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連載小説『エフェメラル』#10

第10話  再生体と人工身体


 地球に到着して目的地であるラーニに向けて出発したユーヒたちは、海賊を名乗る集団に拉致され、彼らの住んでいるジンバラという名の村に連行された。宇宙当局の管理区域であるE―6地区以外に人は住んでいないということになっていたが、実際にはジンバラのような村はかなりの数、存在しているようだった。ユーヒたちを迎えたジンバラの村長であるカノアは、管理区域外に点在する村々の総人口は、管理区域であるE―6地区の人口を上回っていると説明した。
 村に到着して二日目の朝。ユーヒたちはカノアの自宅の離れに宿泊していた。村の中心部、役場の周辺はコンクリート造りの頑丈そうな建物が多かったが、カノアの自宅がある山手の住宅地は、木造のシンプルな一軒家が並ぶ閑静な場所だった。客人として迎えいれるというマヒナの言葉に嘘はなかったようで、寝泊まりした建物は別荘のような雰囲気で、きちんとしたベットメイクもされて、温かいシャワーと、簡素で素朴ながらも家庭的で手の込んだ食事が出された。

「なんだか私は感動してるよ。地球に来て、こんな温かなおもてなしを受けるなんて」

 朝食に出された手作りのパンと野菜スープを飲みながらユーヒは感慨深げな表情を浮かべている。

「そうだな。あの女から頭を殴られたときは、くそマズイ飯でも食わされるのかとおもっていたけど」

 毒を吐きつつ、エマもまんざらではない様子だ。

「だから謝っただろ? それ以上言うのであれば、お望みどおり、独房でくそマズイい飯を食ってもらってもいいんだぞ」

 そう言いながらリビングに入ってきたのは、エマに一撃を食らわせた銀髪の女、そして村長夫人でもあるマヒナだ。

「あたしは信じられないんだよな。お前が村長夫人だなんて。カノアは一体どんな趣味してんだかな」

「いやいや、エマ、あんたには言われたくないよ。あんたに比べたらわたしの方がよっぽどいい女だと思うけどな」

 リビングのソファーに座ったマヒナとテーブルで食事をしているエマの会話を聞いていたラジャンが口を挟む。

「おれから言わせてもらえれば、あんたらどっちもどっち、似た者同士だぞ」

「そう、それ。私もそう思ってた。マヒナは、銀髪のエマって感じ」

 ユーヒもラジャンの意見に賛同する。

「やめろ。気分が悪くなるわ」

「そうだ。どこが似てるってんだ」

 再び険悪になりそうなエマとマヒナ。

「まあまあ。二人とも私にとっては素敵なお姉さまだから、ケンカしないでよ」

 ユーヒの言葉で場が収まり、静けさがリビングを満たす。静かになったことで、マヒナは部屋の奥にあるカウンターで物音ひとつ立てずに食事しているリンの存在に気が付いた。昨日、カノアへ自己紹介をした後、リンは一言も言葉を発していなかった。

「おい、兄ちゃん。みんなのいるテーブルで食べたらどうだ?」

 マヒナの言葉に、リンは小さく首を横に振るだけだ。

「リンはお喋りが苦手なんだよ」

 ユーヒがリンを庇うように言う。再び沈黙が訪れたところに、窓の外から騒がしい話声が近づいてくる。と思ったのも束の間、その話声はユーヒたちのいる建物の扉を開け、そしてリビングになだれ込んできた。

「おはよー。宇宙からのお客さんたち!」

 入ってきたのは4人の子どもだ。

「おい、部屋に入るときはノックしろって言ってるだろ!」

 マヒナが子どもたちを叱る。

「悪いな。うちのガキどもだ」

 マヒナは眉間にしわを寄せて申し訳なさそうに、でもどこか嬉しそうにユーヒたちに言った。

「え? マヒナの子どもたち?」

「ああ。もう一人、一番上にラキっていう長男がいるんだが、まだ寝てるかもな」

 ユーヒは立ち上がって子どもたちに駆け寄る。彼らは大きい順からアイナ、レオ、ナル、モアナという名だった。一番上と一番下が女の子で、間の二人は男の子だ。ユーヒ達も自己紹介をして子どもたちと順番に握手を交わし、最後に握手を交わしたユーヒは、そのまま子どもたちに手を引かれて外に連れ出されてしまった。

