【論文レビュー】システマティックレビュー:心理的安全性
今回は、心理的安全性についてまとめているレビュー論文を取り上げたいと思います。
Googleが重要性を説明していることや、様々な関連ビジネス書が書店に並んでいることで、”組織にとってあったほうが良い”という認識がある心理的安全性ですが、具体的にどのようなものなのか見ていきましょう。
参考論文
Newman, A., Donohue, R., & Eva, N. (2017). Psychological safety: A systematic review of the literature. Human Resource Management Review, 27(3), 521-535.
ざっくりまとめ
・職場環境における心理的安全性に関する1990年〜2015年の先行研究83件からなるレビュー論文である
・心理的安全性の先行要因:①支援的リーダーシップ行動、②支援的な組織慣行、③関係性ネットワーク、④チームの特徴、➄個人差 がある
・心理的安全性が高まることによる成果:コミュニケーションの改善、知識共有の促進、学習行動の向上、パフォーマンスの向上、創造性とイノベーションの促進、従業員の態度(組織コミットメントやワークエンゲージメント)の向上
・これまでの先行研究のテーマは先行要因・調整要因や成果に限られており、理論的モデル構築は今後の課題である
どんな内容?
このレビュー論文では、心理的安全性に関する先行研究から、主に以下の内容についてまとめています。
心理的安全性の定義と測定方法
心理的安全性の先行要因、調整要因
心理的安全性の成果
限界
1. 定義と測定方法
心理的安全性という概念自体は、Schein & Bennis(1965)が行った組織変化に関する研究から始まっている
現在の主要な定義:「職場において、チームが対人関係のリスクをとっても安全であるとメンバー間で共有された信念」(Edmondson, 1999)
Edmondsonの定義は、「自己イメージや地位、キャリアに対する否定的な影響を恐れず、自己を発揮し活用することに抵抗がない個人の認識」(Kahn, 1990)という個人レベルの定義からチームレベルに発展した
この定義において、心理的安全性が高い職場環境(チーム)とは、具体的に以下の状態である
- 自分自身を表現することや自身の考えが否定されない
- 同僚の能力を尊重する
- 他のメンバーに対して肯定的な意思を持つ
- 建設的な対立や対話ができる
- リスクを取って実験しても安全である
Edmondsonは組織学習の研究者です。彼女の代表的な研究については、ぐっちが以下の記事でまとめています。
主要な尺度としても、Edmondsonが質的研究に基づいて開発した7項目の尺度(1999)が使用されている。設問にはチームにおける認識を把握する項目が含まれている
その他にも、管理者に焦点を当てた尺度 (Tynan, 2005)、(Detert and Burris, 2007)、(Roussin and Webber, 2012)や上司重視と同僚重視の尺度(Hetzner et al., 2011)などがあるが、妥当性確認試験を行なっている点で、Edmondsonの尺度の信頼性が高い
2. 心理的安全性の先行要因
先行要因に関する実証研究は44件確認されています。それぞれの研究で組織、チーム、個人レベルでの検討が行われていますが、組織レベルが2つ、チームレベルが42、個人レベルが29と検証数にはばらつきがあります。先行要因は次の5つです。
1.支援型リーダーシップ行動
個人レベル:リーダーの包括性 (Bienefeld&Grote,2014; Carmeli et al, 2010)、信頼性(Madjar & Ortiz-Walters, 2009)、開放性(Detert & Burris, 2007)、および行動の整合性(Palanski & Vogelgesang, 2011)が心理的安全性の認識に強く影響し、発言行動(ヴォイス)、創造的な仕事への関与、パフォーマンス、エンゲージメントなどの従業員の成果につながる
チームレベル:チームリーダーによるサポートやコーチング (Edmondson, 1999; Roberto, 2002)、リーダーの包括性 (Hirak et al., 2012; Nembhard & Edmondson, 2006)、リーダーへの信頼 (Li & Tan, 2012; Schaubroeck, Lam, & Peng, 2011)、リーダーの行動の整合性 (Leroy et al., 2012)が心理的安全性を通じて、チーム学習行動、チームパフォーマンス、品質改善作業への関与、チームメンバー間のエラー削減といった成果を促進する
こうした支援型リーダーシップ行動は、従業員が職場で意見を表明しやすい環境を作る。
変革型リーダーシップ(Nemanich & Vera, 2009)、倫理的リーダーシップ(Walumbwa & Schaubroeck, 2009)、変革志向のリーダーシップ(Ortega, Van den Bossche, Sanchez-Manzanares, Rico, & Gil, 2014)、およびシェアド・リーダーシップ(Liu et al., 2014)といった積極的なリーダーシップは、組織の変革や革新を推進し、従業員が積極的に参加することを奨励する点で重要である。
2.支援的な組織慣行
個人レベル:知覚された組織支援(POS)(Carmeli & Zisu, 2009)、メンタリング(Chen et al., 2014)、多様性の実践(Singh et al., 2013)などの支援的な組織慣行が心理的安全性の認識を高め組織コミットメントや職務遂行能力を向上させる
3.関係性ネットワーク
個人レベル:同僚との良好な関係や、組織メンバーが相互に対人関係を築く程度が、心理的安全性の媒介メカニズムを通じて個人の学習やエンゲージメントに影響を与える(Carmeli & Gittell, 2009; Carmeli et al., 2009; May et al., 2004)
