(山形・須藤修さん)サーキュラーエコノミーの可能性を探る旅 #001
「森、道、市場」で知り合った須藤修さんを訪ね、山形へやってきた。実は山形はまだ訪れたことがない県でひそかに気になっていた。日本のサーキュラーエコノミーのヒントも散りばめられている「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる(学芸出版社)」で取り上げられているデザイナーのうち3人が山形を拠点にしていて、山形はクリエイティヴの仕事をする上で行政面のサポートも手厚いと聞く。先日山形を初訪問した建築関係の友人は「いいものをこっそり持ってる」と表現していた。山に囲まれた地形が阻むかように外への発信が苦手と言われる山形。足を運ばなければわからないことが多そうでますます気になる。
須藤修さんはいわゆるローカルデザイナー。地方ではそもそもプレイヤーが少ないためクライエントから求められる仕事の幅は自然と広くなる。デザイン業に加え、PR、販路構築、プロジェクトマネジメント、アートディレクション、時に地域の有力者同士の間に入りコミュニケーションを円滑にする仲介人のような仕事も。また都会ほど予算がないため報酬の代わりに物々交換が行われることもあるという。須藤修さんはこうした所謂「デザイナー」の範疇に留まらない仕事が求められるローカルデザイナーを地域商社のようだと表現する。
今回は森、道、市場で開催された徳谷柿次郎さんと望月重太朗さんとのサーキュラーエコノミーのトークイベントに参加いただいた須藤修さんに山形に迎えられ、これから山形でサーキュラーエコノミーを牽引する可能性を感じる取り組みや人物をご紹介いただいた。
大学で感じた劣等感から、ローカルに目が向いた
安居「須藤さんは地元山形の東北芸術工科大学に進学された。卒業後も山形でデザイナーとして活躍されていますが、大都市での就職は考えなかったのですか?」
須藤さん「芸工大(東北芸術工科大学)では、スケッチや木工が得意なスキルのある学生はみんな大手企業に就職していく流れがありました。僕は大学入学まで美術の勉強をしてこなかったので、入学当初はそういう環境の中で劣等感の塊のようでした。スキルのある友達が都会の大手家電メーカーや自動車業界を目指す中、僕はそういう道をはじめからあきらめざるを得ないような気持ちで。そこで目を向けたのが「山形でしかできないことをやろう」という考えでした。今思えば、学生として生き残りをかけた生存戦略でしたね(笑)。」
安居「都会ではなく地域に目が向いたと。」
須藤さん「大学3年の時に、島根の木綿街道で開催されたまちづくりワークショップに参加したときに「初めからデザイン手法ありきで地域と関わる」のではなく、「地域に住む人と根気強く対話し、元々そこにあるものを汗をかいて探し、磨いていく」という経験をしました。そういったものは自然と地域に長く根づいていくし、そういう仕組み自体がデザインなのではという気づきを得たんです。それから山形に戻ってきて目についたのが、古い家具。家具職人になるというよりも、山形にあるものを活かす手段として家具の修復プロジェクトを始めてみようという想いでした。
古い家具の存在に気づいた背景として、2008年当時は古い蔵をカフェやギャラリーにするような蔵のリノベーションが山形でも盛り上がっている時期でした。その影でリノベーションする際に元々保管されていた古い家具や道具の多くは処分されてしまっており、その風景に違和感や無力感を覚えていました。家具もリノベーションのようにひとつひとつ価値を見直して提案することができないかと。そのことから家具修復を卒業研究のテーマにすることにしました。」
安居「当時同級生の中には須藤さんのように地元に目を向ける人は結構いらしたんですか?」
須藤さん「同級生が70人ほどいましたが、卒業制作の際にはたぶん一番の変わり者だったと思います(笑)。大好きなフランス人の先生がいたんですが、彼女に僕の作品の講評を「直すことはデザインではない」と5秒で締めくくられたこともありました。」
安居「学生時代にそれはショックですね。。」
須藤さん「ところがその後、オランダ人デザイナーのMaarten BaasやPiet Hein Eekが古材で家具製作を手掛けたり、時間の経過を活かした作品を展開することで、日本でも注目を集めていったんです。卒業から数年後にそのフランス人の先生と再会したときには「修、あなたの卒業制作の意味が、今やっとわかったわ。」と言ってくださいました。」
