04.速杉ホクト_揺れる表情
04.速杉ホクト_揺れる表情
お父さんが気になってはいたものの、まだ沼に落ちるというほどではなかった私を決定的に沼に突き落としたもの、それが京都赴任に際しての妻サクラとの会話のシーンであった。
ただいまぁ。柔らかな調子で帰宅する彼の、やや弱気な様子。妻にもうちょっと何か言ってほしい甘えん坊の夫ぶり。この迷子の仔犬のような伏し目。少し諦めたような、大人の寂しい口もと。甘えるような上目遣いはある程度計算しているかも知れないが、あとは、ふと漏れ出たものかもしれない。ふわふわっと心のうちが表情に出てしまう。
これが女子であれば、大抵の男子が好きになるのは理解出来ると思う。速杉ホクトは、おっさんでありながらこの原理を証明してみせたのだ。いやホクトだからこそ証明出来たというべきだろうか。とにかく、このシーンはまるで恋に悩む乙女のように初々しいとすら映る心の揺れを見せてくれた。何だこれ。何だこのおっさん。
私のなかで完全に何かが崩れ落ち、録画されたそれを何度もリピートして眺める羽目に陥ったのであった。
ここで確信した。私は速杉ホクトの沼に落ちてしまったのだと。