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性別変更をめぐる最高裁判決について。

10月25日、 最高裁判所大法廷で「性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件」についての判決が言い渡されました。

当日のビックニュースとして全国を駆けめぐりましたから、ニュースをみて驚いたという人も多いと思います。

この判決の判示事項(結論)は、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号は、憲法13条に違反する」とするものです。

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律では、性別の取扱いの変更の審判の要件として、以下の5つが規定されています。

①18歳以上であること
②現に婚姻をしていないこと
③現に未成年の子がいないこと
④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
⑤その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律 第3条


今回の最高裁判決では、第4号の規定(④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること)は憲法13条に違反し無効とした上で、第5号の規定(その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること)については原審(広島高裁)が判断していないとして、高裁に差し戻すこ ととされました。

この判断については、多くのメディアや支援団体などが評価する姿勢をしめす一方、ネット上などでは驚きの声とともにかなり辛辣な反対論も根強くみられ、テーマをめぐって社会は二分されているようにみえます。

①4号要件の判断についての懸念

判決では、「成年の子がいる性同一性障害者が性別変更審判を受けた場合には、「女である父」や「男である母」の存在が肯認されることとなったが、現在までの間 に、このことにより親子関係等に関わる混乱が社会に生じたとはうかがわれない」としていますが、今回の判決に基づいて法改正がされた後の混乱については見通せない部分もあり、結論はともかくとして社会が二分されかねない現実に対する合理的な判断や指針が十分にしめされたとはいえないように感じます。

生物学的に男性あるいは女性である人が、自らが違和感を覚えて本来の性別であると思う性別へと変更する手続きにおいて、仮に現行の要件の第4号や第5号を廃止するとしたら、もちろんそれを望む人や関係者にとっては大きな利益をもたらすことは間違いないにせよ、医学的な根拠に基づく性別違和の確定のさらなる深化や、実際に社会生活を送るにあたっての周囲との調和や従来の社会慣行との整合性などが求められると思いますが、判決では本人の「人権」についての判断にとどまり、そうした社会的な現実をめぐる論点への判断には十分に触れられていないようにみえます。

すると、今後判決をもとに法改正が行われて多くの当事者の権利や希望が守られる利益が得られる一方、逆に当事者に対する社会的な関わりや目配せが十分でないことによる摩擦もまたかえって増大する懸念も十分にあり、従来の社会規範からあまりに急激に制度を変更することによる社会不安や混乱が拭い去ることができず、結果として社会の二分化に拍車がかかってしまったのでは、逆効果となってしまう心配も十分に考えられるように思います。

②5号要件の判断の先送りによる懸念

今回の判決では、4号要件について憲法13条に違反し無効と判断する一方、5号要件については審理不十分として広島高裁に差し戻す判断がされました。そのため、4号を違憲とする最高裁判決の確定により国会による法改正が促される反面、5号は高裁における再審理を経てあらためて最高裁が判断するという流れになるため、その審理、審査にあたって一定の期間を要するだけでなく、今後の高裁、最高裁の判断の帰趨はだれにも分かりません。仮に高裁が5号も違憲と判断しても、最高裁は合憲と判示する可能性もあり、したがってこの間は法改正の動きがみられるにしても、法的保護としてはきわめて不安定な状況におかれることになります。

補足意見では、3人の裁判官が5号についてもただちに違憲とすべきとし、申立人の性別変更を認めるべきだとする反対意見を述べましたが、判決としてはあくまで5号は審理差し戻しという判断がなされ、この点をめぐっては社会的な情勢の変化による改正の必要性を判断しつつも、性急に要件を撤廃、緩和することによる社会の混乱の懸念も見据えた、ある種のバランス感覚が働いた可能性もあるように感じます。しかし、医学的処置としては、4号要件と5号要件はあくまで一連の流れとして講じられるのが一般的であり、あえて両者について正反対の法律判断をする実務的な整合性は弱い点も懸念されます。


さらなる懸念は、今回の判決で4号要件のみが違憲無効と判断されたことで、男性から女性に性別変更したい(MtF)原告は5号要件が残ることでただちに性別変更が認められることはありませんが、仮に原告が女性から男性に性別変更したい(FtM)という場合は、事実上の取扱いとして5号要件が厳密には求められないことから、判決の内容によって性別変更が認められた可能性もあったという矛盾も生じる点です。判決では、特例法が求める手術要件(4号)が身体への侵襲を受けない自由に対する制約であり、医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは許されないとしていますが、同じく手術を要する5号要件が生物学的男性のみに課せられ、生物学的女性には課せられないとしたら、この上なく不合理な判断だといえます。

このような状況は、本来は共通の利益に向けて連携すべき当事者において、生物学的男性と生物学的女性との間に深刻な分断を生み、さらなる社会的な混乱へとむすびついてしまう懸念もありますが、憲法が法の下の平等、両性の本質的平等を高らかな理念としているかぎりにおいて、最終的には4号、5号の手術要件について別個の判断をすることが合理的だとみなされる可能性は低いのではないかと思われます。このあたりのことも踏まえて、最終的な司法判断と確定的な法改正までのしばらくの期間、国民的な理解と融和がはかれる議論の高まりと機運の醸成に期待したいものです。


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橘亜季@『男はスカートをはいてはいけないのか?』の著者
学生時代に初めて時事についてコラムを書き、現在のジェンダー、男らしさ・女らしさ、ファッションなどのテーマについて、キャリア、法律、社会、文化、歴史などの視点から、週一ペースで気軽に執筆しています。キャリコンやライターとしても活動中。よろしければサポートをお願いします。