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明星目覚の生まれた日。

ーーこの事件は昭和後期から平成初期に起こった出来事である。
オカルトブームに隠れて起きたある一族の末路の記録であり、記憶である。
詳細は下記に記す。

超自然学専攻、とある青年のノートより。

する事も無いので、俺はぼんやりとテレビを見ていた。
ド田舎の子供の少ない農村で遊びなぞある訳もなく、真新しい事もある訳もない。
しかし、運命とは時に残酷であり、自分の思うとおりには行かないものだ。

「アンタ、暇なら目覚ちゃん迎えに行き」
「ーー誰だよ、それ」
「アンタ聞いてなかったんか!  昨日話したでしょ、ウチに療養で来る兄さんとこの子、兄さんと義姉さん忙しいから、先に目覚ちゃんだけ来る言っとったって」

母は「今日から一緒に住むんだから」と怒りながら言う。
目覚ちゃん……会ったことあったっけな?
俺の記憶に小さな赤ん坊の姿がうっすらと浮かんでくるが、だいぶ前の記憶なので今は少年くらいの年頃だろうか?
確か病弱な男の子……だったような気がする。
こんな暑い中で迎えに行くのかと嫌な気持ちになりつつも、新しい物がないこの農村に新しいものがやってくるという事実にワクワクしていた。
都会からのお客さん!
目覚くんは持たされてないだろうが、おじさんが来るならきっとテレビゲーム機を持ってくるに違いない!
それに俺は一人っ子なので、地味に兄弟に憧れがあった。
目覚くん、良い子だといいな……と思いながら、クーラーボックスに冷えたスポーツドリンクを何本か入れる。
自転車に乗って、ガタガタの田舎道を駆け抜けていく。
暖かい風が気持ち悪いが、爽快な風は夕涼みの時に期待するしかない。
田舎に一本しかないバス停、都市部に行くためにあるバス停、俺は日陰になっているバス停のベンチに座って目覚くんを待った。
一本目のスポーツドリンクを飲み終えて、ようやくバスが来た。
大きなエンジン音を立ててバス停に止まり、独特な音を立ててバスの扉が開く。
降りてきたのは大きな荷物に不釣合いな青白い顔をした、痩せ枯れて今にも死にそうな少年だった。
バスの排気ガスを吸ってしまったのか、ゲホゲホと咳をする。
そういえば、肺が弱いんだったかーーと思い出しながら声を掛けた。

「君、目覚くん?」

少年はビクリと肩を震わせて、こちらに視線を向けた。
まるで不審者を見るような目を向けられて、俺は少しムッとしたが、一度会ったのが赤ちゃんの頃なのだから覚えている筈もない。

「あー……俺も明星だよ、って言ってもこの辺は明星の苗字多いんだけど……ほら、ド田舎って親戚の集合体みたいなもんだし」

親戚の集合体、その言葉にピンと来なかったらしく小首を傾げている。
思ったより可愛げがある、小動物的な感じだ。

「照正おじさんの妹の照美の息子の照忠だよ」
「いとこ……?」
「あっ、そうそれ……」

村にいる明星性で子供は俺だけだったので、従兄弟なんて言葉がすぐに出てこなかった。
少し恥ずかしい。
いつの間にかバスもいなくなっており、日向に立たせていたからか目覚くんの顔は真っ赤になっている。
俺は慌てて目覚くんをバス停のベンチに座らせて、クーラーボックスからスポーツドリンクを取り出して渡してやる。
力が弱いのか、蓋を開けられずに困っていたのが妙に可愛らしい。
これが弟か……と不思議な気持ちになりながら蓋を開けてやる。
小さな声で感謝を告げられて、目覚くんはスポーツドリンクをチビチビと飲んだ。
その間に俺は目覚くんの荷物を受け取って、自転車のカゴに無理矢理に押し込んだ。
よく荷物を乱雑に押し込むので、俺の自転車のカゴは歪に歪んでいる。

「い、良いの……?」
「え?  何が?」
「自転車のカゴが……」
「あーね、入ればいいんだよ!」

中に服しか入ってないことは確認済みだったし、カゴが歪んでても何の問題もない。
目覚くんは申し訳なさそうにしていたが、最初から歪んでいたのだから問題ない。
少し涼んでから、俺は自転車に乗って目覚くんを見る。彼は首を傾げていた。

