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夢のあと


『夢のあと』

きらきら、きらきら、かがやいて、きらめいて、あなたはわたしのこころのほしになりました。
わたしはうさぎ、ただのうさぎよ。
でも、おとぎの国のうさぎなの。
ゆめをみて、ゆめをみて、ほらみんな、みんなのくにのじょおうさま!
わたしはゆめの国のうさぎでもあるの、ゆめはかなえるもの。
みんな、みんな、わたしにちからをかして、ゆめをみて!
――わたしもほしに。

あるところに、暗闇に包まれた国がありました。
街並みは古めかしい石畳の道、レンガ造りの家、街灯はキラキラきらめくほしのランタン。
国の外の人々は、その国を夜の国と呼びました。
その国は常に夜で、住民たちは”ほし”と呼ばれていました。
地上の星、人々の夢を見る星、その国の住民はみな宝石で出来ていたのです。
その国の人々は永遠の眠りについていました。
その国の人々は、世界中の夢を夢の国に届ける役目を担っていました。

ーーでも、星は人に見られるものです。星を見て、物語を紡ぎ、そのきらめきを最後まで見届ける人が必要でした。夜の国が無くなったら困る国がありました。それは夢の国です。夢の国、おとぎの国とも呼ばれる国には夢から生まれた住民が多く住んでいます。夢を見てくれる人々が消えてしまったら、夢から生まれた人々は困ってしまうのです。なので祈ったのです、夢を見たのです。夜の国に、ほしを見守る王様が居たらなあ……。夢は叶えられました。しっとりとした輝きをもつ、真っ黒な宝石。職人の手によって磨かれた美しい女王陛下。夜の国で眠らないほしとして、星々を見守るほしとして、国が消えないように見守る。永遠の孤独と永遠の時間に縛られた、哀れな幼い女王陛下が生まれたのです。

   ひとりぼっちは寂しいな

夢を見ない女王の願いは、夜の暗闇に溶けて消えてしまいました。
一人ぼっちの女王陛下の為の城、誰も謁見に来ない王座の間、誰も見ることの無い美しい庭、全てが女王陛下のものでした。
星空の星を見上げて、地上のほしを見下ろすテラスで彼女は毎日言いました。

   ひとりぼっちは寂しいな

女王陛下の瞳から涙が一つ、それは地面に落ちる前にまん丸の美しい真珠になりました。
美しい真珠を見ても女王陛下の心は曇ったまま、晴れ渡ることはありません。
女王陛下は夢を見ないので、彼女の願いも夢の国に届かないのです。
女王陛下の夢は叶えられないまま、何年も何年も時が経ちました。
でも眠らない女王陛下には時間の経過が分かりません、ずっと夜のこの国では時間の経過が分かりません。
彼女は宝石だったので、見た目も変わらないのです。

ーーとても綺麗な満月の星空の日でした。
その日も女王陛下は一人ぼっちで王座に座っていました。
何も変わらない、変化のない日が待っているはずでした。
遠くの方から生き物の鳴き声が聞こえたのです。
この国では聞いたことの無い、生き物の声でした。
顔を上げると、城の門の開く音が聞こえました。
女王陛下が立ち上がると、王座の間の扉が1人で開きます。
すると、きらきらと、ほしたちとは違う、眩い輝きを持つ男女が入ってきました。
アゲハ蝶の羽を持ち、煌めく黄金の冠、ターコイズブルーの瞳とブロンドの髪の男性。
モルフォ蝶の羽、煌めくプラチナのティアラ、ロイヤルパープルの瞳とシルバーブロンドの髪の女性。
キラキラと鮮やかな彩りで、命の息吹を感じさせる風貌の二人は生きている人でした。
宝石である女王陛下は生きているとは言い難く、人間によく似せて作られたオブジェのようです。

「ーー突然の訪問をお許しくださいね、クインジェット、成人の祝いに来ましたの」
「君に会うのは初めてだけど、僕たちの国は君の国の住人たちにお世話になっているからね……おめでとう、ジェット」
「もう!  ピーター!  クインジェットに失礼でしょう、ごめんなさいね、我が国の陛下は少しダラしなくて……」
「そういうティアも恋で暴走しがちじゃないか!」

