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シジュウクニチの後

日本人は死ぬと49日間、霊となって、大切な人たちのところを順にお別れの挨拶のため巡るらしい。

私は、霊になったら、地球の美しい場所を全部巡りたい。
昔行ったところも、行きたくて行けなかったところも、まだその存在を知らないところも、人間がまだ行けてないところも。
地球の隅々まで、愛で尽くして、その美しさをしっかりと覚えて、あの世へ行く。
あるのか、ないのか、知らないけれど。
(大切な人たちのことは普段から大切にして、これが最後かもしれないと思って毎度別れる。いつも準備しておく。コロナ禍の良い意識変革のひとつだと思ってる)

そして、もう2度とここへは生まれてこない。
人が人を殺したり、貶めたり、支配して搾取したり、そんなことを何千年も続けてもさほど見識の変わらない種の生きる世界には、もう存在したくない。

みんなでいっしょに生きる世界がいい。
いっしょに何でもやってみて、いるんなものをつくってみて、楽しむ。
お互いに誤解したりケンカしたり失敗したり、なんてことがあっても、いっしょに生きることが前提になっていたら、道は開ける。
いつでも、必ず。

この人間社会も、なぜかそう言う世界になっていくと、ずっと、当たり前に思っていた。今、そうはならずに自滅していきそうだと感じてる。
だからもう生まれてきたくない、と言うのは、良くないことかもしれないけど、正直な気持ちだ。

もっとも、生まれてきたくても、地球の方が生命体が生きられる惑星じゃなくなってる可能性の方が高いのかもしれない。もう、間に合わないかもしれない。大多数の人は自分の毎日の生活が大変で、あるいは楽しくて、あるいはただ大地で起こっていることを知らなくて、放置しているから。仕方のないことだろう。余裕がないと、広く外へ向かって目を向けることはできない。

だから、この人間社会にはもう来ない。
悲しみに、飽きた。

どうしても、他に生きられる惑星がないのであれば、どこにも存在しなくていい。
神さま、私の魂ごと、消してくれ。

死んだ後のことは、想像もつかないけれど、
どこへ行っても、地球の美しさは忘れない。
それだけは、不思議な確信がある。
この美しさは、どうしたって、忘れられない。
私の魂が消えるまで、忘れない。

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