日本人作家とアフォリズム
日本人、小説家、著述業、ジャーナリストと書き手はいろいろとあれど、アフォリズムを作品に多用する作家は私のとっても限られた観察範囲ではあまりお目にかかれない。少なくとも自身の記憶に残らないのである。
が、一人際立って多用しているのではないかと思わせる人がただ一人存在している。
三島由紀夫である。
最近は発言集などいろいろと過去の文章がまとめられてどうやら出版されてきているようで、私も機会があったら是非手に取って耽溺したいくらい興味がある。
本人が過去に発言したかどうかはあいにく知らないけれど、もしかしたら三島由紀夫は和製オスカー・ワイルドをほんとうに目指したのかなあ、と何となくうっすらとした確信めいたものが私の胸の内に芽生えてきている今日この頃である。