十三回忌の宝くじ 2024
こんなにも変わってしまっているとは…。
エーコは、駅前の景色をあらためて見渡した。十三年ぶりに戻ってきた故郷に戸惑いすら感じて。もっと賑やかで活気がある街だと思っていたが。人口も交通量も減ったからか、空気の匂いにすら静けさを感じる。駅前にしゃがみこんでいる高校生の制服には見覚えがあるが、角のコンビニは空き店舗の張り紙がはがれそうになっている。駅に駅員さんの姿はなく、改札口は使い方に戸惑うに違いない自動改札になっている。電車の数も減っている。もちろん、この十三年間で変化があったのは、故郷のこの町だけではない。十三年あれば、生まれたばかりの赤ん坊が中学生になる時間が経過する。それだけあれば人間の生活様式も変わる。変わってないのは…。
「ちょっと!」エーコは肩を叩かれた。「エーコじゃない?」
「え?」振り返ると友であったアキの顔があった。
「やっぱ、エーコだ!」十三年前と変わらぬ声でアキが叫んだ。「ちっとも変わってないじゃん!もぉ、生き返ってきたんなら、電話くらいちょうだいよ!」
そう、変わってないのは十三年前に死んだ自分だけ。
力なく微笑みかえす。
「そんなこと言ったって、新しい電話番号教えてもらってないもん」
「あ、そっか、ごめん」
アキは笑って左側の眉毛をちょっとあげた。十三年前と同じ癖だ。最後にあってから十三年たち、アキは四十歳になり、小学生になる子供の手をひいている。エーコは二十七歳のまま。加齢した同級生を思わず見つめる。
アキは表情豊かにぷっと笑って、お腹を片手で触りながら、言う。
「なによ、このあたりの脂肪に文句でもありそうな顔して」
「いーえ」
「これでも、あんたが死んですぐは水さえも喉とおらなかったんだから!」
「うん、知ってる」
私を失い、絶望のあまり、立つことすらできなかった友。どうすれば救えるのか、新米死人の自分も右往左往してしまった。自分のことを『想い出』にしてくれれば救われるとはわかったけれど、彼女の『想い出』になりたくなかった、当時は、まだ。
「なぁんだ、見てたの? そんな気はしてたけど。…恥ずかし」
「見てたよ。ずーっと。ずーっと見守っていた。あんたは、ここ最近は、時々、忘れてくれるようになってたみたいだけど」
「ごめーん」アキは肩をすくめ舌をチョロリと出す。「いつのまにか、生きてた」手をひいてる娘を見て。「一生懸命に」
「うん」
「でも、決して、忘れたわけじゃない」
「わかってるって」
電子音が鳴る。
「あ、ごめん」アキがポケットからスマートフォンを取り出して画面を確認して閉じる。
「いいの?」
「うん、子ども会の一斉送信だから」
「へー」
「十三年前にあればよかったのにね、スマホ」とアキが遠い目をする。
「ケイタイはあったけどね」
「でも、病院の中は使っちゃいけなかった」
エーコは病院の八階に入院していた。毎日、仕事帰りに見舞いにきてくれたアキ。一度、八階の病室まであがってきて、何を食べたいか飲みたいか聞いてから、下の売店まで降りていてくれていた。あの頃、今みたいな機能にあふれた端末機器があれば、そんな往復をしなくても良かった。一緒に写真を撮って、今も保存しておけた。声さけでない、映像だって。
「十三回忌の宝くじが当たってね」
「へー、そんなシステムあるんだ?」
「でも、降りてきてビックリ」
景気、政治、戦争、地球温暖化、米騒動、103万の壁、闇バイト、それから…不適切にもほどがある?
「…しばらく、こっちにいられるの?」
「2泊3日」
「なんじゃ、そりゃ」
「そういう契約」
「守らないと延滞料金とかとられるの?」
「さぁ。でも、少なくとも、次のくじの権利は剥奪されるんじゃないかしら」
「次のくじ?」
「十三回忌の次」
「十三回忌の次っていつよ?」
「五十じゃないかな?」
「ごじゅうぅ? 勘弁してよぉ。私、幾つよ? あんたは二十七歳のまんまで、私は…あ、もしかしたら、そっちに行ってたりして」
「…かもね」
「おじさんとおばさんには会った?」
「家のそばまでいって、そっと顔だけ見てきた」
「話さなかったの?」
「いまさら、驚かしても悪いし。でも、父さんと母さんとは、今も、いつも、必要なときは話できてるから。父さんも母さんも、写真の私に話しかけて、自分たちで私の答えをきいてるし」
「そっか。私も似たようなことしてるもんね」
「うん、知ってる」ありがと。
「げ」こっちこそありがと。人生の節目に必ずあんたがいた。退職、結婚、出産…。あんたなら、なんて言うだろう?って想像しては笑えてた。 「そういや、私、あんたの弟と結婚したいなって思った時期があった…って、これも知ってるか?」
「うん、なんとしても阻止しようとしてた」
「阻止できて、おめでとう」
「どういたしまして」
「阻止してくれて、ありがとう」おかげで、今の旦那の女房になれた。
「あーあ、私も結婚くらいしてみたかったなぁ」
「死ぬ前に言ってたよね」
「うん、だって、まだ二十七歳だよ?」
「あの世では、いい人、いないの?」
「ふーん」
「なによ、その返事は?」あんたとは一緒に年をとっていくもんだと思ってた。それぞれ大恋愛をして、盛大に結婚して、子供うんで、子供の反抗期に手をやきあって、旦那の浮気に激怒しあって、姑問題で愚痴いいあって、子育てすんだら一緒に温泉旅行にでもいって、それから死ぬもんだと思っていた。順番が大狂いだよ。
また、アキのスマホがなる。
今度は電子音ではない。十三年前に流行っていたドラマの主題歌。
「ああ、もう行かなきゃ。旦那と待ち合わせしてるんだ」
「え!」十三年ぶりに甦ってきた友達より旦那かい?
「そんな顔しなくてもいいじゃん。あんただって、十三年前には、ひきとめる私を振り切って死んじゃったんだからね。今度は私から、ばいばーい」
「…ばいばい」
行きかけて振り返るアキ。「また会えるっしょ?」いつも会えてるし。
彼女のカバンの中に、私の写真と最後の手紙がはいっていることを、私は知っている。
「じゃ、また、あとで」
おしまい
【あとがき】
タイトルに「2024」とつけておりますが、実は、これの初稿は2005年です。十三年どころか十九年も月日が流れております。
加筆するにあたり、思いっきり逆になってしまったのが、いっちばん最初のシーン。
2005年版では、こうでした。
2005年版では、駅前は以前より栄えていましたが、2024年版はすっかりさびれています。
ケイタイとスマホのシーンは、削除しまくりでした。
十九年前の2005年から、十三年さかのぼった時代、ケイタイすら身近なものではありませんでした。
エーコが降りてきてビックリするものも、2005年版では、こんな感じ。
この2024年版を十九年後に読んだら、『不適切にもほどがある』って⁉
って笑えるかなぁ。
こんな駄文を笑って読める世の中でありますように…。