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【Vol.14】「俺には金しかないんだよ」と言う男:梶谷

 現在、婚活中の女が、男性に求める理想的な収入は年収600万円以上だという。しかし、現実に20代から30代の独身男性で600万円以上の年収を持つ男は数%しかいない。ならば、金持ちの独身男性は引く手あまたの状態のはずだ。だが、今、ちえりは「俺には金しかないんだよ」と言いながら40代後半で一度も結婚したことがない、梶谷の話を聞いている。


One night's story:梶谷

 梶谷はわたしが勤める店の常連客だ。週に数回は来て、一人の女を指名し、ほかにも数人の女を場内指名する。いつも座る席は、入り口から一番遠いVIP席。金払いがいい、いわゆる優良客だ。

 しかし、梶谷はある日、ウイスキーをロックで飲みながらこう言い出した。

「所詮、俺には金しかないし、金しかないからそういう女しか寄ってこないんだよ」

 梶谷は、普段は女をはべらせながらも自分はおとなしく飲むだけの楽な客だ。しかし、酔うと「現在、女を5人囲っている」、「ひとつのマンションのそれぞれ別の階に女を住まわせている」などと言い出す。

 女を金でどうにかしている。そういったことを言い出す男はずいぶんと多い。しかし、わたしにはいつもその発言が自慢なのか、自虐なのかわからない。

 わたしはいつも、店ではとりあえず「そんなにお金持ちなんて羨ましいな」などと言っておく。しかし、彼らは一体、本当はどんな答えを求めているのだろう。

 だから、わたしは梶谷にあえてこう言ってみた。

「えー、梶谷さんはお金だけじゃない魅力もいっぱいあると思うな。そういうところ見てくれる子がきっといますよー」

 わたしがそう言うと、梶谷は、酔っ払い特有の渦巻いたような目でこちらを見て、こう答えた。

「いや、でも、金持ちってのは、金を持っていることを認められたいんだよ。でも、やっぱり、ATMみたいに扱われているんじゃないかって不安もあるんだよ」

 わたしは、「そうなんだー」と適当な返事をしながら、梶谷のグラスに氷を足した。

「お金を持っているあなたはすごいけれど、あなたの魅力はお金だけじゃない」

 梶谷が言ってほしいのは、そういう言葉だろう。

 けれど、わたしはその言葉を言いたくはなかった。

 梶谷は自分で「俺には金しかないんだよ」と言っている。それは「わたしなんて可愛くないから」と言っている女と同じことのような気がした。

「わたしなんて可愛くないから」という女も実は、「そんなことないよ、可愛いよ」と言って欲しいわけではない。「君は可愛いし、その上で更にほかの魅力があるよ」と言って欲しいのだ。

 そして、もうひとつ、似ている点がある。「わたしなんて可愛くないから」と言っている女は男からしてみたら、物凄く鬱陶しいものだ。

 それと同じように、「俺には金しかないから」と言う男は、女にとって物凄く鬱陶しい。

 梶谷は相変わらず、緩んだ目をして酒を口に運んでいる。まるで、欲しい餌をただ口をあけて待っている雛鳥のようだ。わたしは、梶谷の横顔を見ながらそう思う。

「ねぇ、梶谷さん。せっかく久しぶりだし、乾杯しない? わたし、シャンペン飲みたいな」

 一緒に席に着いていた女の一人が脈絡なく言った。梶谷は緩んだ目のまま「そうだな」と言い、ウェイターにシャンペンを頼んだ。

 グラスに注がれるシャンペンは泡立っては消える。店で出すシャンペンは安売り店で買えば一本1000円もしないようなもので、合成甘味料のようなべたつくような甘さと翌朝の二日酔いの酷さが特徴だ。