安居「それはめちゃくちゃ嬉しいですね。」
須藤さん「尊敬している先生なので、伝わったのかなと本当にうれしかったですね。それと、僕は卒業研究で制作したものを会場で販売していた唯一の学生で(笑)」
安居「えっ、卒業制作の販売..?」
須藤さん「自分がつくったものに価格を付けて、誰かに購入してもらって初めて社会との循環ができる。そこまでが卒業制作だと思っていたんです。有り難いことに、制作した10点程の家具を全て来場者の方から購入していただき、その体験は自信につながりました。」
安居「ものをつくって終わりでなく、PRや販路構築もデザインする。現代のデザイナーの仕事でも大切なポイントでしょうね。卒業後から現在までは山形でどのようなお仕事をされているんですか?」
須藤さん「現在仕事の8~9割は山形の案件です。最近では6月5日にリニューアルオープンした南陽市にある公衆浴場「赤湯温泉 湯こっと」の基本構想からデザイン監修までを手がけました。この建物は偶然にも僕の実家である宿の「山形座 瀧波」の隣に位置しています。
赤湯では長年親しまれている公衆浴場文化ですが、これまでの課題としては建物の老朽化と利用者のうち30代以下の若い客層が10%にも満たなかったということがありました。湯こっとでは山形県産の木材を基調にオープンな空気感をつくり、若者や新しい文化が入りやすくなるよう意識をしながら、浴室自体はこれまでの公衆浴場のレイアウトを踏襲することで、60~70代の常連のお客さんが馴染みをもって入浴できる施設デザインを行いました。」
安居「こちら行政案件だったそうですが、独特の難しさはあったのでしょうか?」
須藤さん「例えば湯こっとには入浴後に南陽産のワインとジュースが気軽に楽しめるワインサーバーを設置しているのですが、背景には、南陽市にある6つのワイナリーのワイン全てを飲める場所が市内になかったということがありました。なので、多くの住民や観光客が訪れるこの施設で地元のワイン、ぶどうジュースを湯上がりに楽しんでもらいたいと思ったんです。ただ、中には「湯あがりにワインを飲んで倒れたらどうするのか」という声もありました。心配な気持ちも確かにわかるので、提供の仕方を具体的に設定したり、市内の全てのワイナリーのワインを扱い体験を発信できる、初めての場所という価値を理解していただければと話し合いを続けることで、最終的には皆さんに賛同いただきました。行政と仕事をスムーズに進めるには民間とは違った工夫や根気がいるとは思いますが、僕自身もその経験を積み上げていき、今後は関係値が高いからこそ生み出せる仕事ができるようにしたいと思っています。すこしづつ事例が増えれば、結果的には次の世代にもその意識のハードルを下げたりすることができるのかなと。」
須藤さんの働き方とサーキュラーエコノミーの共通項
須藤さん「僕の仕事で大切にしていることは、まだ見出されていない価値を見出すことと、繋がりの生まれていない間に新しい接合を生み出すことです。
例えば、僕は山形市にある山形和傘という伝統工芸が大好きなんですが、伝統的な和傘をつくることができる職人はもう日本には山形と花巻の2人しかいないと言われています。さらに、最終的には山形か花巻で組み上げるのですが、和傘を構成する個々の部品は滋賀など別々の地域で作られていて、なおかつ素材もこの産地の竹でないとならないというように細かな仕様があり、超絶滅危惧種なんです。特に山形和傘は山形の湿った重い雪にも耐えれるようにと細部までこだわりをもってつくられていて。」
安居「日本のものづくりの特徴でもありますが、分業になっていればいるほど脆い側面がありますよね。」
須藤さん「その中で僕の役割は旅館や飲食店の案件を担当した際に、伝統的な山形和傘でおもてなしをする新しい価値を伝えて提案すること。例えば、雪や雨の日でも、到着時に山形和傘でお出迎えすることで、すこしでも良い気分で滞在をスタートしてもらうことができます。和傘って雨を受けるボタボタという音が情緒的で、とても心地いいんですよね。これ以外にも商業施設の建材や家具に山形の木材を、左官壁には山形の土や植物を使うような取り組みをしてきました。これまでに見出されていなかった価値を見出し、繋がりのなかった分野同士に結びつきを生む。そういった意味で、デザイナーでありながら編集者的でもあるなと思います。」
