十月は再開のはじまり。(ショート)
「見つけた!卯美健!君はあの”ウサミケン”でしょ!?」
「‥‥違います。人違いじゃないですか?」
「いや!間違いないわ!他の人間の目はごまかせても、私には通用しないわ!あなたはあの”卯美健”よ!私にはじめて土をつけた男」
「‥あの、変な誤解を受けるので、静かにしてもらえますか?」
「『孤高のサラブレット』『ピアノラビット』。そして『消えた天才』。その端正な顔立ちからは、『ピアノの妖精』とも呼ばれていたわね?あなたが載っている雑誌は全て買ってあるの。今でも家に、全冊保管してある。ほら、メガネなんか外して顔を見せなさい?何そのボサボサの髪型は?顔がよく見えないじゃないの?」
「すみません、メガネ、返しもらっていいですか? あと、髪も触らないでもらえると助かります」
「あなた、どうしてコンクールに出なくなったの?ピアノは?あれから続けてるの?」
「‥関係ないでしょ。あなたには」
「大いに関係あるわ!私は!‥貴方のおかげでピアノをやめられた。あなたの演奏が圧倒的すぎて、私の親やレッスンの先生の期待を粉々に打ち砕いてくれた。私よりも先に大人が匙を投げたってわけ。そこから私はサッカーに転向。今では押しも押されぬ学校のエースストライカーとして大活躍。巷では世代別の代表候補に選出されるのではないか、と言われているほどよ。‥ちょっと!待ちなさい!」
「あの、何が言いたいんですか?」
「要するに‥‥”ありがとう”ってことよ。”今”の私があるのは、あなたのおかげよ。ずっと、それが言いたかったのよ」
「‥‥‥」
「まあ、結果オーライだっただけだけどね。確かに君が危惧しているように、君をよく思わない人もいるだろうけど」
「‥‥」
「でも、”だからどうした?”って話よ!」
「『だからどうした?』‥」
「そう。君が彼らに負い目を感じていても、そんなの誰にもどうしようもないわ。問題は貴方が”投げ出した”ことよ」
「俺は、俺なりにいろいろ考えて‥」
「他の人の気持ちを考えたことある?あの時、君にコテンパンにされた人たちは、みんな思ってる。『何でピアノやめたんだ?』って。『お前がやめちゃったら、諦めた俺たち・私たちが馬鹿みたいじゃないか?』って。みんな怒り心頭よ!‥もちろん、私もその一人」
「そんなこと言われても、俺にどうしろって言うんですか?」
「続けなさい!続けるの。周りが羨むほどの才能を持った者は、持たざる者が『アイツなら仕方ない』って白旗を挙げたくなるほど、輝くのよ。悲しみに打ちひしがれようと、不断の努力を重ね、たまに充実感という賜物を得て‥そうやって生きていくのよ」
「俺に選択権はないの?」
「ないことはない。けど、やめるなんて私が許さないわ」
「どうして?」
「だって、あなたのピアノは”最高”だったもの」
「‥‥」
「それ以上の理由が要る?」
「‥そんなの、詭弁だ。みんなが許してくれるわけがない」
「それは貴方が考えることじゃないわ。どのみち立ち直るのは、その人次第なのよ。自分の才能の有無に悩んでも、圧倒的な強者に打ち負かされても、どんな道を選ぶのかは、結局その人次第なのよ」
「君はカウンセラーか何か?」
「いや、私は貴方のマネージャーよ!」
「‥うん?」
「私が貴方に相応しいステージを用意したわ。来月行われる文化祭に、貴方の出場が決定した」
「‥‥よくわからないんだけど?」
「さっき生徒会に、貴方の名前で、出場するための用紙を提出してきた。無事に受理されたわ。だから貴方は文化祭のステージに出るの。そこで、貴方はピアノを弾く。遺憾無く、実力を発揮なさい!」
「‥‥いや、詐欺師じゃねえか!文書偽造だ!」
「ねえ、どこ行くの?」
「キャンセルだよ!生徒会に行って、そんなもの今すぐに取り下げてもらってくる」
「無駄よ。貴方の出演は揺るがないわ。貴方は必ず文化祭に出て、ピアノを弾く」
「勝手に言ってろ。じゃあな」
「”清井桜子”」
「‥‥‥‥」
「随分仲が良さそうね?新学期早々、駅のホームでイチャイチャしちゃって。もしかして、付き合ってるのかしら?」
「‥それは、断じてない」
「でも、ファンの人はどう思うのかしら?『あんなにウブな女の子も、やっぱり、裏ではやることはやってるんだ』ってショックを受けるんじゃないかしら?」
「‥盗撮だ」
「心外だわ。景色を撮ってたら、たまたま写ってただけよ。さて、どうする?この画像がネットに流出すれば、彼女のアイドル生命は、デビュー前に終わってしまうかもしれないわね?」
「クソ‥」
「そんな言葉遣い、私にしていいのかしら?この画像がうっかりSNSに流失してしまうかもしれないわ~」
「くっ‥‥ぜひ、弾かせてください」
「わかればいいのよ、わかれば。やっぱり貴方、悪くないわ。話が早い人は助かる」
「‥君は一体、何者?」
「さて、本番に向けて練習するわよ。貴方のお家に行く?一応私の家にもまだピアノあるけど?」
「そんなこと言ったって、君の家のピアノ、随分調律されてないんだろう?」
「そんなことないわ。だって、私今でも弾いてるもの」
「‥へえ」
「ふっふっふ。世界をあっと言わせるわよ」
「???。ただの文化祭だろ?」
「ふっふっふっふっふ」
「‥まだ何か企んでそうだな」
to be continued ‥?
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