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【第3回】でも、わたし、そんな風にしてまでは来て欲しくはないです。:「二人、いつか稲穂が輝く場所で」

 その言葉に男は口を閉ざした。口を開け、呻くように、出来れば、と言いかけた。しかし、すぐにまた口を閉じ、彼は首を横に振った。でも、無理だよな、とそのまま続けた。わたしはその言葉に頷くことも否定することも出来ぬまま、膝上に置いたハンカチを撫でていた。

 田守が悪い人間ではないのは知っている。田守がわたしの為に誠心誠意尽くしてくれているのもわかる。けれど、わたしは田守と金を貰わなければ一緒にいたくはなかった。残酷な事実だった。けれど、それはどうにも変えられなかった。

  田守の上司であるその男も、それをよくわかっていた。「無理を言ってごめん」。彼は無言のわたしにそう続けた。

「わたし、何度も言ったんです。そんなに無理をしないでって。週に一度、二時間くらいでいいからって」

 田守の上司は、あぁ、と頷いた。

「でも、田守さん聞いてくださらなくて。昼間に会おうと言われて。わたし、お断りしたんです。それから週に三日はいらっしゃるようになって。それは嬉しいです。でも、わたし、そんな風にしてまでは来て欲しくはないです」

「そうだよな。ごめん」

「謝られるようなことではないですけれど、謝るのはこちらの方かもしれないですけれど」

「いや、悪いのはあいつだ。本当、ごめん」

  その男は何度もそう繰り返し、わたしにもう一杯ドリンクを勧めた。本当はもうこれ以上、田守の周辺から金を取るようなことはしたくなかった。けれど、彼は勝手にお代わりを頼み、わたしはそれを仕方なく飲んだ。

 帰り際、わたしは田守の上司にこう言った。

「取り返しがつかなくなる前に何とかします。多分、田守さんをすごく傷つけると思うけど」

 そう言ったわたしに田守の上司は深く頭を下げた。

「すまん、本当にすまん」

「謝るべきなのはこちらだと思います」

「そんなことはないよ。君はお店の女の子としてやるべきことをしているだけだ」

 彼の言葉に、わたしは一瞬泣きそうになった。わたしは首を横に振り、明日電話してみます、と言った。

 その頃、わたしから田守に連絡をすることは滅多になくなっていた。連絡をしなくても、田守は店に来るから営業する必要がなかったのだ。だが、わたしはその日、朝刊と夕刊の配達の間で暇だと彼が以前言っていた時間に電話をした。

「嬉しいなぁ、今日ちえりちゃんに会いにいこうと思っていたんだ」

わたしが何かを言う前に田守はそう言った。

「渡したいものがあるから、待ってて」

そう続けた。わたしは怪訝な気持ちになりながらも、じゃあお待ちしてます、とだけ言って電話を切った。

【4に続く】


※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。

 小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。

さて、前回予告した「キャバクラ嬢の罪深さ」にスポットを当てた、Webコラムにしては長い短編の第3回です。

全11回の予定で、すべて原稿はあるので、随時アップしていきます。

胸が痛むけれど、気に入っている短編でもあります。
よろしければご覧くださいませ。


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