くるくると表情を変えて言い争う男女、この国では見られない光景に女王陛下は首を傾げた。
成人の祝い、そう言われてもピンと来なかった。
時間の流れなど感じたことがないからだ。
首を傾げたことで男女から視線が外れた女王陛下は、小さな子ウサギのぬいぐるみが見上げていることに気づいた。
目が合うと子ウサギは飛び上がり、女性のドレスの裾に隠れた。
女王陛下はこの時に生まれて初めてぬいぐるみを見ました、赤いボタンの瞳が可愛らしいピンクのウサギでした。

「ーーごめんなさい!  祝いに来たのにはしたない真似を……申し訳ありません、夢を見てくれて本当に助かっておりますの」
   そうなの……わたしは、夢を見たことがないから分からないけど
「まあ! 夢を見たことが無いの? それはどうして?」
 眠ったことが、ないから……

女王陛下がそう言うと、おとぎの国の陛下と王女は驚いた顔をした。
彼らは生きているので、睡眠は必要なのです。
でも女王陛下は人によく似た宝石なので、眠ることも食べることも呼吸もしません。
心はあるのに、人と同じように生きられないのです。
それに女王陛下は願われて生まれ、この国を見守るためのほしなので、他のほしとも違ったのです。
だから女王陛下は一人ぼっちなのです。

「ずっと眠らずに、ずっとここでみんなを見守っているのかい?」
 見守る……そう、そうなの、守る
「兵士もいない、使用人もいない、大臣もいない、こんな寝息だけが囁く国で星たちを一人で見るのは寂しいだろう?」
 寂しい……そうだね、うん……寂しい、一人だけはいや……
「そうだろう、なら……僕らの国から定期的に大使を送ろう、君が気に入ったのならおとぎの国からの大使としてこの国に置いても良い」

女王陛下は大使という存在を知りません。
ですが、誰かが遊びに来てくれるのは嬉しいことだと思ったので、陛下の提案を受け入れました。
少し歓談をして、おとぎの国の陛下と王女は帰ることにしました。
女王陛下は見送るために、陛下と王女を城の外まで送ります。
そこには白馬が引く馬車と頭のない使用人が立って待っていました。
白くて綺麗な馬は女王陛下に頭を下げます。
使用人は頭がないので、大袈裟な動きで女王陛下にもわかるように礼をしました。
おもてなしが出来なかったことを女王陛下が謝ると、おとぎの国の陛下と王女はこちらこそ突然の訪問で申し訳ないと謝りました。
女王陛下は人が来てくれて嬉しかったので、その無礼を許しました。
そして馬車に乗り込み、二人はおとぎの国に帰っていきました。
女王陛下は手を振って見送りました。
そして、シーン……と耳を刺すような静寂が辺りを包み込みました。
女王陛下はまた一人ぼっちになってしまったのです。

  やっぱりひとりは怖い……。

女王陛下は静けさに耐えられなくなって、耳を塞いで蹲りました。
自分の動いている音を聞いて、気を紛らわそうとしたのです。
でも、涙がポロポロと流れて真珠に変わり地面を跳ねました。
その時です、どこかに隠れていたぬいぐるみの子ウサギが出てきて、女王陛下の涙を拭ったのです。
涙が真珠に変わる前に、ふわふわの綿が入った手で涙を拭き取ります。
女王陛下はまっ黒で大きな目をパチクリと瞬き、その柔らかさと暖かさにまた涙が滲みました。
子ウサギは女王陛下の目元が赤くならないようにポフポフと拭ってあげました。
女王陛下は嬉しくなって、子ウサギをギュッと抱きしめました。


暖かくて、柔らかい、この国にはないもの。
女王陛下は子ウサギを大好きになりました。
子ウサギも女王陛下が大好きになったのです。
きらきらと輝くほし、初めて見た地上の星。
子ウサギはぬいぐるみなので喋れませんが、女王陛下が分かるように身振り手振りで感情を伝えました。
女王陛下も宝石なので、人の言葉を喋ることはできません。
おとぎの国の陛下と王女は妖精なので、女王陛下の言っていることを理解できたのです。