安居「僕はサーキュラーエコノミーは産業革命だと考えています。従来川上・川下の一端を担っていた企業も、製品・素材の開発から流通、回収の仕組みづくり、再資源化やリユース、再供給まで広く全体を考える必要が出てきています。また、元々漁協組合で廃材となっていた貝殻が建築分野では漆喰、コスメの分野では化粧品の素材に使われたりと、これまでになかった異分野同士での連携によってイノヴェーションが生まれています。須藤さんの取り組みである伝統産業の課題を伝統産業だけに留めておくのでなく、観光業や飲食業との新しい結びつきを積極的に創造していくことで改善の道筋を探る。まさにサーキュラーエコノミーのアプローチに通ずると感じます。」
経済合理性だけでは測れない価値
須藤さん「僕、独立して初めての仕事は神輿づくりだったんですよ(笑)。友達の結婚式のための。」
安居「えっ、神輿づくり?」
須藤さん「その友達は中学のときのムードメーカー的な人間だったので、サプライズで神輿つくって担ごうぜっていうことになって予算15万円で木工職人たちと県産材を用いてつくりました。扱いやすいように軽トラで運搬できるサイズにしたりして。見事、結婚式で担いでみんなで大盛り上がり。独立して初めてでしたので、忘れられない仕事ですね。」
安居「サーキュラーエコノミーでも経済合理性だけでは測れない価値が重視されていて、その神輿づくりは好例だと思うんです。例えばグローバル化が進んだ現代では、出所のわからない素材が海外拠点に集められ製造され、顔の見えない人に使われて短期間で処分されるのが当たり前。一方で須藤さんのお神輿の仕事は、地元素材で須藤さんら地域の職人が友人のために制作し、喜びもわかち合っている。それはものすごく稼げるわけではないかもしれませんが働きがいに繋がると思いますし、強い人の関係性を産む。収入や名声に捉われない働き方や地域の資源循環の仕組みづくりのヒントがあると感じます。」
須藤さん「例えば山形で農家さんとお仕事をするときには、予算が潤沢にないこともあるんです。そういうときには、野菜何kgとかジャム何個とか物々交換することもある。僕は初めそれを貨幣の代わりと捉えていたんですが、いただく度に「新しくOOの野菜もできたから入れておいたよ」とか「今年は甘くできたわよ」とか言葉をかけてくれる。僕は結局その仕事がもたらした一番の価値は、そうした人たちとの繋がりやコミュニケーションが継続して起きていることにあると思いました。これも経済合理性だけでは判断できない価値です。」
安居「サーキュラーエコノミーで用いられている新しい経済の考え方にドーナツ経済があります。国や企業が発展する初期の段階では経済成長は必要ですが、ある一定に達した後には経済はさらなる成長を目指すのではなく維持につとめ、それ以外の例えば男女の平等の格差や組織の透明度、政治的腐敗度等、それ以外の要素の改善に努めることで社会をより質の高いものに向上させようという考え方です。
「経済規模を維持する」と聞くとつまらないと感じる方もいるようですが、僕は釣りに例えると決してそうではないと感じます。例えば今までの経済では、今年10匹釣れたら翌年に50匹、翌々年に100匹をどう釣ろうかと考えるような姿勢だったと思います。一方でドーナツ経済では、魚が全く釣れなければさすがに困ってしまうので初めの1匹から10匹くらいまでは頑張って釣ろうとする。けれど、10匹以上は釣れたとしても自分の手に余ってしまい翌年の漁獲に影響するので、それ以上は釣らずに翌年も翌々年も10匹釣ることを目指す。その間には余裕が出た分、太陽の日差しの温かさや波の音を楽しんだり、釣る方法を他の人たちに教えたり、地元の木材で自作した釣り竿を試してみたりして、数を追求する以外に新しい楽しみ方を次々と見出しながら毎年10匹釣り続ける。須藤さんと地域の方々との働き方にもドーナツ経済に通じる要素があると思いました。」
公共性(publicity)に時間を使う
須藤さん「安居さんはさくらんぼの最盛期に山形に来られてラッキーですね。実は6月は公務員でも収穫のアルバイトが許されるくらい、さくらんぼの収穫をみんなでやるんです。」
安居「えっ、公務員でもアルバイトが許されるんですか?」
