秘伝のレシピ(古典落語「胴斬り」に寄せて)
胴斬りという噺がある。あまたある古典落語の中でも、大好きな噺のひとつだ。
あらすじは、こんな感じ。
馬鹿馬鹿しいっちゃ馬鹿馬鹿しいんだけど(笑)誰も死なないし不幸にもならない。むしろ、みんな幸せになっちゃってるのがいい。
あまりに暑いので、私も夢想してみる。
エアコンのない倉庫で働いている私は、ブラジャーが暑苦しいとずっと思っている。乳房が取り外し式ならいいのに、などと馬鹿馬鹿しいことを考えていたら、ある日、本当に乳房が取り外せるようになってしまった。
これはありがたい。取り外した乳房には留守番を頼み、まるで鉄腕アトムのようなツルンとした上半身を手に入れた私は、薄手のTシャツやタンクトップ1枚で、出勤するようになった。
ブラジャーの布の面積などたかが知れているとはいえ、不快な締め付け感がなくなったこともあり、実に快適に働けるようになった。ありがたいことである。
しかも、さらにありがたいことには、留守番をしている乳房が、家事全般を引き受けてくれるようになったのである。とくに、料理の腕は天下一品。私は、乳房のつくる夕食が楽しみで、寄り道せずにまっすぐ帰宅することが常となった。
そんなある日のこと、乳房がかしこまった様子で、私にこう言ってきた。家にずっといるのも飽きてきたので、外に働きに出たいと。
気持ちはわかる。取り外しているとはいえ、元は私の身体である。専業主婦がつとまるわけもなかった。
元・私の身体とは思えないくらいに、料理の腕は確かなので、知り合いの飲食店に頼んでみた。ちょうど料理人が一人、もうすぐ独立のため抜けるとのことで、よろこんで雇ってもらえることになった。
外で働きはじめても、乳房は必ず、私の夕食をつくってくれた。しかも、その独立予定の料理人の先輩から教わったという「秘伝のレシピ」まで惜しげもなく駆使してくれた。
こんな幸せって、あるだろうか。本体冥利(?)に尽きる。
乳房は「取り外し式」なので、完全に私から分離したのではなく、私の意思で、いつでも合体することができる。だけど私は、乳房を取り外して働いているときの風通しのいい感覚や、乳房が私につくってくれる美味しい料理の数々に甘え、いつしか乳房のことを顧みなくなっていた。たまに、私に寄り添いたそうにしている乳房を感じても、わざと無視していた。
ある日、仕事から戻ると、乳房の姿がなかった。いつも素晴らしい料理が並べられていたテーブルの上に、一通の手紙が置いてあった。
秘伝のレシピを教えてくれた料理人の先輩と、小料理屋をはじめるのだと、そこに書いてあった。
私は、自分の過ちを知り、そしておおいに恥じた。
今はもう、乳房の幸せを祈るしかない。そして私は、死ぬまでこの、鉄腕アトムの上半身のようなボディで生きるしかないのである。
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そんな奇跡はなかなかないとは思うのですが、もしも、万が一にでも、落語家さまの目に留まり、この馬鹿馬鹿しい噺を演じてみたいと思っていただけましたら、もう、著作権完全フリーで、いかようにもお使いくださいませ。というかむしろ、どうぞお使いいただきたく、お願い申し上げます。