「そういえば、ユーヒの顔、見たことあるようなこと言っていたな」

 エマがマヒナに聞く。

「地球人なら誰でも知っているんじゃないか? なあ、ラジャン」

「ラウラ様のことか?」

「そうだ。管理区域のラーニではどうか知らないが、管理区域外の地域で使われている歴史の教科書にはラウラの写真が載っている」

「マヒナ、そのラウラについて教えてくれないか?」

 エマに請われたマヒナはエマたちが座るテーブルに腰掛けて話し始める。

「人類が宇宙に進出する際、ラーニを中心に信仰されているカヒヴィ教の人々は地球に残ることを主張した。ラウラは、彼らの代理人として宇宙当局となる組織との交渉役となり、カヒヴィ教徒が地球に残ることを実現した思想家、活動家だ。元々ラウラは人工知能の研究を行っていた科学者で、人類が宇宙へ進出することに反対の立場を取っていた。ラウラの思想は人類が物理的な活動領域を広げることなく、人の意識をデータとして集積し、情報の海の中を仮想の活動領域として広げること。物理的に閉じた世界から人々の精神を解放することを目指していたみたいだ。しかし当時の世界経済は行き詰っていて、経済界をはじめとした世界の有力者は技術的に進出が可能だった宇宙という大海原へ船を出すことを決断した。その中心的役割を果たしたのが、今のマイルス商会だ」

 マヒナの説明をラジャンが補足する。

「ラウラ様の思想は、人が死後『アオ』に行き転生するというカヒヴィ教ににおける輪廻転生の思想と通ずるものがあった。だからこそ、ラウラ様はおれたちの先祖のために動いてくれた。カヒヴィ教の人々にとっては、仮想世界を構築する技術を持ったラウラ様が『アオの女神』のように見えたのだと思う。人工的な『アオ』の創造者として」

「でも、そのラウラの研究はどうなったんだ? 何か具体的な成果をあげていたのか?」

 エマの問いかけにマヒナが答える。

「古い話だからその真偽は定かじゃないが、仮想世界の構築は技術的には実現可能だったと言われている。ラウラ本人が実験台として自らの記憶や人格をデータとして保存した、とも噂されている」

 マヒナは席を立ち、窓から子どもたちが遊ぶ様子を眺める。

「亜麻色の髪、白い肌、青色の瞳。本当は、ミジュ・マイルス自身もあの少女と一緒に地球に降りて来たかったんだろうけどな」

「どういう意味だ、マヒナ?」

「そのままの意味だよ。ミジュ・マイルスとラウラは同い年。同じ大学で学んだ研究者で親友だったって話」

「じゃあ、ミジュはその頃から生きている? それが事実なら500歳近いってことか……」

「ミジュ様に失礼ですよ。あの方はまだ470歳代です」

 レニーはエマの発言を嗜めたが、エマにはその30年の違いに意味を見いだせなかった。

「ミジュは再生技術で体を維持しているのか?」

「そうです。現代の宇宙では知らない人間がほとんどですが、ミジュ様は地球進出前からずっと今まで生きてこられた。自ら研究していた再生技術を使って。外観は地球にいたころと何ら変わらないはずです」

「教科書で確認してみるか?」

 マヒナは再び窓際に向かうと、長女のアイナに向かって歴史の教科書を持て来るように言った。数分後、アイナが歴史の教科書を持ってリビングに入ってきた。

「はい、これ。でも急にどうしたの?」

「歴史を忘れてしまった宇宙人に再教育を施してやるんだよ」

 マヒナはそう言うと教科書を開いて『宇宙進出の歴史』という項目のページをめくり、エマたちに見せる。そこには、マイルス商会の前身である『テオ&アンセロ有限会社』についての記述と共に、再生医療の研究者としてのミジュ・マイルスが紹介されていた。服装や髪形こそ旧時代のものだったが、そこに写っているのはエマも雑誌で見たことがあるミジュ・マイルスだった。
 マヒナはさらに数ページめくると、そこには外で子どもたちと遊んでいるユーヒに似た人物の写真が載っていた。『ラウラ・シュトランツ』。写真の下にフルネームが記載されてる。本文には、思想家、活動家としての記述とともに、情報工学、言語学、哲学、脳科学、数学、物理学などに横断的な影響を与えた天才科学者として紹介されている。