そして二人はすぐにお友達になりました。
女王陛下は子ウサギを抱いて国を案内しました、綺麗な庭も、テラスも使うことのない寝室も、全部見せてあげました。
たまに来るおとぎの国の大使も一緒に、色々なお話や遊びをしました。
女王陛下が知らないことを、いっぱい、いっぱい教えてくれたのです。


女王陛下は一生分の幸せを感じて、いつか一緒に夢の国に行こうねと子ウサギと約束をしてーーそして、王座に座ったまま女王陛下は眠ってしまったのです。
子ウサギはとっても慌てました。
女王陛下が眠るなんて初めてだったからです。
体を揺さぶっても、何をしても目覚めません。
子ウサギは女王陛下に抱き着くことしか出来ませんでした。

ーー女王陛下は夢を見ていました。
初めて見る夢です。
太陽が登り、色とりどりの花が咲き、美しい蝶々も飛んでいて、生命に溢れていました。
でもそこに子ウサギは居らず、女王陛下は急いで子ウサギを探しました。

  一緒にお花をつみましょう、一緒に教えてもらった花冠を作りましょう、そして日向ぼっこするの。
  あなたと一緒にゆめの国に行くって約束したでしょう?

ここは夢の中、でも夢の国ではないのです。
女王陛下は思いました。

  夢なんていらない、子ウサギさんのいない夢なんていらない。
  早く、早く目を覚まして!  私は眠らないのに!  きっと心配してるわ!

本当は眠らない女王陛下、なのに眠っているという矛盾に彼女は混乱していました。
女王陛下は夢を持ってしまったのです。
それは小さな夢、子ウサギと夢の国に行くという夢です。
でも、それは叶わない夢なのです。
なぜなら彼女は夜の国の女王陛下、地上のほしを見守るために生まれ、見届ける運命を背負って生まれたほし。


夜の国から離れることは許されないのです。
女王陛下は願うように叫びしました。

  もう遊ばない!  ちゃんと王座にいるわ!
  わたしはほしとゆめを守るこの国の女王!
  だから、だからお願い……目を覚まして!
  子ウサギさんとほしが待っているのよ!
  お願いよ、神さま……この名前に誓うわ。

その時、女王陛下の頬に見えなくて、冷たくて硬いものが何個もぶつかりました。
ほしが泣いているのだと思った女王陛下は手を伸ばしました、子ウサギがしてくれたように、涙を拭ってあげました。
真珠に変わる前に、涙を拭ってあげました。
子ウサギがしてくれたように。
そうしたら、ギュッと誰かが女王陛下を抱きしめてくれたのです。
大きな大きな体で、不思議と安心できて、とても暖かいのです。
女王陛下の目から涙が落ちました。

ーーそれは真珠に変わり、カチンと音を立てました。
その音で女王陛下は目を覚ましました。
周りのものは埃を被っていて、城の扉はぴったりと閉じられていました。
ほしのランタンがきらきらと輝いて、ほしのシャンデリアが王座を照らしていました。
女王陛下はまた涙がぽろりとこぼれました。
女王陛下の目の前にいたピンクダイヤモンドのウサギが涙を拭ってくれました。
もうふわふわな体はどこにもない、それでも女王陛下には分かりました。
子ウサギはほしになったのです。
女王陛下の代わりに、ほしを見守るほしに。
ほしになった子ウサギ……ピンクダイヤモンドのウサギの騎士。


