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独立2年目(2014年:32歳)

過去を振り返る企画をぼちぼちとやっていきます。ちなみに1年目についてはこちら。


お仕事の話

独立2年目はひたすらに再生支援のサブをやっていました。早く仕事をすることと飲み会にひたすら出ていたことで、色々な人に知って頂くことができたんだと思いますが、複数のベテラン診断士から合計で10件サブとして頂いていました。特に再生支援のサブをしている中で、中国へ行ったのは特に印象に残っています。

そして、再生支援の案件の増加と、サブでやっていることで、この年に初めて2件メインで担当させて頂きました。
このメインで受注した流れは、大阪にはプロコンのみで構成している診断士会という団体があり、診断士会に来た案件について、適切な人を選ぶためのマッチング制度があります。当時は案件数に対して、サブでも経験している人が完全に不足していたということもあって、このマッチングで選んでいただいたという形です。

また、商店街支援も2年目は1年目に実施した中で、支援機関に紹介を頂いたことで、支援機関から現場に行って事業報告書類のチェック支援をする仕事などを頂きました。当時は「まちづくり補助金」や「にぎわい補助金」といった商店街への補助金が沢山出ていた時期だったということもあります。
この時に補助金申請の最初から、最後までの流れについて勉強したことが、今でも、自信を持って対応できる一つの理由だと思います。

セミナー講師のお仕事も2年目に初めて担当しました。どれも先輩診断士からの紹介で、商店街向け、協同組合、勉強会向けとターゲットも内容もバラバラでした。実際、自分が得意なものばかりではないですし、セミナー資料の作成に向けて本を読んだりしながらなんとか作ったものばかりです。正直、今振り返るとあまり面白いものではなかったかなと思ったりもします。

また、比較的小さい単発の仕事を色々と頂くこともでてきました。一例としてはミステリーショッパーズ、テスト監督、自治体が行う公募の審査員などです。受注先は色々だったりしますが、どの案件も経験はないのですが、できますということでやっていました。

こういった仕事はフィーとしては非常に低いのですが、経験としては有難かったです。それぞれの仕事は単独で動いていますが、ノウハウの一部を小売業の支援で使えますし、公共がどういう考えをしているのかということも、少しずつわかるようになります。

診断士協会などでの活動

仕事以外には診断士会で運営委員(総務サポート部)を担当しました。事務局管理や総会対応、予算決定、HP運用などを管理しているのですが、私はHP運用を担当していました。この時にHPのことを勉強して、アクセスを増加させるための方策などを作った経験も今に繋がっています。

また、青年部活動には自ら手を挙げて、運営委員にもなりました。この辺りは声を上げれば、すぐに入れてもらえるのが診断士のいいところだと思います。

研究会でも発表などをするようになったりして、「学ぶだけ」から「教える時もある」と変わっていったのが2年目だったように思います。

総括

全体的にやる事は増えてきて、土日も仕事をするようになり、充実している状態でした。何より、仕事を頂けることがありがたかったですし、どの仕事も新しい体験で、楽しかったです。

売上も2年目で965万円と大幅に増加しました。経費も掛かりますが、結果だけ見ると使えるお金が独立前の大体2倍ぐらいになっていました。純粋に楽しんでいた一年だったと思います。

プライベートでも2人目が生まれるなど、1年目に続き、この年も変化が大きい年でした。

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