「まるっきりユーヒじゃないか」

 エマは数枚あったラウラの写真を何度も見返す。

「ラウラは人類が宇宙に進出して間もなく死んだとされている」

 マヒナは淡々と言う。

「ユーヒさんはラウラ様の再生体、ということで間違いないでしょう。仮にラウラ様の記憶や人格のデータが保存されていることが事実であるとしたらミジュ様の目的はおそらく……」

 レニーの発言をエマが引き継ぐ。

「ラウラの復活、か」

 


 月に戻ったジルは、上司で親衛隊長のゲンソウに調査結果を報告するため、月の港から軍の車両を使ってマイルス商会本社へと急いだ。移動中、調査結果を踏まえて構築した自身の仮説を頭の中で再確認する。人類の宇宙進出の目的と、宇宙進出において中心的な役割を担ったマイルス商会。12年前の軍事闘争。全てはミジュ・マイルスを介して繋がっている。

「ミジュ様は何を求めているのか……」

 独り言を口走るジル。車がマイルス商会本社ビルに到着する。足早にゲンソウの執務室に向かう。

「ゲンソウ様、ジルです。ただいま戻りました」

「入れ」

 ジルが部屋に入ると、ゲンソウは応接用のソファーに腰を下ろしていた。敬礼をしたジルを、ゲンソウはソファに座るよう促した。

「で、結果は?」

「はい。これまでのことは全て、ミジュ様の計画どおりに進んでいると考えられます。敵と想定されるのはやはりグルーム社で、リンはグルーム社と通じていると考えられますが、それさえもミジュ様はコントロール下においています。12年前の軍事闘争、いや、元を辿れば、人類が宇宙に進出した当初から、ミジュ様の計画は確実に進められてきました。ユーヒ様の地球降下は、その仕上げでしょう」

「歴史を辿れば、その事実にたどり着くのは難しくなかった。おそらく、我々が今こうして事実に近づくことでさえも、ミジュ様の想定範囲内だろう」

 ゲンソウが話し終えるタイミングでゲンソウの執務室にミジュからの呼び出しが入る。

――ゲンソウ、ジルも一緒ですね。今からお話があります。私の部屋に来てください。

 ゲンソウとジルはすぐに立ち上がりミジュの部屋に向かう。
 ゲンソウがミジュの部屋の大きな扉の施錠を解除し、白い光に溢れた部屋の中に足を踏み入れる。ミジュ・マイルスは、部屋の奥、ソファーとテーブルが置いてある脇に、電動の車椅子に座ってゲンソウたちを待っていた。ソファーには、グルーム社開発部長のバイラムの姿もある。

「ミジュ様、お話とは?」

 ゲンソウとジルはミジュを前に膝まずく。

「面を上げてください。どうやらあなたたちも私の計画の目的にたどり着いたようなので、時間があるうちに私から全てを打ち明けましょう」

 時間があるうち、とはどういうことか。ジルの疑問に答えるようにミジュが続ける。

「知ってのとおり、私は宇宙進出前に地球で生まれ、これまで生きてきました。老人、いや、もはや怪人と言ってもいいでしょう。身体は再生医療によりその都度、新しい身体に更新しつづけてきましたが、歳を重ねるごとに老化速度が上がってきました。もはや、再生した部分も、もって更新から一週間というところです。外観の変化よりも、内部の老化速度が著しい……」

 話しながら、ミジュは自らの右手を顔の前まで上げてまじまじと見つめる。

「再生医療は宇宙という未知の領域に足を踏み出した人類にとって不可欠な技術です。不測の事故や病気の治療、戦争による負傷者の治療、そして生殖機能を徐々に失いつつある人類の新たな繁栄の手段です」

