マガジンのカバー画像

15時の手紙

76
ささやかな昨日のできごと。
運営しているクリエイター

2023年12月の記事一覧

今宵、山の上ホテルのバーで

知人宅での忘年会のあと、ぼくと妻は御茶ノ水にいた。 楽しかった余韻が熾火のように残っていたので、このまままっすぐ帰宅するのも名残惜しく、バーで一杯飲んで帰ろうと思い立った。すぐに思い起こしたのが、山の上ホテルだった。言わずと知れた老舗のクラシックホテルだ。作家の“缶詰”部屋として名を馳せているけれど、老朽化のため来年休館となるニュースを耳にしたばかりだった。 ぼくは深夜に幾度かこのホテルにあるバーに訪れていた。もう10年ばかり前のことになる。 当時の仕事仲間と、夕食後の二軒

マイフェイバリット・ブックス・オブ・2023

日ごろは古本を読むか、図書館で借りてばかりいるけれど、最新刊は本屋で買うようにしている。 そうはいっても、奥付を確認してみると今年刊行された本を読んだのはたったの7冊だった。 『文学キョーダイ!!』(著・奈倉有里・逢坂冬馬) 『滅ぼす』(著・ミシェル・ウェルベック) 『欲望の見つけ方』(著・ルーク・バージス) 『マルクス 生を呑み込む資本主義』(著・白井聡) 『さみしい夜にはペンを持て』(著・古賀史健) 『ママはキミと一緒にオトナになる』(著・佐藤友美) 『神に

マイフェイバリット・フィルムズ・オブ・2023

今年は映画館で、6本の映画を観た。 どの映画もとても良かったので、備忘録として一言感想とともに順位づけしてみた。 数十年後には、是枝裕和と宮崎駿の新作を同時に映画館で観られたなんてものすごい当たり年だった、と自分自身で回顧するかもしれない。 1位『怪物』(是枝裕和監督) 群像劇と伏線回収と人間洞察がピタリと嵌まり、鑑賞後も引きずって考えさせられる作品に出会えて、今年はもうこの一本で十分と思えてしまった。 鑑賞後にたまたま撮影地の上諏訪に立ち寄る機会があり、聖地巡礼もできた

お金がない楽しさの先へ。映画『PERFECT DAYS』によせて

「お金がない」ことは選べずとも「楽しさ」は選べる、と前回に書いたあと、その続きを考えさせるような映画に、年の瀬になって出会えた。 役所広司主演、ヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』。 (以下、映画の内容に触れますが、さほどネタバレはありません) 築60年超えの木造アパートで暮らす独居中年の、何も起きない日常をじっくり丁寧に描いている。 夜明けとともに起床し、敷布団をたたみ、植木鉢に水をやり、歯を磨き、髭を剃り、身支度を整え、トイレ清掃の仕事に赴く。玄関を

お金がない楽しさ

お金なら余っている。 昔から努めて、そう口にしていた。 決してお金持ちだったのではない。 欲しいものが多くなかっただけだ。あるいは欲しいものが高くなかったのだ。 20代は実入りの少ない会社員だったが、仕事に忙殺されてプライベートな時間がほとんどなかったので、お金を使う機会もなく着々と貯金ができた。同僚からは不思議がられたが、なんのことはない、プライベートライフが皆無だっただけだ。 失ったものも山のようにある。飲み会や恋愛経験や海外旅行などの人生経験は若いころにもっと積んで

クリスマスを克服した日

クリスマスが幸せだったことなど、これまでにあったかなと考えている。 子どものころを除くと、まったく難儀でつくづく憂鬱なシーズンだった。 クリスマスの日は、不用意に出かけず、外界の情報も遮断し、クリスマスなど「ないもの」として、自宅で独りでやり過ごすのが常だった。「クリぼっち」の人が自ずとそうしているように。 クリスマスというイベントを憎むほどには拗らせていなかったものの、極力敬して遠ざけたい対象には違いなかった。 今年は、結婚してから初めてのクリスマスイヴを迎えた。 妻と