「1day彼氏は魔法使い」 第2話
5 便利な魔法と機械
「今日は他にどっか行く? それとも言っていたラーメン屋に直行する?」
「まずはラーメン屋へ行こうか。遠いのか?」
「電車で三十分ぐらいかな。でも、人気店だから大分待たなきゃいけないかも」
「待つ? 私は食べられればいいぞ?」
「じゃぁ、行きますか」
クリスは昨日即席で買った服に着替えていた。靴だけは自前だ。ブーツなので何にでも合うよね。
黒のシャツに白いワイシャツ、ゆったりめのパンツ。めっちゃシンプルなのに、このハイブランド感。上下で五千円もしてないのに… すごいを通り越してもはや乾杯だ。
「今から電車って言う乗り物に乗るよ」
駅まで歩きながら電車について話をする。いきなり見たらうれしさでそこで時間が過ぎそうだし。
「昨晩見た馬のない乗り物のことか?」
「車じゃなくて、それよりもっと大きいかな。何百人と乗せて運ぶ乗り物だよ。金属でできてて、メッチャ速いから」
「何百人! そんなに乗せて壊れないのか?」
「うん。それも科学技術だよ。魔法がない代わりに人の手と知恵で何百年と培ってきた技術の結晶だよ? 空を飛ぶ金属の乗り物もあるんだから。ほら、あれ!」
と、ちょうど空を飛んでいる飛行機を指す。クリスは空を見上げて首を傾げている。
「鳥? にしては大きいな。アレのことか?」
「そうだよ。あれも昔の偉い人がつくった乗り物。日々進化してるんだ」
「進化? 出来上がりではないのか?」
「違う違う。あれでも十分なんだけど、もっと便利にって日々研究してるんだよ。人の欲は尽きないからね〜」
「… もっとか。しかし、その欲のおかげでこのような世界になったのだろう? この世界は欲にあふれているな。いい意味でな」
「そうだね。私は便利な社会の恩恵を受けてるけど、半自動ぐらいがちょうどいいかな」
「半自動?」
「うん。勝手にドアが開いたり、勝手に車が走ったり… メッチャ快適なんだけどね、私はある程度自分でしないと、将来目的も意識も曖昧になっちゃいそうに感じてる。ましてや今、地球上から電気がなくなったら、大パニックだよ。あはは」
「私の世界でも魔法に頼り切っている部分はある。しかし、たくましい平民を見ているといつも思う。人の手でできることを魔法が担うのは良いことだが… 貴族は魔法がないと生きてはいけないだろうと。ユーリの危惧は私も感じている」
「そっか、クリスの世界は魔法か。どっちの世界でも課題はあるよ。うん。まっ私が言ってもしょうがないんだけど。って、駅に着いたよ」
切符売り場で料金表を見る。久しぶりだな、料金見て切符を買うの。
「ユーリ、この機械を操作するのだろう? 私がしてみたいのだがいいか?」
目がウキウキのクリスは昨晩触りまくったスマホのおかげで電子機器が気に入ったようだ。
「いいよ。じゃぁ、このコインをここに入れて〜」
うんうんと、子供のようにピッッピッとボタンを押している。楽しそう。こんな些細なことだけど私までうれしくなる。
「買えたぞ! この紙がチケットか!」
「そう、切符ね。じゃぁ、こっち、この機械にその切符を入れて」
「こうか?」
すっと吸い込んだ切符に呆気を取られている。クリスは眉間に皺を寄せてフリーズした。
「機械にチケットを盗られてしまった… また買わなければ… すまんユーリ、コインをくれないか?」
「あはははは、大丈夫だって。こっち、ここに出てきてるから」
「何! どうなっている?」
「切符を確認したよってこと。だからこのゲートを通っていいの」
「これで入場確認が取れたということか? すばらしい」
クリスは切符を握りしめまぁまぁでかい声ではしゃぐので、ちょっと恥ずかしい。『イケメン外国人が日本のメトロに興奮してる件』とかSNSに上げられそうだな。
「じゃ、電車が来るからね。こっち」
昨日のドンキを彷彿させる。クリスを引っ張って歩く私。このままちゃんとラーメン屋に辿り着くのか心配だ。
6 魔法使いと頑固親父
「お待たせしました〜」
一時間の行列を乗り越えてようやくお目当てのラーメンが目の前にきた。もちろんクリスはワクワクが止まらない様子で、両手がワナワナしている。
「すみません。フォークはありませんか?」
「え? フォークですか?」
バイトの女性定員は少し困惑してから
「すみません。お子様用のフォークでしたら…」
と差し出してきたフォークはあまりにもクリスには小さすぎた。
「ありがとうございます」