 ゲンソウとジル、そしてバイラムは黙ってミジュの話に耳を傾けている。

「再生医療と対となる技術が人工身体です。ジル、マイルス商会とグルーム社が元は一つの会社であったことは調べていますね」

「はい。テオ&アンセロ有限会社です」

「そうです。テオとは私の祖父の名です。テオ・マイルス。一代でマイルス商会を築き上げた人物。そしてもう一人、アンセロは現在のグルーム社のCEO、ジェリコ・アンセロのご先祖に当たる方です。グルーム社は人工身体の開発を専門とした企業。宇宙での生活には、より強靭で耐久性のある肉体が必要です。特に、土木や建築、そして軍事面においては、強靭な人工身体は重要な技術です」

 ミジュが一息つくタイミングでジルが手を上げて発言の許可を求める。

「ミジュ様、よろしいでしょうか?」

「どうぞ、ジル」

「私が調査した結果から申し上げますと、12年前の軍事闘争は、ミジュ様の計画の一環であったと考えていますが、それは間違いないでしょうか?」

 ジルの発言にミジュは目を伏せる。

「隠し立てしても仕方ありません。そのとおりです。その頃から、私の身体の老化速度が急速に上がりました。計画を完遂させるため、やむを得なかったのです。」

「軍事闘争は表向きの理由。本当の目的は、再生医療と人工身体の研究における実際的な臨床例を積み重ねること、ですね」

「そのとおりです。その罪に対して私は全責任を負うつもりです」

 ジルに返す言葉はない。

「ジル、再生医療と人工身体の研究の最終的な目的はなんだと思いますか?」

 ジルはそれに関して記述された資料を目にしたことはないが、これまでの調査とマイルス商会が歩んできた歴史からおおよその予想がついていた。

「おそらく、それは人類が長年研究し続けてきた二つの悲願、『死者の蘇生』と『不老不死』だと考えます」

 ミジュ・マイルスは、言葉の代わりに無垢な少女のような笑顔で答えた。

「再生医療は、身体が完全に消滅しない限り、身体のどんな部分でも再生が可能です。仮にこれまで死と定義されてきた身体機能の完全停止の後でも、そこから再生した身体に従前の記憶や人格のデータを転送すれば、再生、いえ、この場合は蘇生が可能となります」 

 ジルはミジュが意図的に説明を省略した部分を補足する。

「記憶や人格のデータ保存。それは、あなたと同じ大学で学んでいたラウラ・シュトランツが研究していたものですね」

「はい。ジル、あなたはもう私の目的に気が付いていますね」

「おそらく。ミジュ様の目的は、ラウラ様を蘇らせることです。先ほどミジュ様がおっしゃったこと、それをそのままユーヒ様で実証しようとしている」

 ミジュの顔からは笑みが消えていた。

「もう、これ以上隠し事はありません。ユーヒはラウラの肉体から再生させた再生体クローンです。ユーヒは地球でそのラウラの肉体”オリジン”と対面するでしょう。そして、そこに保存されている記憶と人格のデータを受け取ることになる。そうすれば、ラウラは蘇ります。人類史上初の、人の手による転生です」

「ミジュ様は、なぜラウラ様を蘇らせようとしているのですか?」

 ジルが最後まで分からなかったこと。それがミジュの動機だった。

「そうですね、一つ言えるのは、決してこれがラウラのためにならないってことです。ラウラにとってみれば、甚だ迷惑でしょう。せっかく肉体というかせを外されたというのに、またそれをはめられるのですから」

 ジルはこれ以上の質問には踏み切れない。ここからはミジュの心の中に足を踏み入れる行為だ。ジルの質問が終わったと見たゲンソウがミジュに聞く。

「ミジュ様。ユーヒ様がラウラ様のデータを受け取ってもラウラ様の人格が復帰しなかった場合は、やはり……」

「はい。その場合は、ユーヒを抹消します。人格の重複状態は本人に致命的な障害を残しますから、ユーヒにとってもそれが一番良い選択でしょう。それを見届けさせるためにリンを一緒に行かせたのです」

