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お金と不安の関係
妻とよく話す話題がある。
実入りを増やすために、副業などのシフト勤務を増やすべきか?
将来への蓄えはどのくらいあれば適切なのか?
時間は有限で、お金もほぼ有限となると、トレードオフになることが多いので、どちらを優先すべきかは多くの人が頭を悩ませることかもしれない。
ぼくの結論は、おおかた出ている。
自分の「時間」を優先する。
「お金」は食うに困らない程度にあれば十分で、もし余禄を得るにしてもなるべく自分の時間を奪われずに(人的資源を投下せずに)稼げる方策を考える。それが実際にうまくいくかは別にしても、少なくとも優先順位ははっきりしている。
妻は働き者なので、空き時間があると用事で埋めたくなるようだ。そして口ぐせのように言う。「1日が48時間あればいいのに」
もし仮に48時間あったとしても、きっと彼女はせっせと予定を埋めた挙句、「足りない!」と嘆くのが目に見えている。
ぼくはただの怠け者なので、時間に追われて余計なストレスがかかるくらいならお金など要らないと思っているだけかもしれない。
「もし将来、病気や子育てや介護にまとまったお金が必要になったらどうするの?」と彼女はいう。
それは手持ち無沙汰ならば、公的支援や融資でも検討すればよいと思うけれど、その不確定な未来に対して現時点で妙案があるわけでもない。せめて保険に加入し、貯蓄や運用をしながら、いざとなったら頼れる知人がいることのほうがきっと大事だろう。
しかし本質的には、「不安」についての解像度なのだと思う。
不安というファクターが入ると、時間かお金をすっぱり選べなくなる。というより、お金に比重を置くことになる。
不安の対称関係にあるのは「自信」だ。不安について突き詰めると、自信の程度を問うことになる。
自信とは「自分を信じる」ことに他ならないので、「大丈夫、なんとかなる」と思えるかどうかにかかっている。「信じる」というからには、ある程度から先は「委ねる」ことにもなる。
伊坂幸太郎の小説にこんな科白がある。
「自信に根拠があるのって、卑怯な気がしませんか?」
お金の解像度についても、もう少し細かく考える必要がありそうだ。
お金と一口に言っても、ストック(資産)とフロー(収入)があり、収入もストック収入(運用)とフロー収入(人的資源)があり、どのバランスが不安が少ないのかという話をしたほうがよいのだろう。
妻は、ファイナンシャルプランナー資格について調べはじめている。
ぼくは今ひとつ関心が湧かないものの、体系的に学ぶにはもってこいかもしれないので、勉強が進んだら知見を共有しようと話をしている。