とりあえず受け取って、カウンターで『待て』のまま大人しく待っているクリスには悪いけど… この小さいフォークでなんとかがんばってもらうしかないか。
「クリス? これで食べられる? こうしてみて?」
ちょっとお行儀が悪いが、この際仕方がないよね。小さなフォークとレンゲでパスタのように丸めて食べる仕草を見せた。
「あぁ、それならいけそうだ。早く食べようか?」
と待ちに待ったラーメンを勢いよく一口… の所でシャガリ声に止められた。
「おい、兄ちゃん。それはないぜ。せめて箸を練習してから来いや。ラーメンが泣くぜ?」
威勢のいいラーメン屋の親父がカウンター越しに注意してくる。マズイな。
「すまぬ、店主よ。私はこれしか出来ないのだ。決して泣かせる訳では… ラーメンを冒涜などしていない。むしろ尊敬している。それよりも私は早くこの芳醇な香りを楽しみたい。今日は目をつぶってはくれないか?」
ものすごく丁寧なクリスの口調と対応に親父もちょっとたじろいでいる。
「そんなに… ただのミーハーな外国人観光客ってわけでもないのか?」
ん? 何気に失礼だな。こんなに人気なら色々なお客さんがいて大変なんだろうけど… ちょっと色眼鏡で見過ぎじゃない? うちのクリスはただのラーメン好きだよ?
「あぁ、私は昨晩からここのラーメンを楽しみにお腹を整えてきた」
「ぶははは。お腹を整える? そんな大したもんでもねぇよ。でもその心意気、気に入った! いいぞ、好きなように食え」
「かたじけない」
ぷぷぷ、と他のお客さんからも失笑が聞こえる。
『外国人武士がいる』
『かたじけないだって』
そんな声を全く気にしていないクリスは、満面の笑みで食べ始めると、三分も経たないうちに完食してしまった。
「ユーリ! この透き通ったスープは… 昨晩のスープも濃厚でよかったが、これは何とも言い難い! 実にうまい!」
「え? もう? ちょっと待って、私食べるから」
「ユーリは急がなくていいぞ。私は余韻を楽しむから。しかしこのスープ。濃厚でいて後味がさっぱりしている。そうだな… 貝か何か… 旨味を増すテイストは何なのか… 雑味がない。そしてこの麺だ。スルスルとコシもあって食べやすい。スープも絡まってとてもよくマッチングしている」
… どこの食レポタレントだよ。饒舌すぎだし。
せっせと食べる私を他所にクリスはジーンと一人感動に浸っていた。
「お! もう食べたのかい? もう一杯いくか?」
「いいのか!! いや、しかし止めておこう。外で待っているお客に申し訳ない」
「ほぉ〜、礼儀もちゃんとしてるのか。姉ちゃん、いい彼氏捕まえたな」
「あはは… ソウデスネ」
クリスと店の親父の会話をBGMに私は慌てて食べる。ちょっと、何盛り上がってるの? 出汁がどうとか… クリスって本当にわかってる?
「ほうほう、なるほど。半日も鳥を煮込むのか。しかしなぜこんなにも透明なスープになるのか。店主はどこかで修行をした一流シェフなのか?」
「よせやい、一流とか、ガラでもねぇ。コツコツ、毎日きちんとやれば誰でも出来きら。仕事ってのは手を抜いちゃ〜いけねぇ、何でもな」
「何事も一流とはそう言うものだ。うんうん。店主、とてもおいしかった。ありがとう」
「そりゃーよかった。また来てくれ」
「あぁ」
爽やかなイケメンスマイルを親父に送って、クリスと私は店を出た。
「クリス… 適応能力高すぎ! ちょっとあの親父さん最初怖くなかった?」
「そうか? いい店主ではないか。あれはシェフという名の職人だな」
「まぁ、そうだけど… で? これからどうする? どこか行きたい場所とか、リクエストとかある?」
「私はどこでもいいぞ。ユーリの行きたい場所はないのか? 私はとにかく今晩もラーメンがいい」
「どんだけ気に入ってるのよ! じゃぁ、今日は水族館にでも行こうか? クリスの世界にあるかわからないけど。この近くにあるんだ」
「水族館? 名は聞いた事はないが… よし行こう!」
そして、私たちは水族館へ行く事になった。
・第1話
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・第2話
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・第3話
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・第4話(最終話)
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