 つまり、ラウラの復活が成功しても失敗しても、ユーヒと言う存在は消滅してしまうことになる。ジルは自分が考えていた最悪の想定が現実となることに愕然としていた。

「リンは、ユーヒ様を守るために存在するのではないのですか?」

「そうですね。ただし、ラウラが復活するまでは、です」
 
 ジルは全身から力が抜けた。もう、ユーヒを救う手段はないのか……。

「しかしバイラム。あなたの研究成果も素晴らしいものですね。あそこまでリンの完成度が高いとは」

 ミジュがそれまで一言も発していなかったバイラムに話を振った。バイラムはミジュに対して明らかに怯えた態度だった。

「え、ええ。リンは我が社の最高傑作ですから……」

 言葉少ないバイラム。額からは大量の汗が噴き出している。

「そうですね。リンは高い知能を持つ完全人工体です。知能だけじゃないんですよね、バイラム?」

「……はい。リンには人格と感情があります」

 ジルは二人の話を信じられない。完全人工体? 人格と感情? ジルにバイラムが説明する。

「リンは生身の人体を換装した体ではありません。知能も含めて全てが人工の部品で作られた完全な人工生命体です」

 バイラムは抑揚のない口調で機械的な説明をした。

「そんな……だって、リンは私と一緒に暮らしてきたはず……」

 ジルは自分自身に言い聞かせる。

「記憶なんて、いかようにも植え付けることができます」

 ミジュは冷たく言い放つ。

「でも、そんな、だってリンは……」

 呆然としたジルの肩にゲンソウが手を置く。

「バイラム。あなたはリンに命じて、今回の計画を妨害しようとした。ユーヒが検査していたときの爆破は、あなたがリンに指示したものですね」

 ミジュの詰問にバイラムは下を向いたまま答えない。

「もう済んだことですからいいんです。それに、あなたが妨害しようとしていたことは、早い段階でリンから話を受けていましたから」

 ミジュの発言に、バイラムは顔を上げて口をパクパクと動かすだけだ。

「あなたは彼の父親という立場なのかもしれませんが、男の子はその成長過程で必ず父親に背くものです。通過儀礼ですね。そこまでリンは成熟した人格を持っているということです」

 ミジュはそう言うと、右手を上げて一人の人物を呼び込む。現れたのは、グルーム社のCEO、ジェリコ・アンセロだった。

「グルーム社と我々マイルス商会は、別の組織になっても人類の繁栄という目的意識を共有してきました。それは宇宙進出の時から今も変わることはありません」

 ミジュの言葉にジェリコが応える。

「バイラム。君の技術、功績は素晴らしい。リンがその証拠だ。だが、マイルスの邪魔をするようなことは許されない。再生医療と人工身体は、宇宙で人類が生きていく上での重要な両輪だ」

 それをミジュは遺伝子の構造に例えて説明する。

「互いに補完しあう技術です。宇宙に進出した人類は、この二つの技術なしでは生きていくことさえできないでしょう。そして、リンのような完全人工生命体の誕生は、生命の新たな可能性を開くとともに、我々人類に新たな問題を提起することになります。バイラム、あなたの産んだ新たな生命に対して、あなたはこれからきちんと責任を果たさなければなりませんよ」

 バイラムは肩を落とし、うな垂れながらも小さく「はい」と言葉を発した。その様子を見ながら少しだけ落ち着きを取り戻したジルがミジュに話しかける。

「リンはこれからどのような扱いを受けるのでしょうか?」

 ミジュはそうですね、と前置きをして答える。

「それは、まさに今地球で行われているであろう、ラウラ復活までの彼の行動にかかっています」

「ミジュ様、地球のレニー中将たちと連絡を取ってもよろしいでしょうか?」

「それは構いません。ラウラ復活の邪魔さえしなければ」

「それは、勿論です。ちょっとだけ失礼します」

 ミジュに一礼したジルは部屋を飛び出した。もう既にラウラの復活はなされているかもしれない。でも、わずかな可能性が残されているのなら……。ジルはレニー中将と連絡を取るべく、本社の通信施設まで全力で駆けて行った。


つづく


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