火傷の思い出

僕の左手の甲には、火傷の痕がある。
丸く2箇所、まるで溶接をした跡みたいになっていて、一生消えない痕。
この火傷痕は、ある事で僕が自分で残したものだ。今回、その事を少しだけ書き残そうと思う。

僕が社会人になって数年くらい経った頃、ある女性と知り合った。その人は同じ職場にいて話した事もなかったが、カラッと明るい反面どこか寂しげな佇まいが気になっていた。
ある日、何気なく入ったパチンコ店で、偶然彼女と顔を合わせた。話してみると、どうやら僕の家からすぐ近くに住んでいるとの事だった。
その日から、偶然を装ってそのパチンコ店に行き、彼女と話を交わした。そして段々と親しくなり僕の家に遊びに来てくれる事になった。
その夜、彼女に気持ちを伝えた。
「ごめん、私、婚約してる相手がいて、近々結婚すると思う…」
そう返答されて、頭が真っ白になった。
項垂れる僕の肩に、彼女は「ごめんね」と言うみたいに頭を傾けてことんと乗せてきた。僕も頭をくっつけて、そのままキスをした。その夜、初めて彼女とした。彼女は拒否しなかった。
僕は、彼女の心も僕に傾いていると思った。「婚約者なんかから彼女を奪ってやる。妊娠でもしたら、婚約も破談になって僕のところに来てもらえる」そんな子供みたいな考えに陥っていた。
それから何度もあって体を交わらせた。もちろん、普通にデートもしたりして、一生で1番楽しいんじゃないか?って思える程幸せな日々だった…。

別れは突然訪れた。彼女と婚約者との挙式の日が決まったと、僕の家に来ていた彼女から唐突に告げられた。
彼女が帰宅した後。放心状態になった僕は彼女の腕にあった火傷の様な痕を思い出した。恐らく煙草を押し付けてできたものだと思った。詳しく訊いた事は無いけど、彼女の過去に何かあったんだろう。
同じ痕を残したい…。最早、冷静な感覚を失っていた僕は、当時吸っていた煙草に火をつけ、左手の甲に押し付けた。でも、感覚が麻痺していたのか、全く熱くも痛くも感じなかった。僕は体を痛め付ける事で心の痛みを紛らわしたかったが、心の痛みの方が勝っていた。だから、煙草を吸いながら、紅く光を増した火種を何度も何度も手の甲に押し付けた。皮が焼け、その下の肉の部分まで見えても止めなかったし、一箇所では物足りず二箇所も痕を付けてしまった。結局、痛みは得られないままに。
その後、彼女から散々怒られた。「絶対、一生後悔するからね」そう言われた。
それから数週間が過ぎ、彼女の挙式の日。
僕は仕事をしていた。仕事なんてやれる精神状態じゃなかったけど、何故か休んだりしなかった。
昼休みの時、独りになりたくて人のいない近所の公園で、菓子パンをかじっていた。
今頃、挙式中なんだろうな…。
そう思いながら、やけに澄んだ青空を仰いだら泣けてきて、涙が止まらなくなった。しょっぱい味の菓子パンになった。

僕の左手には、今もその時の痕がある。
彼女が言った「絶対、一生後悔するからね」と言った言葉は、今も僕の心の中にしまっている。
そして、堂々とこう言える。
「全然、後悔なんかしてないよ」って。

数年して、彼女は離婚したとの話を伝え聞いた。
でも、僕は彼女に会う事は二度と無かった。
何故だか分からないけど、それで良かったんだって今は思う。
そして、今はもうこんな馬鹿なことはしないよ。
そんな歳でもないけどね(笑)
好きな人の為に他にやれる事があるはずだから、それを懸命にやって生きようと思う。
#恋愛 #思い出

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