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【読書】製紙工場の被災と復活を描いた『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』、紙の本を読める幸せを噛み締める。
東日本大震災から、もうすぐ14年が経とうとしている。この14年の間に、熊本県や石川県能登地方でも大地震による甚大な被害が発生し、2024年には南海トラフ巨大地震が起きるかもしれないという「緊急地震情報」までが発表された。ここ最近は震災があまりにも相次ぐ上、近い未来に大震災が来るかもしれないという切迫感まで抱えることになり、一つ前の震災もその前の震災もどんどん過去のものとなっていく。それでも、忘却の彼方へ追いやることができないのが、2011年に発生した東日本大震災であろう。
東日本大震災で津波に呑み込まれた製紙工場が、壊滅状態から立ち直るまでの人間ドラマ
本書は、1000年に一度という未曾有の大震災に襲われた「日本製紙 石巻工場」の〝被災〟から〝復活〟までをたどった一冊だ。
甚大な被害に遭遇した工場は、誰の目にも壊滅状態だった。だが、工場長は「半年での復興」を宣言する。社員はみな「無理、絶対無理」と呆れ返るがーーー。
「読者は、ここに描かれたドラマから、極限状態の人間の弱さと醜さと、そして気高さを知ることでしょう」という、帯に書いてある池上彰さんの言葉は、ズバリこの本のことを言い表していると思う。でも決して「プロジェクトX」を彷彿とさせるような「胸熱」な展開では突き進まない。筆者でライターの佐々涼子さんの筆致には、事実から1mmたりとも外れないという矜持と落ち着きが感じられて、私は心の底から信頼して読み進めることができた。(『プロジェクトX』は好きな番組ですが)
胸が詰まるような悲しくて苦しい「死」も、そこここに出てくる。善人だったはずの人が、盗みを働く場面もある。ニュースや新聞では触れることのなかった被災地の「リアル」を、私はこの本でどれほど知ることができただろうか。
東北で紙が作られているって、知っていましたか?
本書の冒頭、とある編集者が筆者に問うたこの一言は、私の心にも刺さった。
「これだけ紙を使って商売しているのに、不足してみないと、何も知らないことにすら気づけないなんてね。〜省略〜どこで作られているのか知らないんだもの」と続く編集者の言葉に、「私も知りませんでしたーーーー!」と叫びたくなった。
日本製紙は、国内の出版用紙の約4割を担っているといい、「日本製紙 石巻工場」はその主力工場だ。その中でも一番の働き者が、「8号抄紙機(しょうしき)」、通称「8マシン」と呼ばれる機械。8マシンでつくられる紙は世の中に広く浸透しており、文庫本では『永遠の0(ゼロ)/百田尚樹」(講談社文庫)、『天地明察/冲方丁』(角川文庫)、『カッコウの卵は誰のもの/東野圭吾』(光文社文庫)などが上がり、『ONE PIECE/尾田栄一郎』『NARUTOーナルトー/岸本斉史』(ともに集英社)などのコミック用紙も8マシンの産物だという。
しかも、世の中の文庫本は全て同じ紙ではない。出版社の要望に合わせて作っているから、微妙に色味や手触りが異なるというから驚いた。
専門的な話もあちこちに出てくる。製紙工場での紙のつくられ方はもちろん、紙作りのエキスパートと本の作り手である装幀家・編集者とのやりとりも食い入るように読んだ。羨ましい。選んだ紙で本を作るのが当たり前だと思っていたが、「理想の紙を作ってから、本を作る」こともあるのだなとまさに目から鱗だった。そして、装幀家と編集者の要望を形にする技術者の職人魂も素晴らしいものだった。
紙の本を読める幸せを噛み締める
本書は被災から復興までをたどった「人間ドラマ」であることは確かなのだが、紙の本が好きな人には「本を読める幸せ」を噛み締め、感謝する機会にもなりそうだ。
製紙工場の技術者がいかに心を砕いて紙を作っているか、読み手の心地よさをいかに想像して紙を世に送り出しているか、数々のエピソードが散りばめられているからだ。
そこには驚くぐらいのこだわりと、愛情と、そして心血が注がれている。
刊行当時、あらゆる「本の賞レース」で1位を獲得した『紙つなげ!』。紙の本が好きな人には是非手に取ってもらい、次の人へつないでほしい。私の拙い感想が、誰かの心とつながったら、それほど嬉しいことはない。