【Vol.15】オスライオンのような繁殖系の男:渋井
草食系・肉食系という言葉が生まれて随分経つが、その言葉の意味を理解している人間は少ない。草食系とは恋愛に縁がないわけではないのに積極的ではない肉欲に淡々としたタイプの人間のことを言い、肉食系とは自ら進んで異性交遊を持ちアプローチしていく人間のことを言うそうだ。
そして、草食系・肉食系の他に、繁殖系という男もいるのかもしれない。そんな風に思いながら、ちえりは今、渋井という客の話を聞いている。
One night's story:渋井
渋井は、わたしの勤める店に来る長い客で、不動産会社の二代目だ。
「俺、今年ボーナス450万あったから、シャンペン飲めよ」
年末にはそう言って、一晩で一人で20万円以上使っていた。
年齢は30代半ば。見た目は、背が高く、彫りが深い、いわゆる格好いい男である。そして、渋井は既婚者だ。20歳で出来ちゃった結婚をして数年で別れ、結婚と離婚を繰り返し、現在は3人目の妻がいる。その3人の妻との間にはそれぞれ腹違いの子どもがいるそうだ。
羽振りのいい既婚者は、安全で楽なお客であることが多い。だが、渋井は、店の中で要注意客として扱われている。何故なら、渋井は、店の女と付き合ったことが、過去に何度もあるからだ。
キャバクラの女が、客と付き合うことはそうそうない。キャバクラ嬢は基本的に店の中での架空のキャラクターである。店の衣装は着ぐるみのようなものだ、と以前私は書いた。着ぐるみの中にいる人間は、その着ぐるみをどんなに愛されても、何とも思わない。だから、キャバクラ嬢と付き合うことは難しいのだ。
しかし、渋井はわたしの知る限りで3人の店の女と付き合っている。
「しょうがないだろ。女が股を開いて寄ってくるんだよ」
渋井は以前、そんな風に豪語していた。
だが、私は、渋井に全く魅力を感じない。渋井は付き合った女のことを店の中で声高に話すからだ。
「履歴が全部埋まるほど着信があった」、「給料日には毎回プレゼントを買って俺を待っていた」、「酔っ払って深夜に泣きながら電話がきた」などを、付き合った女の源氏名も本名も交えて言う。
女を食い散らかし、孕ませ、その全てをそのまま口に出し、また女を食おうとする。
なんだか、動物のような男だ。ウイスキーを傾ける渋井の横顔に、そう思った。
草食動物は、草を食べ生きていて、肉食系動物に捕食されることもあるが、逃げ足が速く、傷つくことは多くない。
それと同じように、わたしは、草食系の人間は「傷つきたくない」という気持ちが原動力だ、と思っている。
対して肉食動物は、パワーがある分、重い体を持っているため、走るのが遅く、捕食するのは短時間が勝負だ。そして、獲物を追うライバルは数多く、獲物を獲なければ飢えて死んでしまうため、常に争いと傷が耐えない生活を送る。
それと同じように、肉食系の人間は、「短期間で獲物を獲る」という気持ちが原動力なのだ、と思う。
しかし、肉食動物の代表と思われているライオンのオスは、実は全く狩りをしない。
ライオンのオスは洞窟にいて、繁殖活動をして、自分の群れを奪おうと襲ってくる若いオスライオンと戦って自分の地位を守ることが仕事だ。狩りをするのも、子育てをするのもメスライオンである。
もともと実家にある莫大な金で生きていて、あちこちの女に子どもを産ませ、さらに他の女も作る渋井は、肉食系・草食系というより、オスライオンに近いのかもしれなかった。
渋井は、毎月、2人の前妻に各40万円ずつの養育費を払っているという。だが、渋井は前妻との間の子どもとは会えないそうだ。
しかし、渋井はそんな状態になっていても現在の妻とは既に二人の子をなしている。そして、また他の女を口説こうとする。
渋井の行動は、どう考えても行き当たりばったりだ。二代目のボンボンで金がなければ、とうに人生が破綻しているだろう。
ただ、「繁殖したい」という本能だけに突き動かされている男。
渋井はもしかしたら、そういう人間なのかもしれない。
ウイスキーを飲む渋井の横顔に、そう思った。
渋井のことを、わたしは肯定も否定もしない。別に、自分がこの男に股を開かなければ金払いのいい優良客なのだから。
食い散らかした女の死骸が渋井の背景に見える。渋井は、きっと、それを誇りに思っているのだろう。
ねえ、あなたは自分のことをいい男だと思っているだろうけど。
わたしには、あなたが、死神に見えるよ。自分で自分を死神だと気づいていない、惨めな死神に。
本音など、もちろん言わない。せめて、これ以上、店の女が死神につかまらないように願うしかない。
「渋井さん、今日もシャンペン飲んでもいい?」
頷く渋井に「ありがとう」と言い、ボーイに合図をした。
かつて、ちえりをやっていた2022年の晶子のつぶやき
※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。
小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。
しかし、この回!!!!
自分で読み返して衝撃。ていうか、男性ターンは毎回自分で読み返して驚いてる。
この話、スーパーホラーじゃない!!!! 超怖いんですけど!!!!
この部分は今回で付け足した場所。いや、もうこれ完全に死神っていうか、気付いてない分、亡霊に近い。
亡霊って怖いよねー。
前に、奄美大島の友達とこんな話をした。
わたし「怨霊は恨みがある分、目的があるからまだましだよね。でも、亡霊はやばい。自分が亡霊だってことにすら気付いてないから、こちらも対処のしようがない。全力で逃げるしかないよ」
男友達「わかる、亡霊やばい。いるよなー生きてる人間でもそういうやついる」
わたし「むしろ、都会に行くと大半がそうなのでは? と思うよ。なんか皆顔色がグレーじゃない? ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる時間泥棒みたい。THE GRAY MANだよ」
男友達「最初は仮面として貼り付けてた顔がだんだん本当になってくんだよな」
わたし「そう。顔色に沁みとおっちゃうの、灰色が」
男友達「こっわ」
わたし「超怖い。そうなる前に海に行って顔を洗え、そしてその暮らしから足を洗え、まじで」
男友達「塩と水で浄化的な」
わたし「島は浄化に困らないからね」
男友達「周り全部海だからね」
という、会話で除霊的な話をしてました。友人に感謝。
いやーしかし、この話をホラーだと思わずに書いていた当時の自分も怖いぜこんにゃろ。
無事に顔を洗い、足を洗えてよかったです。塩と水には困らない奄美群島に感謝です、まじで。
コラムがホラーなんで、清涼剤としてわたしの故郷、加計呂麻島の写真を置いておきます。
奄美大島では1月から感染爆発のため、移動が制限されていて。現在、奄美大島の中心部にいるわたしは、そのおかげで1月から加計呂麻島に戻れていないのですが、ようやく状況も落ち着いてきたので、そろそろ行くつもり。
10年住んでて数か月も島を離れるのは初めてだから、ここ最近、まじで加計呂麻シックになってて凹んでたんですよ。超寂しい。
と、思っていたら、道でばったり加計呂麻島と奄美大島の二拠点居住をしている人と会って親切にしてもらい、「晶子、寂しいなら加計呂麻パワー送っから」と島に言われたような気がしました。えへ。
さて、引き続き更新していくよん♡
それじゃあ、またね!
いただいたサポートは視覚障がいの方に役立つ日常生活用具(音声読書器やシール型音声メモ、振動で視覚障がいの方の歩行をサポートするナビゲーションデバイス)などの購入に充てたいと思っています!