「二人乗りした事ねーの?」
「えっ、自転車に乗ったことないよ」

なるほど、病気療養の為に空気が綺麗なド田舎に来たのも頷ける。
きっと彼は外でするものをやったことがない。
二人乗りの仕方を教えて、実践してもらう。
おっかなびっくりと言った感じで目覚くんは俺の背中にしがみつく、汗まみれかもしれないが許せ少年よ。
しっかりとしがみついたのを確認して、俺は自転車を漕ぎ出す。
背後からうわぁだか、ぎゃあだかよく分からない悲鳴が聞こえて俺はニヤリとした。
こいつ……面白いぞ!  年下の子供と遊ぶ機会はほとんど無いし、何ならまだ幼稚園児くらいで遊べるもんじゃない。
他にも子供は居るっちゃいるが、今は農大目指して勉強漬けの兄ちゃんが一人と都市部の進学校に通ってて勉強が娯楽と言ってる変人くらいだ。
勉強なんて楽しくねーだろ。
毎朝バスの中で顔を合わせるが、話が合わない。
夏休みまであんな変人と喋りたくはない。

ーーおっと、話がズレたな。
そんなこんなで俺達は夕立が来る前に家に着き、母に言われて目覚くんに部屋を案内している時に夕立が来た。
ゴロゴロと不機嫌そうな音、ガラス窓に叩き付けるような雨音、少し不安げな目覚くんの顔。
今でもよく覚えている。
いや、忘れることは出来ないと言ったほうがいいかな。
目覚くんとの出会いはこんな感じだった。
後は食後のデザートのスイカの甘さに喜んでいたり爺ちゃんが買ってきた花火で遊んだりしたかな。
歓迎会でもあったからな。


切り貼りして作られた事件の概要ノートより抜粋、不良少年たちによる焼死殺人事件と犯人たちの原因不明の死。

被害者は明星目覚、当時10歳であった。
親族の少年と川釣に来ていたところ、県外からバーベキューに来ていた少年たち(平均年齢17~19であった)に目を付けられて恐喝を受けたという。
その途中で親族の少年は逃亡し「待って!  置いていかないで!」と叫んだ明星目覚を黙らせる為に不良少年たちは暴行を働いた。
すぐにピクリとも動かなくなった為、死んだと勘違いした不良少年たちは証拠隠滅の為に彼に火をつけたという。
しかし、生きていた明星目覚は燃え上がる火を消そうともがき苦しんだという。
ーーある一人の犯人の調書では、その姿を見たリーダー格の男が笑った為、周りの少年たちもその様子を笑ったらしい。
彼は今でもその光景が脳裏に焼き付いて離れないと言った。

あれは笑えるようなものじゃない、もっと違う、恐ろしい何かに触れたような、そんなものだった。
そう、あれは……まるで人間の踊り食いのような、そんな恐ろしいものだったーー。

それから、数日後に不良少年たちは次々と不信な死を遂げた。
彼らは死ぬ前に口を揃えてこう言った。

「あの男の子が俺を見てる!  ずっと見てる!」

時はオカルトブーム、そのことはスキャンダルのように雑誌に書き上げられて、皆の知るところとなった。
そして、都市伝説の明星目覚の誕生であり。
明星家の崩壊の始まりでもあった。

ーーそれから俺は、目覚くんにアウトドアな遊びを教えて回った。
おじさんとおばさんは仕事の引き継ぎをしてから、農家を手伝うために仕事を辞めるからすぐには来られなくて、でも目覚くんは病院によく行ってたから、慣れっこだよって言ってた。

……あぁ、アンタが知りたいところか。
あの兄さんたちはなんかクスリかシンナーか、何かやってておかしな目をしてた。
逃げなきゃヤバいって脳が警報音を出してるみたいで、周りのことなんか全然聞こえてなかった。
地元だから土地勘もあるし、俺は真っ先に逃げ帰って部屋に籠った。
卑怯だったと思うよ、目覚くんを置き去りにして逃げたんだから、だから俺は忘れない。
忘れちゃいけないんだ。
俺はずっと震えてたよ。
最初は目覚くんが行方不明って事で捜索隊を結成して、俺は不良のことは言わないで川遊びしてたことにした。
ーー夢子おばさんが来るまで、俺は本当の事を言わなかった。
夢子おばさんは目覚くんのお母さんで、大人しくて綺麗な人だったよ。
でも、目覚くんが行方不明って事を聞いて、飛ぶようにすぐに来た。
血走った目で、ボサボサの髪と鬼のような形相で俺を問い質した。
俺の母は俺を少し庇ってくれたけど、まあ思うところはあったんだと思うから……最終的には尋問される俺を見てたよ。

「目覚は何処なの?目覚とはどこではぐれたの!」
「か、川釣りしてたら俺が奥まで行っちゃってて……戻ってくる時にはいなくて……」
「それは私に誓える?  嘘偽りはなく本当のことだって言えるの?  私の目を見て喋りなさい!」

