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何者でもない僕らは、自分の言葉を磨かなければならない
「自分の言葉を使いなさい」
「センセイの言葉の方が綺麗なのに」
「それでも自分の言葉を磨かないとね」
「なんで」
「君が君であるため。そして君になるためだ」
(ある師匠と弟子の日常)
こんばんは、LearnTernのAkiです。
今日はLearnTern記事の方はお休みです。でも僕はお休みというわけでもなく、いろいろと仕込みを続けております(乞うご期待)。
で、今日のnoteでは「自分の言葉を磨くこと」について考えたいと思います。
発信者が増えた社会で
現代は「大発信者時代」です。
本当にたくさんの人が発信者になりました。
多様な発信手段、テーマ、スタンス。
娯楽としての発信もあれば、戦略的な発信活動もあります。
発信者の増加とともに「ことば」も増えています。
他人のことばに触れる機会や、触れる種類が増えています。
真似をすることが推奨されています。
確かに学習においても「模倣」は大事です。
僕らは他人の「ことば」を真似します。
当然のことです。他人が使った言葉をキャッチし、自分も投げる。
そうやって世界にことばが拡がっていきます。
けれど、キャッチしてそのまま投げてばかりではダメです。
誰かのことば、自分のことば
僕らは他人のことばを使いたがります。
専門用語をありがたがり、カタカナワードをきらめかせ、流行語で会話します。
普通のことです。悪いことは1ミリもありません。
けれど同時に、僕らは自分のことばを磨かなければなりません。
きっと専門用語を使ったほうが権威性を出せるし、カタカナワードを使ったほうがかっこいいです。僕もめっちゃ使います。誰しもがそうです。
でも、いつもそうだったら、自分自身のことばは育ちません。
汚くても、ぐだぐだでも、鈍くさくても、自分のことばを磨かなくてはならないのです。
他人のことばを使って発信することはできても、自分の心を表すのはいつだって自分のことばなのですから。
誰かにはなれないから、磨く
誰もが「誰か」にはなれません。
僕はあなたになれないし、あなたは僕になれません。
僕らは「誰か」になれないので、自分を磨くしかないのです。
「誰かのことば」はその「誰か」の考え方・人生・経験の上で力を発揮します。
ネットで引っ張ってきた名言を明日のプレゼンで語っても響きません。
親戚のおばちゃんが亡くなったとき感じたことばに、人は心を掴まれます。
自分のことばを磨く。
発信が当たり前になって、空気になった時代だからこそ、僕らは自分のことばを知らなければならないのです。
「文中の言葉を使って答えましょう」は絶対に採点者が楽をしたいだけであるに一票。
ではまた。
ーーAKIーー
ー普段は専門用語めっちゃ使う人ー
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