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【Vol.18】「女はいいよな」という男:北村

 女は得だ、女はいいよな。そんな風に言う男は昔からいる。結局、男の方が得なのか、女の方が得なのかは、昔から繰り返されている話題で、いまだに答えは出ていない。

 けれど、それでもひたすら「女はいいよな」と話す北村の話をちえりは聞いている。


One night's story:北村

  キャバクラに勤めていると「女は酒飲んで笑っているだけで高い金を貰えていいよな」という男によく出くわす。

 そんな言葉はわたし達には慣れたもので、

「そうですねー。○○さんみたいな人と楽しく飲めてすっごい幸せです」

などと言って相手を褒めているふりをして適当に話をそらす。

 だが、それでも今、わたしの目の前にいる北村は、毎回、同じようなことを言ってくる。

 北村は20代後半で小さな印刷会社の営業をしているそうだ。昨今の紙媒体の不況で、会社の業績は不振だという。だが、北村は週に二回は店に来ている。いわく、「酒でも飲まなきゃやっていられない」そうである。

 そして、飲むと、いつもの「女はいいよな」が始まるのだ。

「女は、本当いいよ。営業でも、うまく親父に擦り寄ればいいしさ。何かあったら泣けば許してもらえるわけでしょ。食事をおごって貰って、車で送ってもらって、高いプレゼント貰っても、何も言われないし。俺は本当、女に生まれたかったよ」

 わたしは、北村にこう返す。

「そっかあ。北村さん、睫毛長いから、女の子に生まれたらすごい可愛いかもねー」

 我ながら、見事に会話になっていない答えだと思う。

 「女はいいよな」と言われると、女達は大抵、「女だって努力している」「メイクやネイル、髪型にいくらかかっていると思っているんだ」「セクハラや性犯罪、生理など女ならではの嫌なこと、面倒なことは無数にある」などと反論しようとする。

 しかし、その反論も、実は会話になってはいない答えだとわたしは思う。

 何故なら、北村が言いたいことは、「女はずるい」という事ではないからだ。

 性別を逆にして考えてみると、わかりやすいかもしれない。

 「男はいいよね。体力もあるし、社会ってやっぱり男のものだし、男女差別もいまだにあるし、なんだかんだ言ってもちゃんと仕事してれば出世できるし、子育てや家事しなくてもそこまで言われないし。わたし、本当、男に生まれたかったよ」

 そんなことを言ったって仕方ない。その一言しか返せないような言葉だが、いまだにそう言う女はよくいる。

 そんな女が言いたいことは、「わたしって可哀相」ということだ。

 そして、北村が言いたい事も、「俺って可哀相」ということなのだと思う。

 だから、わたしは、北村にこう言った。

「でも、北村さんが女に生まれてたら、こうして会えなかったよね。わたし、北村さんと会えて嬉しいから、北村さんが女だったら悲しいな。だって、今の頑張ってる北村さん、すごく素敵だよ」

 そうしたら、北村は、テーブルに崩れ落ちるようにしながら

「そんなことを言ってくれるのはちえりちゃんだけだよ」と言った。

 男でも女でも、誰かを羨み、ないものねだりをし、ひがみっぽく愚痴を言うのは、相手を攻撃したいからではないとわたしは思う。

 本当は、頑張っている自分を認めて欲しいからそう言うのだ。

 しかし、自分は頑張っているということと、「女はいいよな」というような発言をすることは、その実、まるで関係がないものである。

 延々と会社の愚痴を話している北村は、「俺だって状況さえ整えば」などと言い出し始めた。今度は「金持ちはいいよな」とか「コネがある奴はいいよな」など言ってくるのだろう。予想がつき過ぎて、わたしは既に疲れ始めていた。