本当に恐ろしかった。
俺は泣きながら本当のことを伝えたよ。
夢子おばさんが怖かった、俺は「卑怯者!」って罵られたよ。
母は俺を慰めてくれたけど、すぐに言わなかったことを怒った。
川に流されたかもしれんってことになって、警察も捜索隊の皆も川を下って行きながら目覚くんを探したよ。
目覚くんは、目覚くんらしき遺体は下流で見つかったよ。
焼かれて、水でふやけて、身元の判別ができなかった。
だから所持品と身長、それから病院に残ってた骨格のデータから身元確認したみたいだ。
おじさんから後で聞いた。
俺は目覚くんが亡くなった事より、夢子おばさんの俺を見る目が怖かったよ。
ずっと俺を責める目で見てた。
当たり前だよな、だって息子は俺に殺されたようなもんだから。
俺は部屋に籠ることが多くなって、後から知ったんだよ。
ーー明星目覚が、都市伝説として作り話になってること。
そして、夢子おばさんが壊れて錯乱して暴れたこと、おじさんはやつれた顔で教えてくれた。

それから数日後、夢子おばさんが目を覚まさなくなったんだ。

明星夢子のカルテ、神経衰弱による長期睡眠、息子を失ったショックからの妄想症。

明星夢子、身元情報は不要であると判断して病状と発言を下記に記す。

長く寝ているのは、息子に会えるかもしれないからです。
テレビでも雑誌でも、明星目覚らしき少年との接触は夢ないし川辺であると、そして遊びに誘い出して、夢の中に引き摺り込んで永遠の夏を過ごす……。
もしも目覚が彷徨っているなら、私が迎えに行かないと……あの子は私を待っていると思うの。
不良達を恨むのは分かるわ、あんな事をされたんですもの、怒らない方が無理がありますわ。
私の手でどうすることも出来なかったこと、本当に後悔しておりますの。
次にチャンスがあるなら、私はきっとなんだってできますわ。
だって、あの子の母親は私しかいないのですから。

夢子さんはマスメディアが書き上げた作り話を信じている節があります。
夢子さんの前で目覚くんが亡くなった、もしくはいないという話をしてはいけません。
夢子さんは穏やかそうに見えますが、一度錯乱状態になってしまうと手をつけられません。
安定剤の定期的な投与と看護婦は言動には十分に気を払ってください。
明星家の方々の面会は絶対に断ってください。
夫である照正さん以外の明星姓の方を部屋に入れてはいけません。
夢子さんは度々脱走をしようとします。
看護婦、医師、警備員の皆様に置かれましては、夢子さんの監視と身柄の保護をお願いします。

聖アリアン精神医院、院長より通達事項。


夢子さんが起きなくなって、家で変な事が起こり出したんだ。
誰もいないはずの廊下で子供の走り回る音、誰かにジッと見られてる感じ……それと沼の匂い。
えっ、あぁ……沼だよ、川の匂いって感じじゃなかった。
あーでも、台風が来た後の濁流はあんな臭いかなあ?
とにかく変なことが起こっていたんだ。
でも、ある日ピタッと止まったんだ。
ーー心霊現象が止まった日、目覚くんの父親の照正おじさんが居なくなったんだよ。

寺に残されていた村の黒い歴史、龍神伝説と"龍への嫁入り"についての記述。

この村は大きな川から得られる恵、それと同時に夏の天候から来る洪水に悩まされていた。
大昔のことで、この行事はいつ頃から始まったのか、それは分からなかった。
"龍への嫁入り"それは簡単に述べてしまえば人柱、龍神への生贄として女性を捧げるものであった。
効果があったのかは分からない。
しかし、長い間その行事が続いていたことは記録されていた。
それに終止符が打たれたのは、旅の坊主が現れて荒ぶる龍神を山へと封じ、楔に大岩を大地に穿った、と記載されている。
坊主は予言したという。

いつの日か、この怨念は龍へと姿を変えて恨みを返すであろう。
その時まで、岩を動かしては行けない。
そして、龍を祓う手立てはない。
龍が祟るのではない、人がこの村を祟るのだ。


おじさんが居なくなって、大事になったよ。
目覚くんが亡くなってから、ずっと夢子さんの面倒を見て……自分も辛かっただろうに。
でも、おじさんは見つからなかった。
警察に通報しても見つからない。

