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本当になかった話

 買い物をしてレジに並ぼうと思ったら、とてつもなく混んでいます。短そうな列を探そうとキョロキョロしていると、自分と同じような服装の人を見つけてしまいました。
 黒のシャツにジーンズですから被っても不思議ではないのですが、気恥ずかしいので遠い列に並ぶことにしました。
 レジも終わり商品を詰めていると、背後で、その方も袋詰めをしていました。他人の空似という言葉が自然と頭に浮かんでくるほど、その方と私は似て見えます。一つ一つ見れば違うのですけど、全体の雰囲気が、そっくりなのです。
 
 そういえば最近、友人や家族から○○にいたでしょ!と、よく言われるようになっていました。どの話も行ったことのない場所や行けない時間帯だったので、「たぶん似た人だよ、最近多いから近くに住んでるのかな。」なんて話しておりました。
 
 明くる日、ジメジメした空気に倦んだので喫茶店に行くことにしました。たまの贅沢で本を片手にコーヒーを飲むのが好きなのです。
 窓際の席に座ったものの、雨なので外の景色は、とろとろ溶けて流れるようです。少し混んだ店内を見渡すと、黒のワンピースが5人、5人目は私です。
 全部で20人も入れない店内ですから、かなりの確率で黒ワンピです。イベントかドッキリのようで、なんとなく居心地が悪く早々に帰途につきました。

 「ただいまぁ。」
玄関を開けると、どこかで見たような靴が置いてあります。お客さんかなと思いながら居間に入りました。

 居間には黒いワンピースを着た私が座っていました。
 私…でしょうか?私のように見えます。
 では、私は?私は誰なのでしょう?
玄関の鏡に映った私は、私に似た誰かに見えて…。

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