 こんな話に金を貰わず、付き合う女などそうそういないだろう。

 わたしは、北村のグラスに酒を足しながらそう思った。

 女が男より楽なのかどうかは、わたしにはわからなかった。

 けれど、少なくとも、北村のような男の話を延々と聞いているのは、金を貰っていても苦痛だった。

 帰り際、北村は「やっぱり、女っていいよな。話、聞いて貰えて落ち着いた」と言って店から出て行った。

 延々と愚痴しか話さなかった北村がそう言った事に、わたしは驚いた。

「ちえりちゃん、ありがとう」

 角を曲がる前に、北村はそう言って大きく手を振った。わたしも、手を振り返した。

 そういう意味の「いいよな」ならいいんだよ。

 そう思ったら、何だか可笑しくなってきて、私はしばし、路上で一人、笑った。

 面倒な事も多々ある。けれど、こうして話を聞いてみれば、最後の最後にささやかだけれど、嬉しい事が出てくるかもしれない。

 まぁ、確かに、女っていいかもね。

 もう一度、わたしは、くすりと笑った。


かつて、ちえりをやっていた2022年の晶子のつぶやき

※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。

 小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。

 連載当時には知人の女性陣からも好評だったこの回。

 この回ですが……。

 今読み返せばこれも完全にホラーです。怖いっつーの。

 なーに、こんな愚痴ることに生きがいを感じ、世の中に疑問を感じる俺ヒーローとか思っちゃってる男の話聞いて、自分も生きがい感じてるんだよ。愚痴を聞いてくれてありがとう、って言葉って、「ごみ箱になってくれてありがとう」って意味だぞ、ごみ箱になることに生きがい感じてんじゃねーよ、ちえり。

 と、突っ込んでやりたい、当時のわたしに。

 だが、実はこの回って、結構、計算で書いている回なんですよ。だから、話としてはまとまっているな、と思います。起承転結のフォーマットに沿っていますね(他人事ぶりが酷い)。

 あんまりにも妖怪大百科か妖怪じゃない清涼剤の極端な男性しか男性ターンで出てこなかったから、まあ、普通、というか、はっきり言えば中途半端な男性を出そうとしたのがこの回なんですよ。連載的にバランス取ろうとしたんでしょうね。
 あと、小説を出す前に話題を作るという体で始まった連載だから、PV数考えていろいろやってみてた。今、思えば別にそのバランスと計算いらなかったな、とは思いますが、まあ、それが必要だったと当時は思っていた、ということですね。

 しかし、この回が知人の女性陣に好評だったということも、もうスーパーホラーですよ。

 だって、これを良しとする女性って「世の中なんてこんなもんだし、男と女ってこんなもんだよね」って諦めてるってことじゃないですか。で、それを肯定してる文章だから、好評だったわけで。

 ちょ、お金も貰わずにこんな話聞いて、お礼言われて、「彼ってば可愛い♡ わたし、役に立ててよかった♡」とか思っちゃうわけー‼ やば過ぎる。

 あれだ、完全にダメ男を育ててしまってる生き方になっています。

 まあ、別にそれはそれで一つの関係性だからいいんですよ、他人がどうこう言える筋合いではない。

 の、ですが、そのダメ男、ダメだからいつか別れるじゃん?
 そしたら、そのダメ男、ほかの女に行くじゃん?
 で、ダメ男はそのあなたとの関係で、ダメのまま何とかなってむしろダメなままだから都合のいい関係を作り上げる方法を、覚えてしまってるわけじゃん?
 成功体験覚えちゃってるから、またそれ繰り返すじゃん? 無駄にテクニックあげてくじゃん?

 結果、誰にも手に負えない公害が爆誕です。環境に悪いです。

 あれだ、蠱毒っていう呪いの方法があるんですよ。超怖いので、詳しくは見たい人は自分で検索してみてください。

 かいつまんで説明すれば、簡単には出てこれない口の狭い壺の中に虫をたくさん入れて共食いさせて、最後に残った一匹を使う呪いの方法なんですけど。

 こういう男を許して付き合っちゃうのって、蠱毒です。

 強烈な呪いアイテムを炸裂させてしまう手助けしちゃってます。

 繰り返します。

 こういうのを許してたら、地球環境に悪いです。次世代に繋いじゃダメなやつです。持続可能にしちゃダメなやつです。まじで。

 まあ、ちえりはお金貰ってこの話を聞いているってところが唯一の救いですね。

 にこにこしながらも、自分の人生には関係ねえって思ってるもん、ちえり。

 力任せに無理やり胸に手を突っ込もうとする客より全然楽だわー、話聞いてるふりして頭の中で念仏唱えてりゃいいし。ついでにテーブルの下で指トレして脳の老化を防いで、座ってるお尻ちょっと浮かせて大殿筋鍛えておこうかな、暇だし。

