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能舞台の夢


夜。雨。表参道。コンクリート造の能楽堂はブティックに囲まれて建っていた。
仕事帰りの妻と待ち合わせ、地下鉄駅構内のフードコートで軽食を済ませる。表参道交差点にほど近い能楽堂へ向かうと、すでに傘をさした行列が建物を取り巻いていた。

建物を二階に上がると、外観からは窺い知れない天井高の大空間が広がっている。正面に木造の屋根を載せた能舞台。舞台をL型に囲む畳の桟敷席。座布団が足の踏み場もないほど敷き詰められ、すぐに全席が埋まる。
舞台の上にはグランドピアノがある。やがて暗転し、切戸口からピアニストが現れる。ふたたび灯りが点くと、ピアノのわきに人影が居る。能役者が気配もなく立っている。音楽が始まる。能面の女形が、気が遠くなるほどわずかな歩みで動き出す。
現代音楽による能楽が、まるでミニマルアートのインスタレーションのように始まる。その最小限の舞台と最小限の動きが、催眠術のように作用し始める。

気がつくと、冬の山里にいた。
あばらやの前に老婆が一人。彼女は、はるか昔に戦場へ出向いた息子の帰りを待っている。毎夜毎夜、詩を詠みながら待ち侘びている。しかし、息子は戦地で負傷し、記憶喪失に陥っていた。
その夜、橋掛りから男が現れる。女が呼びかける。息子だ。歳をとっていても間違えようがない。男はしかし、女に気づかない。どこか懐かしい風景に足を止める。そこに一羽の鶴が降り立つ。女は、かつて息子が愛した鶴にちなんだ詩を詠む。男はその歌に、その声に、立ち止まる。二人の目線が交差する。
女は男の瞳の奥に揺らぎを見留める。そしてふっとまるで別人のように思えてくる。どこかで松風の音がする。鶴が飛び立つ。男の目が離れ、鶴を追う。ピアノの旋律が激しく重なる。やがて女は今生の別れを知る。鶴も男も姿を消している。男の姿は幻だったのか。松林を抜ける風に乗り、はらりと鶴の衣が取り残される。音が消え、舞台が暗転する。

能舞台「松の風吹くとき」。バーバラ・モンク=フェルドマン構成・作曲。
ここに書いた内容は、ぼくが勝手に想像した話だ。実際のあらすじはまちがいなくまるでちがうだろう。
しかし、最後に残された舞台上の衣が、儚く切ない物語を夢想させるのに十分だった。


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