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あの神を討つのは誰だ?



〇引きこもり生活25年


「サ終だと?」岩田邦夫はスマホに向かって毒づく。
フェッセン皇国興亡史。異世界ハミルトンで繰り広げられる陰謀と裏切りの戦闘アクションRPG。画面をタップするだけの簡単操作で大迫力の戦闘が。その文句には偽りはなかったが……、先へ進むには何かと金がかかる。この敵を倒し後にはどんな世界が待ち受けているのだろう。
 それが サービス終了だと! 何とかならんのか。金ならある。金ならあいつらが払う。
 クニオ、邦夫。自室の外から両親の声が聞こえる。何やら叫んでいるようだ。
 うるせえ、ババア。黙ってろ。忙しいんだよ、俺は……。
 岩田邦夫。無職。来年には40歳になる男。未だ社会を経験していない。
 
※フェッセン皇国興亡史とは
『フェッセン皇国興亡史』は某社が制作したソーシャルゲームである。ハミルトンワールドを舞台に、数ある種族(人間。機械。龍。鳥人。エルフなど)を選んで、ハミルトンワールドの覇権を争うゲームだ。スタートはフェッセン皇国から始まり、皇国を発展させるのもよし、出奔して滅ぼすのもよし。選択肢は豊富でプレイヤーの意思に委ねられる。しかし、某社の経営悪化ににより、管理運営が困難、サービス終了の運びとなった。

 〇異世界からの訪問客

 
その時、スマホが激しく光り、熱を纏った。高熱。思わず手を放す。
 スマホはうなりを上げ、さらに光量を増す。
空中に濁った水晶玉が浮かんでいる。球の表面を無数のヒビが覆い、割れた。
「ここが神々の世界ね」少女の声が聞こえた。
 妖精。蛾の羽根を持つ妖精。鱗粉がヤニ臭い。
「そうだ。粗相があってはいかんぞ。ユージン」
「誰だ?」
 振り返ると岩田は驚愕することになる。目の前に怪物が立っていた。百九十ぐらいの巨躯に、確かティラノザウルスとかいう恐竜の頭が乗っかっている。
 身体の表面をうろこが細かく覆っていた。そのがっしりとした体格は、いかにも捕食動物のようなたたずまいを見せている。そのくせ、腹側の方は人間と同じ肌色で、しかも女性のようなふくよかな乳房と女性器を無防備にさらけ出していた。どうやら全裸のようだ。
「自己紹介が遅れました。私はアーノルドレイン。御覧の通り、龍貴族です。こちらはフェアリーモスのユージン」
 龍の貴族と言われても……。混乱する岩田だが、アーノルドレインやユージンに見覚えがあった。プレイヤーキャラだったからだ。それにしてもゲームのキャラクターや世界が〝実在〟するだと? しかし目の前にこいつらがいる。アーノルドレインが言う。
「神よ、神々の一族のあなたにお頼み申す。わが祖国、フェッセン皇国が存亡の危機にあります。ぜひとも、お力を貸してほしい」

〇訪問理由

 変質者か。岩田は恐怖に震える。警察を呼ぼうにもスマホはヤツらの手に握れられている。
「おい、ババア、オヤジ! こいつをつまみ出せ」両親に助けを求める。こんな時にしか役に立たないヤツらだ。
「そう興奮しないで神よ。突然訪問した非礼はお詫び申し上げる。だが、事は急を要するのです」
「おい、ババア、オヤジ!」早く来いよ。
「ああ、お付きの者のことですか。まことに勝手ながら私どもの方で処分しました」
 ドアを開けると、両親の惨殺死体……。
「あなたのお世話をするには、あの者たちでは荷が重い。籠城しているあなたにはもっと相応しい者をあてがいますよ。最も、少々お時間を頂きますが」
「あ、あんたらは、何しに来た? なぜ、俺を神と呼ぶ?
 

〇交渉人として


「神よ、あなたは我らの世界を創った」
「ゲームの世界か? 〝フェッセン皇国〟は確かに人間が創ったゲームだよ。だが俺が創ったものではない」
「確かに。しかしあなたは〝神の仲間〟だ。同じ種族といってよい」
オヤジとおふくろは〝神〟ではないのか
「あなたは疎んじていたでしょう。所詮、自分を養うための道具に過ぎない、と。それ故に私どもが敬意を払う必要はない」
「……。俺に何の用だ?」なぜ、俺を生かす。
 不思議と恐怖感が薄らいでいった。こいつらは、本当に俺には従順かもしれない。俺に相応しい従者を連れ来る、と言った。それとも幻覚か。おれはどこかおかしくなったのかもしれない。25年だ。もう25年以上、一歩も家から外に出ていない。部屋から出るのはトイレと風呂ぐらいのものだ。両親は確かにアイツの言っている通り……。
「交渉人となってほしいのです」とアーノルドレインは言った。
「交渉人?」
「そうです。我らの世界:ハミルトンワールドは近々消滅してしまいます」
「サ終だからな。結構人気があると思っていたんだが」
「その通り。ですが、我々は消滅したくない。そこで、この世界の住人である神の一族であるあなたにお願いがあります。何とかこの世界をハミルトンワールドを存続できるようお願いできませんか。それができる神にあなたの方から慈悲をかけるよう働きかけてほしいです。何の罪もない皇国の民たちが犠牲になるいわれはありません。我々は民の命を預かっているのです。」
 

〇それは無理

「俺にこのゲームを創った会社に何とか続けてくれと頼みに行け、と」
「おっしゃる通りで。できるだけ我々も穏便に済ませたい」
「無理に決まっている。俺にそんな力も権限もない……。穏便?」
「神よ。やはり交渉では解決しない、ということですか?」
「だから言っているだろう。俺には何の権利も能力もない。だいたい、俺は20年以上引きこもってきた社会不適格者だぞ」
「では交渉は不可だと」
「……残念です。争いは避け、犠牲は最小限に抑えたかった……。ユージン!」
 岩田はこの後の展開を知っている。ゲームでよく見た光景だ。フェアリーモス、ユージンはパワーアップアイテムなのだ。アーノルドレイン、龍貴族の。
 アーノルドレインはユージンを噛み千切り、飲み込んだ。
 岩田は部屋を飛び出した。数十年ぶりに。
 

〇あの神を討て

「神よ」巨大化した龍になったアーノルドレインはいった。「畏れながら神よ。我々は、神、あなたの住む世界を占領して、皇国の民を移住させます」
 家の周りに黒煙がいくつも立ち上がった。遠くから、振動と炎の熱が伝わってくる。むなしく響くサイレン……。ここだけでなく、世界中で同じ事が起きている?
「我らハミルトンワールドの戦士たちが一斉蜂起しました。種族の垣根を超えて。この世界の覇権を奪い、それぞれの民を救うためです。ご容赦を」
「俺はどうなる? 俺の居場所はどこにある?
「あなたにはスマホを提供してもらった恩がある。それが無ければ、私はこの世界にたどり着けなかった」こうしましょう。
この世界を掌握したら、その礼として、ともにあなたを創造した神の世界を奪いに行きましょう。あなたはそこで思い通りの世界を創ればいい。あなたはあなたの世界の神を討つのです」
 アーノルドレインは大空に羽ばたき、巨大な火球を吐いた。街を飲み込むほどの炎。
 こうして人類は滅亡することになった。
 
 
2057年 制作:日本 配給:ユービックファクトリ


〇配給元からのお知らせ


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