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「巨大地震」の避難訓練を通して、本気で考えたこと〜再生可能トイレ〜 内モンゴルのトイレを真似て

日曜日に南海トラフ地震を想定した、「市民大避難訓練」が行われた。
参加者は600人くらいいたらしい。想定外の大人数だったそうで、現場の人はみんな少しテンパっていた。だから、多少の混乱もあったのだが、いやはやどうして、参加してよかったです。地域の皆さん、自治体の皆さん、ありがとうございました。

総合して痛感したのは、若くて五体満足で自由自在に動ける人間は、「自分でできることは自分で為せねば」ということ。万全の準備をする、これはもうおままごとでは済まされない。「避難するリュックに色々詰め込み過ぎて、重くて運べない〜」と笑っている場合ではないと猛省した。

馴染みの体育館も、「避難所」になると表情が変わる悲しみ

避難所に関する説明もあった。避難所に指定されているのは、子どもたちに馴染みが深い小学校の体育館だ。入ってみると、テントや簡易トイレが並んでいる。実はつい2日前に、子どもたちの「音楽発表会」が開かれたのだが、同じ場所とは到底思えない変貌ぶり。訓練でこうなのだから、実際に事が起きたら、体育館での楽しい思い出も何もかもが、地震一色に塗り替えられてしまうのだろう。能登の現在を想像して、胸が傷んだ。

避難所では、「ここは、怪我をした人のためのテント」「これは、4人が眠れるテント」と説明を受けた。中でも、「これは本当に大変だろうなあ」と重ーく受け止めたのは、簡易トイレだ。
黒色のビニール袋に用を足したら、「固まる」粉をふりかけて袋の口をしっかり締める。一度、台風で自宅が停電した時に使ったが、「固めた」とはいえ汚物が室内にあるというのは気分が落ち着かなかった。

簡易トイレの説明を一緒に聞いていた友人が、「庭で用を足したら、ダメかな」とボソッと言った。
「あ!私も同じことを考えていた!そうだよねー、その方がむしろ衛生的な気がするよね」とすぐさま反応した。

内モンゴルで体験した「野●●」という名の「再生可能トイレ」

レディの口からはとても言えたものじゃないですが、中国の内モンゴル自治区で体験したトイレは、まさに野グ●でした。

北京に観光に行ったはずが、なんだか不思議なご縁で内モンゴルに流れ着き、ゲルに泊まることになった日本人女子3人+オーストラリア人男子1人。
「トイレはどこですか?」と現地の人に聞いたら、遠くを指さす。「え?どこ?」と遠くを見たけど、何も見えない。ただのだだっ広い丘である。

さてここからは、きれい好きの人やお食事中の人は、読むのをやめた方がいいかもしれませんYO。

行ってみたら(5分くらい緩い傾斜を上がったけど)、高さ20センチほどのコンクリートの壁で囲まれた広場があった。よーく見ると、ウン○があちこちに落ちている。
「むむ、、、これは。。。」
私たち3人は妙なところで胆力があったらしい。誰もが「OK、じゃ、私はこっちで」「じゃ、私はもう少しあっち行くわ」と三方向に散り、用を足した。ポケットティッシュも、そのままそこへ捨てた。

いま思えば、あのトイレはなんという究極の「再生可能トイレ」だったのだろう。
私たちは自然をいただいて命を繋いでいるのだから、お返しするのが大地であっても何にも逆らっていない。むしろ地球のルールに則った最高の形ではないか。

だから、トイレがなくなってしまうのなら、薬剤に頼ってなんとなく処理するより、大地に返してしまうのがいいのではないか、と友人は考えたのだろう。私もそれが理想だと思う。

しかし、悲しいかな、ここは小国ニッポン。内モンゴルの大地はとにかく広かったのだ。実際に排泄物が自然に帰るまでには、膨大な時間がかかるから、狭い庭で用を足したところで、溜まっていく一方だろう。日本の住宅事情では、「再生可能トイレ」は夢のまた夢。簡易トイレに頼るしかないのが、わたしたちの現実だ。

頭のいいどなたか、再生可能トイレについて考えてくれませんか?
時代は、「再生可能」ですよ。実現できたら、ゴミも出ないし、衛生的だし、本当に素晴らしいのになあ。

実現できたら、本気のノーベル賞かな、イグ・ノーベル賞かな。


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