 このシャンペンのように、わたし達は嘘つきな甘い言葉を吐き、翌朝の後悔を男たちに与えて、対価で金をもらっている。そう思うと、シャンペンがなかなか飲み込めなかった。

 結局、梶谷はシャンペンを3本空け、千鳥足で帰っていった。女たちは梶谷の後姿を頭を下げて見送る。梶谷の後姿が消えた時に、一人の女が、呟いた。

「金しかないんだよ、って自分で言って、その通りのことをしてるよね」

 そう仕向けているのはわたし達、店の女であるけれど。わたしは、口に出さずにそう思った。

 安いシャンペンと合成甘味料のような嘘の甘い言葉で唇がべたつく。唇を指で拭いながら店内に戻る。今日も偽物の甘い言葉と煙草の煙が店内には溢れている。

 梶谷には金しかない。じゃあ、わたし達には一体、何があるというのだろう。

 胸の奥から疑問が暗雲のように湧いてきた。

 次の席に着いて、と店長が忙しげに声をかけてきた。絶えない疑問を振り切るために、わたしは一際明るく声を上げながら、客の席に着いた。


かつて、ちえりをやっていた2022年の晶子のつぶやき

※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。

 小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。リニューアルして書籍でも出したいぽよ。

 さて、男性ターンに移って二回目のこのコラム。
 そういや、男性ターン一回目は、実は書籍に入れたかったエピソードを超短縮して書いているもので。だから、ちょっと性急なのよね、話の流れが。そのうち、ロングバージョンも公開するかも。

 さて、二回目の主人公は、はっきり言ってよくあるタイプの男性です。

 どっちやねん、知らんがな。

 プライベートならその一言で終わる「金があることを認められたいすごいと言われたいが、それだけじゃいやだ」という男性心理的な? いや、これ実は男性心理じゃないだろ。

 僕は40歳過ぎてますが、おむつを替えてほしいって話なのよね、要は。

 そ、それは、プロにお金を払ってプレイを楽しむ以外、実現する方法はないでしょ……。
あ、あと共通の趣味を持つ方を見つけるかですね。最近はマッチングアプリも盛んですので、頑張ってください。

 が、しかし、こういうことを平気で言っちゃう人は、何故かその心理を「お金持ちだけど、お金だけじゃ満足できない純粋な俺」と勘違いしてるんですよね。

 先日とあるカップルの話を聞いて、「それ、要はファザコンとマザコンの押し付け合い」という話になったんだが、そう、この発言はマザコンです。そして、こういう男と付き合える女性はファザコンです。

 「いろんな女を囲っていて、なかなか一人の物にはならない、そう簡単に手には入れられない俺、でも、本当は純粋な俺、そんな俺をすべて受け止める優しい女大募集‼」

と、

「わたしだけの物にならない彼、そんな彼を見守り支え、愛し続けるわたし。そんなわたしは健気で可愛い最高の女。わたしの健気さにいつか気付いて‼」

って、一緒じゃん? 

 主語が自分しかない上に責任を全く取らない、ていうかたぶん責任って言葉の意味を知らない、って意味で。

 どっちかだけが愛する人を守る盾になったり、どっちかだけが愛する人や場所を守るために戦う鉾になったり、どっちかだけが帰る港になったり、どっちかだけが旅をする船になったりしたら駄目なんだよ。

 責を任す、任せられる。

 本当にそう思える相手が最高で最強のパートナーじゃない? 

 いやまじでそれ以外、意味ないし、いらないでしょう。

 恋愛しかり、友情しかり、仕事相手しかり。

 そんなの理想だよ、現実はそううまくいかないって声はよく聞くけど、

 それは、あなたの現実であり、わたしの現実ではございません。

 以上。なんだよね。

 温かさだけじゃない、冷たさも、わたしは優しさだと思うよ。そして、「違う」と思ったら、その場を立ち去る勇気もね。

 なんか今日の独り言はいいこと言ってるな!

 と朝から自画自賛です。

 これからコインランドリーに洗濯物を取りに行ってきます。

 それじゃあ、またね!

いただいたサポートは視覚障がいの方に役立つ日常生活用具(音声読書器やシール型音声メモ、振動で視覚障がいの方の歩行をサポートするナビゲーションデバイス)などの購入に充てたいと思っています!