いのかな。まあ、怒られたらそのときだ。幸い、脚は折れていない。

 病院の中を、点滴の柱を支えにふらふらとさ迷う。まるで幽霊のようだろう。僕が死にかけているということを知っている人間がいたとするのなら、間違いなく悲鳴を上げるのではないか。

「あれ……」

 病室の一角に、見たことがある姿が見えた気がした。立ち止まり、ちょいと覗き込む。
 ベッドには、まだ若い青年が、ニット帽をかぶって眠っていた。酷い癌か何かなのだろう。延命措置をやめるとかまもなく死んでしまうとか、そんな状況のようだ。

 そして、そこに――ぞくりとするほど、美しい少女。

 アリサ

 彼女が、いた。

「何で……」

 さっきからわからないことだらけだ。だが、彼女は確実にそこに存在する。けれど、質量を持っていないような、重量を持っていないような、彼女にエネルギーというものが無いような。儚い存在としてそこにいた。

 そして、アリサはベッドに眠る男性にそっと、近づく。手の中の何かを、入院着のポケットに入れて、最後に男性にキスをして離れた。
 するとアリサは、僕に気が付いたようでするりと込み入ったベッドのそばから僕のもとへやってきた。

「ね、まだだったでしょ」
「きみは……」
「まだ、ヒミツ」

 アリサはくすくすっ、と笑って、廊下の闇に消えた。
 どこに行ったのか、追いかける勇気はなかった。

「あの、駅は」

 いったいどんな世界に続く駅だったのだろうか……。

【了】

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金森 璋
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