須藤さん「はい。みんなでやらないと終わらないので(笑)。きっと山形にとってさくらんぼで外貨(山形県外のお金)を稼ぐために必要な仕組みなんだと思います。お金にするためではなく、手伝う意識で参加しますが、バイト代以上に「これ持ってけー!」って感じで採れたてのさくらんぼを2kgとかもらったりして。とても食べきれないですし、遠くの友達や、職場や学校の仲間におすそ分けできると、こちらも嬉しいですよね。その後、また別の形でお返しをもらったりすることもあったり。これもやっぱりモノとコミュニケーションが循環しているなと。」
安居「これは僕の仮説なんですけど、公共性(publicity)に時間を使う人が多い地域は、全体的に幸福度が高い傾向にあるんじゃないかと最近思うんです。今は世の中の構造上、僕たちは意識しないと自分の私益のために使う時間がほとんどを占めてしまう。朝起きてお金を稼ぎに会社へ行って、帰ってきてご飯を食べて寝る。僕も自動車の会社に勤めていたときはそんな感じで、公共的な時間の使い方といえば週末にボランティアに参加するくらいでした。けど、私益のために時間を使いがちだからこそ、意識的に地域のために時間を使う人が増えれば私益と公益のバランスが取れ、地域の幸福度は増すように感じています。みんなで協力してさくらんぼ取りをする山形の習慣は非常に公益的ですよね。」
須藤さんにご案内いただいた場所
東北芸術工科大学
インタビューで登場する須藤さんの母校。今でも優秀な学生は都会の有名企業へ就職する傾向があるのか、須藤さんのように地元にやりがいを見出し活躍する学生も現れてきているのか。今度は学生ともいろいろお話ししてみたい。ちなみに僕が住む京都にも大学はたくさんあるが、卒業後に大部分が京都を離れてしまうという課題があるらしい。地元で活躍するカッコいい多様な大人の姿を届け、チャレンジがしやすい空気をつくっていきたい。
「ドーナツスタンドmaaru」 / 「gelato En. / ジェラートエン」 / 「icho cafe (いちょうカフェ)」
熊野大社に隣接した感じの良いお店。「ドーナツスタンドmaaru」と 「gelato En. / ジェラートエン」はどちらもお休みだったので今回は外からちらっと覗いただけ。原材料にこだわった人気店だそう。「icho cafe (いちょうカフェ)」は廃業した売店跡地に須藤さんら地元の方々がお金を出し合ってリノベーションし開設したカフェ。今は地域おこし協力隊で移住してきた方が引き継いで運営されているそう。地元食材をたくさん扱ったメニューが提供されているのは、熊野大社来訪者にはありがたい。
Maaru www.instagram.com/doughnuts.maaru/
gelato En. www.instagram.com/gelatoen.official/
icho cafe www.instagram.com/icho_cafe/
熊野大社
馬の歩幅にあわせて作られたという階段を登っていくと、風とも楽器とも違う音色が幾重にも聞こえてきた。登りきって見渡すと、現れたのはたくさんの風鈴。この時期の風物詩だそう。現在の神主はまだ40歳の北野淑人さん。熊野神社の名物は、本殿を覆う意匠が凝らされた茅。近年茅葺職人が減っており、吹き替えが難しくなっているそう。現在のは1998年に吹き替えられたもの。
遠藤鮮魚店
須藤さんがデザインを手掛けられた鮮魚店。外観は鮮魚店というよりも、ファインダイニングのレストラン。実は日中は鮮魚店でありながら、夜は山形県産のナチュールワインや日本酒を楽しみながら、魚がメインのコース料理を楽しめるレストラン。ありそうで意外となかった組みあわせ。今度は夜にゆっくり来てみたい。
山形でも内陸に位置する南陽市。ここでも新鮮な海産物が提供できるのは、流通が整備され保冷技術が向上した要因が大きいそう。
遠藤鮮魚店 https://www.endousengyoten.com/
株式会社ゆきんこ - 「雪割納豆」
「雪割納豆」とは、納豆に麹を加えつくられる山形の発酵食品。1956年から「株式会社ゆきんこ」により製造されていたが2014年に同企業が倒産することになり、たまたま同じ敷地内で水産業会社を営んでいた佐野洋平さんらが事業継承されたそう。ご飯によし、キュウリにもよし、お味噌汁にいれて納豆汁にするもよしの万能選手。ぜひお試しを!
「アフリカ人から江戸の民まで愛した「納豆」のネバネバ科学式」
www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/kakijiro43
「雪割納豆」
https://hakko-department.com/products/yukiwari150g