チームレベル:チームメンバー間の事前の相互作用レベルや親密度(Roberto, 2002)、信頼による社会的関係の質(Brueller & Carmeli, 2011)、ネットワークの絆や集団的思考 (Gu, Wang, & Wang, 2013; Huang & Jiang, 2012; Schulte, Cohen, & Klein, 2012)、チーム内で影響力のある核心メンバーのグループへの所属 (Burris, Rodgers, Mannix, Hendron, & Oldroyd, 2009) が心理的安全を促進し、チームの学習やパフォーマンスに寄与する
組織レベル:組織のメンバー間の社会的ネットワークの強さが心理的安全性の発展を通じて失敗から学ぶ能力と正の関係がある (Carmeli, 2007)
4.チームの特徴
個人レベル:チームメンバー間のシステム理解の類似性の認識(Bendoly, 2014)や継続的な品質改善風土(Rathert, Ishqaidef, & May, 2009)が心理的安全性を高め、プロジェクトパフォーマンスや組織コミットメントに影響を与える
チームレベル:チーム報酬の共有(Chen & Tjosvold, 2012)、公式なチーム構造(Bresman & Zellmer-Bruhn, 2013; Bunderson & Boumgarden, 2010)、バウンダリーワークへのチームの関与(Faraj & Yan, 2009)が心理的安全性と正の相関がある
チーム内に強いフォルトラインがあると、チームメンバー間でより高い心理的安全性が生じる (Lau & Murnighan, 2005)
チームメンバーが悪い投資決定に対して全員で責任を負う場合、心理的安全性が高いと「失敗を認める勇気」を得られる。一方、個々のメンバーがそれぞれの責任を負う場合には、心理的安全性の高さが「決定に固執する原因」になる(O'Neill, 2009)
5.個人差
同僚規範の遵守や自意識の高さ(May et al., 2004)、地位の違い(Bienefeld & Grote, 2014; Nembhard & Edmondson, 2006)、順序認知スタイル(Post, 2012)などが心理的安全性に関連する
地位特性理論に基づき、個人のポジションやチームの地位が高いほど、心理的安全性が高まり、発言時に安心感を持ちやすくなる
心理的安全性が成果に対して調整要因となるのは、以下のものです。(図の上部)
組織レベル:プロセス革新と収益性 (Baer and Frese, 2003)
チームレベル:専門知識の多様性とチームパフォーマンス (Martins et al., 2013)、地理的分散とチームイノベーション (Gibson and Gibbs, 2006)、倫理的でない行動(Pearsall and Ellis, 2011)、タスクコンフリクト(Bradley et al., 2012)、チームの多様性 (Kirkman et al., 2013)、安全優先度 (Leroy et al. ,2012)
さらに、心理的安全性と成果の間の調整要因としては以下の要因があります。(図の下部)
チームレベル:職務環境 (SannerとBunderson,2013)、自信 (Siemsen et al., 2009)、コンフリクト (Kostopoulos&Bozionelos,2011)
個人レベル:組織への同一化 (Roussin&Webber,2012)、組織ベースの自尊心、義務感 (Liang et al., 2012)
3. 心理的安全性の成果
コミュニケーションと知識共有:心理的安全性が高いと、治療エラーの報告や知識共有が促進される
心理的安全性が治療エラーの報告を増加させた(Leroy et al., 2012)
リーダーが開かれた姿勢を持つと、心理的安全性が高まり従業員はより多くの意見を述べやすくなる(Detert and Burris, 2007)
学習行動:心理的安全性が高いと、個人およびチームの学習行動が向上する
心理的安全性がチーム学習を促進させた(Liu et al., 2014)
パフォーマンス、イノベーション、創造性:心理的安全性が高いと、個人およびチームのパフォーマンス、イノベーション、創造性が向上する
心理的安全性がチームパフォーマンスを向上させた(Schaubroeck et al., 2011)
4. 限界
これまでの研究の限界もいくつか示し、今後の心理的安全性研究の課題と提案をしています。
これまでの研究が先行要因と結果に焦点を当てており、結果に影響を及ぼすプロセスやその境界に関する理論的見解がまだ得られていない。以下の2つの理論をベースとして、その問題を解決できる可能性を示唆した
1. 資源保存理論:個人や組織は、リソースの獲得と保護を優先し、その喪失を避ける行動をする
2.特性活性化理論:パーソナリティ特性は、特定の状況下で強く活性化される
筆者は、以下の図のように、支援的な職務資源から始まり、心理的安全性が高まることで、ストレスの軽減と健康が促進され、結果として様々なポジティブな成果が得られるという理論モデルを提示しています。
その他、心理的安全性の測定方法の改善、文化的影響、心理的安全性の悪影響、マルチレベル(組織、チーム、個人レベル)の相互効果についてもさらなる研究が必要である
学び
心理的安全性には、様々な先行要因があり、それらが組織・チーム・個人レベルで関連していることがわかりました。特に、リーダーシップはチームの心理的安全性に大きな役割を果たすことがわかり、各研究詳細を見てみたいと思います。また、関係性ネットワークにおいては「一軍メンバーグループにいること」も先行要因というのが面白く思いました。
今後研究が進む理論モデル構築においては、高次のレイヤーへの影響(例えば2者間の心理的安全性がチーム全体にはどう影響を及ぼすかなど)が興味深いと感じました。
レビュー論文のまとめ、大変でした!w
元気がある時に図を日本語に差し替えます。