 って、実際のわたしも思ってましたし、やってましたね。どうでもいい話なんで、我を無にするテクと、脳と大殿筋を鍛える時間に充てる、という。

 余談ですが、おかげでわたし瞑想と坐禅が上手いんですよ。無我になるのに慣れてるから。京都のお寺で初めて坐禅を組んだ時に、さくっと無我のゾーンに入れて我ながら驚いた。人生なんでも無駄じゃないです。

 で、話を戻すと、まあ、この話はいろいろと酷すぎる話なんですが、別にそれでいいんですよ。だって、この北村は女をごみ箱だと思っているし、ごみ箱を求めて店に来てお金を払っているんだもん。ごみ箱に意識なんていらないでしょう。むしろ邪魔です。ちえり、正しい接客をしています。

 だけど、こういう蠱毒系に関わってお金を稼ぐと、その稼いだお金を憎んじゃうんですよ。呪いに加担してお金を稼いでいるから。

 だから、水商売の子が、変な形でホストに嵌まるの。自分の中に溜め込んだ呪い、蠱毒をなんとかしたいんでしょうね。蠱毒返し、みたいな。

 ちなみにわたしはホスト経験のある男友達が何人かいるんですが、友達になれる子は皆、短期間で辞めてます。

 彼らはいい子だから早いうちからめっちゃ人気が出るんだけど、その分、即辛くなっちゃうみたい。本来は、男性ターンの清涼剤:今野みたいな普通の真っ当な男性だから、いろいろ嫌になるんだろうね、自分もお客さんも。

 か、自分は、その女性が溜め込んだ蠱毒を何とかする係、と自覚してホストを続けられた子のどちらかですね。ただ、自覚してやれた子は友人の中でも少ないです。なかなか、そこまでやれる人はいないんでしょうね。

 自覚してやってた子は、必殺・夜の仕事人みたいな感じで話してると楽しいです。ちなみにその必殺・夜の仕事人な方々は奄美群島出身で、現在、漁師です。夜の海に素潜りで行き、エビを獲ってます。

 夜の海、俺得意、むしろ獲物獲る、みたいな。

 彼らからしたら、まあ、いろいろあったが、都会でも島でもやりたいこと、あんまり変わらなかったなー、みたいな感じなのではないでしょうか。

 ある意味、それはわたしも一緒で、まあ、人の話を聞くのが好きなんですよ。で、それによって自分がどう思うかを考えるのが好き(考えるのが好きなだけで、別に他人のためになりたいと思っているわけではない。ここが誤解されがちで面倒なことが時折起こるが、最近はもうバッサバッサと切るようにしてます。面倒だから)。

 それは、今はインターネットがあれば、それこそ海外の人からもどこにいても話を聞けるので、全然島にいてやりたいことできてるんですよ。むしろ、環境がいいので自分の心も状況も落ち着いているから、じっくりそれをやれて楽、みたいな。

 なんにせよ、お金をくれる相手も、お金をもらう相手も憎んじゃうようなお金の稼ぎ方は、公害を爆誕させてしまうのでいいことないっすよ! むしろ、体壊すからやめとけ。

 という総論で〆て、外出の準備をします。

 それじゃあ、またね!

いただいたサポートは視覚障がいの方に役立つ日常生活用具(音声読書器やシール型音声メモ、振動で視覚障がいの方の歩行をサポートするナビゲーションデバイス)などの購入に充てたいと思っています!