ーー気が付いたら、今度は夢子さんが消えていたんだ。

何度も脱走を試みようとしていて、その度におじさんが止めていたから、そのおじさんが消えて、一族はおじさんを探し回っていたから、当然と言えば当然だったよ。
夢子さんも見つからなかった。
目覚くんの祟りだって噂が立った。
でも、俺は違うと思った。
明星家の人間はどんどん死んでいった。
どう考えても明星に恨みを持っている、でも目覚くんは俺を恨んでいるかもしれないけど、明星を恨んではいないと思う。

そして、今度は俺の番だった。
ーー目覚くんが夢の中に現れたんだ。

切り貼りして作られた事件の概要ノートより抜粋、明星目覚の都市伝説について。

少年が遊びに誘ってくる。
その誘いに乗ってはならない。
誘いに乗ったら最後、衰弱死を待つばかりの死体になるであろう。
夢の中で永遠とあの日の夏を繰り返すのだ。

抜け出す方法はない。
遊びの誘いに乗らない事が身を守る方法だ。


目覚くんが現れて、遊びに誘ってきた。
俺は乗ってやることにした。
あの日のように、あの夏のように、遊びに連れ回ってやったよ。
でも、目覚くんは壊れたように「アソボウ」しか言わないんだ。
夢の中は分からない同じ日を繰り返してた。
目覚くんの見た目はすっかり変わってて、赤い目に緑っぽい髪になってた。
永遠と同じ日を繰り返して、俺の身体は徐々に衰弱して行っていたよ。
俺は限界を感じて、寺に行ったんだ。
力ある旅のお坊さんが建てたと爺ちゃんがよく言っていたからだ。
だから、藁にもすがる思いで行ったんだ。

お寺は、水の腐ったような、ヘドロに塗れたような臭いがしていて、吐きそうだった。
……目覚くん?  家に置いてきたよ、彼は人形みたいだったからな。
俺は効力があるか分からないお堂の鈴を鳴らして、祈った。
神に、仏に、そして目覚くんに、申し訳ないと思ってたから謝ったんだ。
その時にギリギリギリッて木材がえぐれるような音が背後からしたんだ。
振り返ったら鳥居のそばに何かいるのが分かった。
まるで和風の花嫁衣裳を着た妊婦だった。
蛇のような歪な形をした妊婦だった。
角が生えた鬼のような、蛇のようなーーそう、伝承にある龍神のような女だった。
バケモノだって思った、でも……ただのバケモノじゃなかった。

明星夢子だった。
あれは、明星夢子だった。

目覚くんの本体は夢子さんだったんだ。
夢子さんは鳥居を越えようと、ギリリギリリと力を入れて鳥居を掴んで進もうとしていた。
でも、何かに阻まれてるようで進めないんだ。
夢子さんは俺の名前を叫んだ。
美しい声だった夢子さんの声は、カラスの鳴き声のように醜かった。
腹が妊婦のように膨れてる理由もすぐに分かったよ、アレは卵を産んだんだ。
何を産んだか分からない、分かりたくないと思った。
俺はここで死ぬんだって思ったよ。
怖いけど、でも夢子さんに殺されるなら見捨てた事を許される気がしたんだ。

でも、運命とは時に残酷であり、自分の思うとおりには行かないものだ。
俺の元へと進もうとする夢子さんに、小さな影が抱きついたんだ。
それは俺も、夢子さんもよく知る姿……黒髪黒目の普通の目覚くんだった。
きっとあれは夢子が産んだ空想じゃない。
本物の明星目覚だったんだ。
目覚くんは振り返って言ったんだよ。

「いいよ、もういいよ」

ーー俺は気を失ってた。
目が覚めたら寺に居て、なにも残ってなかった。
家族、親戚、みんなもう亡くなってたんだ。
俺だけが生き残っている。
俺だけが残された。
逃げたあの日から、俺は逃げ続けている。
あのバケモノは今もきっと、この村の山の中にいる。

「いつの日か、この怨念は龍へと姿を変えて恨みを返すであろう。
その時まで、岩を動かしては行けない。
そして、龍を祓う手立てはない。
龍が祟るのではない、人がこの村を祟るのだ」

超自然学専攻、とある青年のボイスレコーダーより抜粋。


悪意も恨みも飲み込んで、女は龍を貪った。
善意も心配も飲み込んで、女は嫁を貪った。
罪ある者、罪なき者、皆貪って空想を産んだ。
これが祟りというのなら、人に祓えるものでなし。
これが龍だというのなら、人に祓えるものでなし。
この怪異が救われる方法はただ一つ、この世から喪った我が子の空想を産み続けるのみ。
紛い物を貪り尽くすのみ。
本物すら分からなくても、治す手立ては何もなし。


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