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亡命電子国家 V ~【後編】




〇再び、敷島邸へ

 あなたに頼みがあります。もう一度、敷島と接触してほしいのです。我々は何としてでも彼らの秘密を探り、それを手に入れなればならない。何故か? 我々がその技術を持っていないからです。それは許される事ではない。これを見てください、U地区のセンターの様子です。リアルタイムですよ。
 
 主席に噛まれた男たちは主席になった。
 増殖。主席たちはさらなる獲物を求めて徘徊する。
発砲。生き残りの男たちは、とりあえず身を守るための反射運動を取る。弾は主席の頭部に命中する。しかし、主席は倒れなかった。撃った相手を鋭く睨みつける。濁った寒天のような目から、鋭い光が生まれた。人間の目だ。
「君は何をしているのかね?」
 そこにいた主席は全員同じ事を言った。
 本物だ。本物の恐怖。

「しかし、そこで何をすればいいのです?」
「敷島に会えば、あなたの役割は終わりです」
「はあ」
「もう一度いいますよ。あなたのする事は簡単ですが、重要です。……ここだけの話、党幹部の海外資産が理由もなく凍結措置を受けた事例や、ビットコインなどの仮想通貨に勝手に換金されそれが暴落するなどの被害が報告されています。敷島たちはそれに関わっている可能性が高い。……お分かりでしょう? 
 大使には何が自身の周りに何が起きているのか、自分がなぜ工作員として使われるのか、よく分からなかった。だが深刻だ。その点は非常に分かりやすい説明を受けたことになる。党上層部のお偉方の懐具合が絡んでくるとなると。
 打合せはしっかりやらなくてはならない。定年まで党内を上手く渡るには、こちらで意をくみ取り、上層部の期待を上回る結果を出さなければならない。
 しかし、敷島邸への足取りは重いままであった。
 

〇対峙

「今日は何の厳命かな?」敷島、いや敷島と名乗る者が慇懃に言う。
「貴国に亡命したい。今すぐにでも」
「確か、ラビー氏の会見の抗議のため、訪問したと聞いている。しかし、私はすでに政界から身を引いている。前にも話したかな?」
「しかし、まだ影響力はある。そして、ラビー氏にも。前にも話したかな?」
「まさか、あなたは彼女の賛同者ですか?」
「いや、亡命希望者です。先に話した通り、私は中華連邦を捨て、第三国に亡命を希望する」
「その理由は?」
「分かっているはずだ。連邦に失敗者の居場所はない。私は先の訪問の失態で、党幹部を怒らせてしまったらしい」
「その言い草は策の一つかね」
「随分信用がないようだな」
「あると思っているのかね」
「それでもだ」
「茶番だな」
「私もそう思う」大使は手を挙げる。腕時計型の発信機による合図。外で特殊部隊が待機しているのだ。
「まあ、待ちたまえ。その手が通じるとは思っていないだろう」
 図星だ。単なるパフォーマンス。武力はここでは役に立たないだろう。敵の正体が分からないのに。
 どこかにゲートがあるはずです。と李の言葉を思い出す。それを探せというのか。一人語りのような命令。質問こそ許されるが、拒否権はない。
「取り込まれに来たのかな」敷島が言う。今の敷島は幼女の姿をしている。
「それが〝国民〟になる方法なのか」と大使は言ってみた。
 大使は必死だった。役に立つところ見せなければならないと必死だった。党のためだ。そして自身の、高いレベルでの安定を得るためだ。空き場所は常に狙われている。
「君もなかなか大変だな」敷島はため息をついた。心底同情した憂いを表情に落とした。何よりの屈辱だった。
「それなら教えてもらいたいものだな」
「前にも話した、私も、ラビー氏も」
「少数民族の自治や基本的人権の尊重か? 私の立場で言えると思うか?」
「思わない。ここに来たのも李氏の入れ知恵、いや命令だろう」
「見え透いた亡命申請などお見通しか。そこまで分かっていながら、なぜ招いたのだ」
「まあ見たまえ」敷島はあの時と同じように宙に浮かんだ窓を開いた。

〇大いなる力

 閃光——。
 瞬時に大使は目を閉じる。そして轟音と振動を伴う圧が襲ってきた。さらに皮膚があぶられて、その下の水分が蒸発しながら食い破るような錯覚に捕らわれた。全身が熱くて、痛い。
 核兵器の使用。乾〇〇二式。大型ドローン搭載用の限定核。震源地、始まりの地。民族・Uの収容地区に向けて。党は全てを焼き払うと決意した。これは連邦の意思。
 自国に向けて核を撃つ。これは自滅ではないのか。大使の胃が引き締められ、血の気が引く。
 何かが動いていた。
 視点が変わり、強制的にそれを見せられた。
 大地に焦げ付いた人の影。まるで絵画から飛び出すかのような勢いで急速に膨らみ始めた。
 人影の一つが起き上がり、焦げた腕を上げる。
 炭化した腕は所々亀裂が走り、中から溶鉱炉の鉄に似た肉が汁を滴らせながら蠢いていた。
 それは、主席だった。
「ある意味、核兵器を無効にする能力ですね。核兵器を無くすためには、核兵器以上の兵器を産み出さなくてはならない……。何の皮肉でしょうか?」
 敷島の姿は徐々に李に変り始めた。
 敷島は何処に消えた?
「何度も言うぞ。何度も訊くぞ。納得するまで。お前たちは何をしたいんだ?」
ただ生きたいだけ。これは生命の真理」そして、李はラビー・ガードに変化した。
 死の大地から主席が何人も生まれ、行進する。一体、この生命はどこへ向かうのか?

2055年 日本 配給:ユービックファクトリー

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原作版


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