ショートショート 7/7 「ハイジャック」
「こちらはハイジャックされた飛行機です。先程無事に着陸し、乗務員、乗客全員の命は助かったようです。あ、今、ハイジャックを行った兄弟だという2人の犯人がパトカーに乗せられようとしています。」
2022年12月21日、韓国の仁川国際空港から東京国際空港、通称羽田空港に向けて出発した飛行機がハイジャックされた。ハイジャック時間およそ1時間。その間、飛行機に乗っていた全員の安全が保障されており、死者・怪我人はゼロ。そして何よりも驚きなのが予定時刻通りに飛行機が滑走路に着陸したことである。
着陸後、2人の男がハイジャック犯だと名乗り出て、コックピットに行くとパイロットがロープで縛られており、その場で2人は拘束された。謎が多い事件だが2人の犯人から証言を聞き出すと危険性を伴う犯行ではなかったようである。懲役7年を言い渡された。
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2人の兄弟は幼少期の頃からパイロットになるのが夢であった。飛行機に関する本をずっと読んでおり、違うジャンルを読むにも気候についての本であったり、飛行機に関する本しか読まなかった。
小学生になる前に兄弟は両親にパイロットになると宣言していた。そのためには勉強を頑張らなければならないと言われた。しかし、パイロットになるための努力など苦ではなかった。小学生低学年から英語の勉強を始め、算数、国語、理解、社会も順調に勉強を進めていった。
しかし、唯一の懸念材料であったのが父親のDVである。主に母親に浴びせられるDVであったが、幼少期の頃にその光景を見ること、母の悲鳴を聞くことは兄弟に莫大な不安を与えた。
そして、小学4年生の時に母親は父親にDVを辞めなければ家を出て行ってくれと言ったところ、父親は「ここは俺の家だ。俺が嫌なら子供を連れてお前らが出て行け」との返答であったため、母親と兄弟は家を出て行くことになった。
そこからの生活は困難を極めた。まず、経済的に厳しくなり、2人を大学に進学させるのは難しくなり、日々の生活を送るのがやっとであった。中学生の頃に母親が精神的に参ってしまい、中学卒業と同時に兄弟は生活費を稼ぐためにアルバイトをしていた。夢を諦めず、中学校でも勉強を怠らなかったため、公立の高校に行くことで勉強とアルバイトの両立が可能であったが、高いレベルでの学力を維持するのも難しくなった。
さらに兄弟に追い討ちを掛けたのは母親の死であった。17歳の高校2年生の頃であった。
兄弟は子供の頃から常に一緒であったため、以心伝心よろしく思考がほとんど同じであった。それはハイジャックという手段を考える時期が被っていたことを意味する。2人は計画を練り、ハイジャックに必要なモデルガンやロープを手に入れ、素早く、穏便にハイジャックする方法を模索した。
事件は兄弟が30の時に行われた。
後に行われた裁判のなかで2人はこう言った。「こんな絶望的な生活をするくらいであったら、夢を叶える。どんな手段でも。」と。
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このニュースが世に出てからネットでは同情の声や賞賛の声まであった。しかし、これだけ一生懸命な2人ならば人生を立て直すことは出来ただろうにと報道されることが多かった。しかし、死者・怪我人がゼロだったことは兄弟がまだ人生を諦めていないことを現しているようでもあった。