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ショート小説『タワマンキャンプ』※2283文字(約5分)

「ねぇ!タワマンキャンプに行きたい!」
 来年中学生になる息子が夕食のハンバーグを食べながら言う。
「何キャンプだって?」
「タワマンだよ!タワマン!」
「タワマン…って、30年くらい前に流行った、あのタワマンか?」
 息子は箸を動かすのを止め眉間に皺を寄せる。
「よく知らないけど、友達が今度行くんだって!夏休みどこにも行ってないんだから連れてってよ~」
 息子の話を聞きながら、携帯の検索バーに「タワマンキャンプ」と入力する。

『タワマンキャンプとは、タワーマンションキャンプの略。タワーマンションは、2000年頃から急速に建てられ、2030年頃までに約5000棟まで増加。しかし、2035年頃から入居者が減り、維持も解体も困難になるタワーマンションが増え、社会問題にも発展した。しかし、2045年頃から空き家となったタワーマンションのコンクリート部分のみを残し、キャンプ場として利用する動きが見られるようになる。都会でもキャンプが楽しめると…』

「ねぇ!行こうよ~」
 息子が腕を引っ張る。体を横に傾けながらも「タワマンキャンプ 東京」と検索バーに入力する。

『タワマンキャンプが激アツ!今行かないでどうする!都会で楽しむ最高タワマンキャンプ10選!

1.東京駅激近!「TOKYO STATION TOWER CAMP」
2.最上階からの富士山の絶景!「Mt.Fuji VIEW TOWER CAMP」
3.1フロア貸切で豪華なキャンプを!「プレミアニューキャンプ銀座」
4.激うま絶品料理で…』

「よし、じゃあ行ってみるか」
「本当?約束だよ!」

 地下鉄の出入口の階段から外へ出る。不快な熱さが体を襲う。見上げると、真っすぐに伸びたコンクリートの塊、『Mt.Fuji VIEW TOWER CAMP』があった。
 地上515m、105階建てのタワーマンションだ。いや元タワーマンションだ。子供の頃は、このマンションに住んでみたいと思ったこともあったが、まさか大人になって、しかもキャンプに来ることになるとは思っていなかった。
 入口には人工芝が敷かれ、自動ドアの両脇には大きな観葉植物がひとつずつ置かれている。自動ドアを取り囲むように蔦が張り巡らされ、知らない人が見ると廃墟と間違ってしまいそうな外観だ。
 自動ドアの上には木製の看板に「Mt.Fuji VIEW TOWER CAMP」と書かれている。
 まさか成功者の証であったタワーマンションが、数十年の時を経て、蔦がぐるぐる巻きになったキャンプ場になってしまうとは、誰が予想したであろうか。
 時代というのは残酷だなと思いながらチェックインを済ませると、息子と同じくらいの子供がこちらへ歩いてくる。Tシャツに短パン姿の息子とは違い、皺ひとつ入っていないシャツを着ている。
「あれ!お前なんでここにいるの⁉」
 誰かと息子に尋ねると「学校の友達」と小さく答える。
「お前の家もタワマンキャンプに来たのかよ!」
 意地悪そうに笑う友達。 
「うちもキャンプくらい行くよ」
 息子が少し俯きつつも声を張って答える。
「でも、どうせ低層階エリアだろ?」
「低層階?」
「低い階ってこと。うちは最上階だけどな。じゃあな」
 息子が不安そうな顔でこちらを見る。思わず目を右上へと背けてしまう。

 エレベーターに乗りキャンプエリアに向かう。
「ほら着いたよ」
 エレベーターを降りると、一面人工芝が張り巡らされている。ガラスが取り払われた窓の向こうには、東京の街並みが観える。心地良いそよ風も吹き、室内であることを感じさせない。
 低層階と言っても眺めは良い。10階を超えるマンションも珍しくなった今、30階だとしても十分な高さだ。
 予約したキャンプエリアに着くと、既にキャンプ道具は用意されていた。「手ぶらキャンプ(組立セルフ)プラン」にして正解だと、用意されたキャンプセットを見ながら思う。
「…どうして最上階じゃないの?」
 俯いていた息子が絞りだしたような声で言う。   
 最上階は低層階の15倍の料金だったから、とは言えない。
「ほら、ここからの景色も凄いよ」と窓の外を指さしながら言う。
 息子はまた下を向く。繋いでいた手を放し、窓に近づき座り込む。
 「まずテントを建てようか」
 息子は下を向いたまま座っている。
 ワンタッチ式テントを建てる。頭の尖った、三角錐の形をしたテントだ。15分ほどで建て終わった。少し離れて眺めてみる。良い雰囲気だ。とてもタワマンの中だとは思えない。
 「できたよ」と声かけようと振り返ると、息子は急いでテントの中に入っていってしまった。
 「バーベキューの準備するよ」
 息子は返事をしない。バーベキューコンロに炭を並べる。真ん中には着火剤。「火点けるよ」と息子に声を掛けたが、まだ反応は無い。着火剤に火を点けると、炭の間から火が漏れ出てくる。
 しばらくして網を乗せる。
 備え付けの小型冷蔵庫から牛肉、豚肉、野菜を取り出し、網の上に綺麗に並べる。

「焼けたよ」息子に言う。
 息子がテントから顔を出す。
「焼けた?」という表情だ。少し不満そうに、でも嬉しそうに靴を履き、テントから出てくる。
 焼けた牛肉をトングで掴み、息子の皿へと入れる。ついでにキャベツも。ちょっと嫌な顔をしつつも、キャベツを少し退かして牛肉を食べる。

「美味しい?」
「…美味しい」
「来てよかった?」
「…来てよかった」

 頭の尖ったテント。
 食べ終わったバーベキューコンロ。
 ゆらめく焚き火。
 並ぶカップ。

 窓から観える夕焼けに染まる東京の街並みの向こうには、富士山の山頂部分が少しだけ顔を覗かせていた。

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