ピジョンブラッドのルビーの目をした、ピンクダイヤモンドのウサギ。

  わたしが、ウサギさんをほしにした。
  わたしが眠ってしまったから、ウサギさんはほしを見守るためにほしになった……。

ぽろりぽろりと涙が溢れて止まりませんでした。
しばらくウサギの騎士は女王陛下の涙を拭ってくれていました。

でも、現実は残酷でした。
ほしは、みんな眠りにつくのです。
一人を残して、みんな眠りにつくのです。
しばらくは涙を拭ってくれていたウサギも動きを止めて、眠りにつきました。
女王陛下は大好きなウサギさんに抱きついて泣きました。
王座の周りが真珠でいっぱいになるほど、たくさん泣きました。
ウサギのダイヤモンドの体にぶつかって、カチンカチンと音を立てます。
まるで時間を刻むように、女王陛下の大きな黒い瞳から零れ落ちた涙を受け止めるものはいません。
きらきらした涙は誰にも受け止めて貰えず、地面に散らばる真珠はまるで泡沫の夢を表しているようでした。
夢なんていらない……そう言ったことを後悔しました、女王陛下の夢はウサギと一緒にいることだったのです。

  ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
  ウサギさん、長い間ずっとひとりぼっちにしてしまってごめんなさい。
  ウサギさん、あなたをほしにしてしまってごめんなさい。

どれほど泣いたのでしょう、どれほどの時が経ったのでしょう。
女王陛下には分かりません。
しばらくして誰も開けることがなかった城の扉が開いたのです。
そこにいたのは女王陛下の成人を祝ってくれたおとぎの国の陛下と王女でした。

「まあ! 真珠がこんなに……ずっと泣いていたのね」
「忙しくて突然の訪問でごめんね、君の夢を叶えに来たんだ」

女王陛下は訳が分からなくて、首を傾げました。
真珠の山を縫うようにして、王女が女王陛下に近付きました。
そして王女はふわふわのハンカチで、女王陛下の顔を拭ってくれたのです。
――子ウサギと同じ匂いがして、女王陛下の目にまたじわりと涙が滲みました。

「悲しまないで、泣かないでクインジェット、その子はわたくしたちの国の民……本物のほしには成れないわ」
「そうとも! 夢を失ったとしても、夢はまた見れるものだよ、たとえ起きていてもだ!」

そう言った陛下が指を振りました。
すると、指の先にきらきらと金色の欠片が零れ落ちて、眠ってしまったウサギに降りそそぎます。
金色の欠片のきらきらがウサギの中に入って、ウサギもきらきらと輝いているようでした。

「君の夢を叶える、でも……完全な形で叶えることはできないだろうね」
 ……どういうこと?
「それは彼女のお願いごとを叶えないということになるからさ、二人の夢を叶えてこそ夢の国の王様だろう?」

「さあ目を覚ますと良い、ダイヤの兎の騎士よ!」陛下はそう言って、ぱちんと指を鳴らしたのです。
すると、ゆっくりと、ぎこちない動きで……ウサギの騎士は動いたのです。
ウサギが本当に目を覚ましたのです。
ウサギは立ち上がって、抱きついていた女王陛下はウサギに抱えられて視線が高くなりました。
陛下と同じくらいの視線の高さでした。
女王陛下を抱っこしたまま、ウサギは陛下に礼をしました。
陛下と女王は笑っていました。

「おとぎの国の大使として、この国に置いておく大使は決まったね」
「ラビットナイトさん、きちんとクインジェットを守るのですよ」

こうして、一人ぼっちだった女王陛下は一人ぼっちじゃなくなったのです。
城の掃除はウサギの家族がしてくれて、王座に座る女王陛下の隣にはこの国で一等にきらきらとかがやく騎士が立つようになりました。
女王陛下の名前はジェット、とても希少な黒い宝石なのです。
そして彼女は……ラビットナイト、ピンクダイヤモンドとピジョンブラッドルビーのとてもとても希少な宝石なのです。
女王陛下の夢のかたち、もう眠ることのない女王陛下のゆめのすがた。
おとぎの国からやってきた、女王陛下を守るために来てくれた立派で素敵な騎士。

そして、はじめてできた大事なお友達なのでした。

あとがき。
ウサギの騎士、描くのがとても大変でコピーで量産してしまいました…。
もっとダイヤモンドらしい輝きにしたかったですね。
機会があったら同じ世界観で、違う国の話も書きたいですね。
設定としては死んだほし(夢を見られなくなった)を磨く職人さんがゆめの国と夜の国の間に住んでいて、時折ほしを磨きに来ていたりします。
墓守さんと呼ばれていて、妖精には嫌われています。
鉄なので。

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