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「どこ見てんのよ!!」から学んだ、上手な気持ちの伝え方

少し前の話。
暮れも暮れの2024年12月29日の夜、電車を乗り継ぎ、私は京都の河原町に降り立っていた。

想像以上の人の多さに加え、耳に入るのは他言語ばかり。何とも言えない気持ちを抱えたまま人の波をすり抜け、とある雑居ビルの3階にある扉の前に立った。

おぉ、ここがキャバクラか。

人生初、ドラマのなかでしか見たことがない場所に浮き足立つ。だが、足が地についていない理由は他にもある。これからここで、タレントのAさんによるトークイベントが行われるのだ。

これは、彼女が所属するワタナベエンターテインメントの公式な仕事ではなく、イベンターの友人が企画したプライベートなもの。会場には、30人ほどのお客さんが集まっていた。

通路を挟んだ右側には、常連さんと思われる男性陣と、きらびやかな衣装に身を包んだ華やかなキャバ嬢たちの軍団。

そして左側は、バリバリのオーラをまとった女性経営陣らしき集団。これは、webデザイナーでもあるイベンターの友人の横つながりと思われる。激しく行われている名刺交換が、ババ抜きに見えた。

ーどちらにも属さない私には、少し気まずい。さて、どこに座ろう。

色々考え、誰もいない荷物置き場となっている片隅に腰をおろした。お店の人に飲み物を聞かれ、コーラを頼む。

主催者である友人の姿がないのは、たぶん控え室でAさんと打ち合わせ中なのだろう。

25年ほど前、Aさんはお笑い芸人として「どこ、見てんのよ!!」というキメ台詞で、一時期テレビではひっぱりだこだった。現在はドラマや舞台、執筆活動など幅広く活躍している。私は、2023年に彼女のファンになった。

2024年は彼女を追って舞台やライブなど、計5回足を運んでいる。我ながら、なかなかの熱量である。



登場したAさんが喋り始めると、先ほどまで左右でぱっかり分かれていた会場(空気)が一つになった。さすがのトーク力。かつての一発芸(?)を交えつつ、いろいろな話を面白おかしく披露してくれた。

途中「ほぉ」と思う話がひとつ。とても小さなエピソードで、笑うところでもないので、たぶん私以外、誰ひとり気にしていないはず。

それは、Aさんが、お笑い界の大御所Sさんとの会食に招かれた時の話。

そこには親しい先輩タレントMさんも同席していた(この方も超有名)。Sさんを待つ間、Aさんが「緊張します」と口にすると、すかさずMさんにたしなめられた。

「いい? Sさんが来ても『緊張します』なんて言わない方がいいよ。普通にしてなよ、普通に」

はて? 憧れの人を前に「緊張します」と言うのは自然な反応に思える。だが、実はこの一言が、相手の負担になっている、と言うのだ。

緊張していると言われれば、相手はそれを和らげようと気を遣う。結果、負担になる…ということらしい。(ちなみに、この日のAさんのトークは、全くふるわなかったそう)

なるほど、確かに。
これまで一度もそんなことを言われたことがないので、考えもしなかったが、「緊張します」は、相手を尊重しているようで、実は矢印は自分に向いている。失礼すぎるね。

それで思い出したのが、「人見知り宣言」。
これも相手に負担を強いる一言ではないか。なんとな〜く気まずいシーンで「私、人見知りなんです」と先に言うことで、自分をガード。
だが、それは「私の代わりに、あなたがうまく仕切ってくださいね」という厚かましいお願いと同義だ。かつては私も使っていたが、このことを知ってからは、飲み込むようにしている。

トークショーの後、著書の販売を兼ねた懇親会が開かれた。サイン会と写真撮影の列に並び、いよいよ私の番。

「いつもおしゃれですよね」

ー思いもよらないAさんの言葉に、からだが熱くなった。ファンの一人として認知されている嬉しさと、突然の褒め言葉に、恥ずかしさで頭がぐちゃぐちゃ。咄嗟に出た一言は、

「そんなっ!そんなこと全然、ありませんっ!」

ー両手を振りながら、全力否定。Aさんが苦笑いしたところで、ハッ!!と我に帰る。「ありがとうございます」だろ…。だが、時すでに遅し。私は、ヘラヘラ笑いながらその場を後にし、うなだれたまま帰りの電車に乗った。

年が明けた2025年1月7日、一粒万倍日。
バイトから帰ってきた息子が鍋をのぞきこむ。我が家の夕食は七草粥ではなく、カレーだった。

「おっ、嬉しい!」

ーん? 先日のシーンが頭をよぎり、パズルのように「嬉しい」のピースを、ひとつずつハメてみる。

憧れの人に会ったとき→『お会いできて、嬉しいです』
会話がぎこちないとき→『お話できて、嬉しいです』
褒められたとき→『褒められて、嬉しいです』

ピッタリはまった!!
この言葉を使えば、どんな場面でも自然に気持ちを伝えられる。そして、相手の存在や行為をも肯定している。言われた側もきっと嬉しいだろう。 「嬉しいです」」は、双方良しの魔法の言葉なのだ。

あれ、待って…。あの日の私のファッションは、実はほとんどが息子のもの。キャップにコート、セーターまで、全部息子のクローゼットから拝借したものばかり。身長差があるから、折り曲げたりしながら。
でも、それがAさんに褒められたのだ。息子、やるではないか〜〜〜!!

ーというわけで、気持ちを新たに、伝えさせてください。

『青木さやかさん、お会いできて、すごく嬉しかったです!褒めてもらえて、すごく嬉しかったです!ありがとうございました!!2025年も大好き〜〜〜!!』

…はぁ、スッキリした。


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