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黙示録「2」盲目。

最近、物事に関心が無いのか・・・。
物事や人の事を見ていない。見えていない者が増えているように感じる。
個性は、少数派とよくはき違えているが、それは全く違う事に気が付いている者も少なくなってきている。
特徴と個性は似ているがそれも違う。
個性とは「個人の性質」である、そこから見誤ると大きな溝が出来てきたりもする。

まず、自分自身と他人は全く違う生き物である事を大前提に、接する事が大切だ。
今は、喜怒哀楽を表に出す人は少ない。いや偽りの喜怒哀楽を出している人が多い。
素直と愚者の違いは知っておいた方がいい。
人を単に疑えと言っているのではなく、相手を観察し発見する事が大事であると私は思っている。
勉強も人間関係も、予習復習が大切になってくる。
まず、ある程度の情報の中から、相手を想像する。そして対峙して疑問に感じた事は、あとから学び直す。

人のあらを探せる人は、ある程度は相手を見ていると思う。同様に、人の良い所を見つけるのが上手な人もある程度は相手を見ていると思う。

ある程度のレベルなら、そこだけしか見れない者は本心まで見極めれない。

逆に巧みな物は、それを察すればそれを利用して誘導し、演じ始める。
演じている人が本心を伝えるだろうか?
まずは、前後左右、上から下、奥行きをみて自分の位置から確認する事が大切だ。
自分の位置と相手の距離が、ある程度分かればだいたいの事は気づく事が出来るようになる。
まず、そこから見ていく。そして癖、全く隙のない人もたまにいる。その時は自分から話しかける。
すると、反応と体の動き、相手の目線でどのぐらい長けている人物いかが分かるようになる。

インターネットの普及により、相手の情報が乏しくなった。
テキストでのやり取りにビデオチャットもそうだ、オーバーリアクションぐらいしないと、伝えられない事が増えてきている。
すると実際、相手と対峙した時に些細な事を見落としがちになる。
そうやって、人は盲目になって行き。

本来、あからさまな事さえ見えなくなり。
だんだん、回避できる事すら回避できなくなる。
それは、お互いさまで理解力が落ちて行き傷つけ合い敵視し始め、なんでもない事で争いが起き抹殺し合うように成る。

そして、皆が殺人鬼になる事となると考えられる。
人を殺すには、刃物が要らに時代の新しい人の殺し方の様に私は思うのであります。

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