自叙伝風小説42ヘッズアップ編
関谷さんとのヘッズアップから一度ブレイクを挟んでしばらく。
順当にショートスタックの女性はリタイアとなり、僕はキャップを被った青年と勝負していた。
彼はイスラエルの人間で、ライブポーカーを嗜む者なら知っているだろう。
W S O Pのブレスレットも持っているし、さまざまな大きい大会で優勝もしている。
少し前にはなるがW S O Pのブレスレット獲得時は5000万くらいの賞金も取っているまごうことなきトッププレイヤーだ。
その実力に恥じないくらいにきちんと最初からチップを稼いできていたし、こうしてヘッズアップになると彼の実力は痛いくらいに感じていた。
もしかしたら実力だけで言えば僕より上かもしれない。でも、今日はしっかりと戦えているしチップの有利はある。だけどダラダラやっていてはその差も詰められてしまう。
実際に何度も繰り返すうちに少しずつチップの差は無くなってきていた。
そもそもポーカーにおいてヘッズアップとそうでない場合は全く違うゲームと言われている。
当たり前ではあるが自分のハンドが平均以上であれば相手より強いハンドであると言う確率は50%以上あるのだ。
そしてお互いが常にS BかB Bをすることになるし、トーナメントではブラインドがかなり大きくなってきてしまう。いつまでも消極的に降りていてはジリジリ負けるだけなので大半の手でどんどん勝負することが多くなり激しくならざるを得ない。
おかげで今までよりも相手のプレイがよく見えるのだが、見れば見るほどやはり強いとわかってしまうのだ。
そしてヘッズアップになってから何度目か分からないハンド。
♤A♧5が入った。
Aが入った時点で勝負することは前提に考えなければならない。
そう考えていると相手はレイズを仕掛けてくる。2B Bほどだがもうそれも安くはない。
Aはあるしストレートの絡みもありえない訳ではないので僕はコールしてチップを投げた。
フロップは♢9♡9♢10。近いところに固まったようなカードだ。
ダイアのスーテッドであればフラッシュドローだし、9があればトリップス。10があったらツーペア。9と10であればすでにフルハウスも出来上がる。
僕にとってはというと全くもって嬉しくないカードだった。
ストレートもフラッシュもありえない状況で、思わず舌打ちをしてしまいたくなる。
とりあえずチェックすると相手も間髪入れずにチェックを返してくる。
ターンは♧6。これでコミュニティカードでフルハウスができるというお茶濁しは無くなってしまう。まぁ元々そんな低確率はありえないレベルなのでそれはいい。
だがそれを差し置いてもかなりきつい勝負になってしまった。
最高に手が進んでも相手を上回るては少ない。
勝つポイントはキッカー勝負だろう。そこに関して言えばAがあることは結構な嬉しいポイントではある。
相手がK QなどでもA一枚で勝てるのだ。まだまだ諦めるほどではない。
テーブルを叩くと相手もすぐにチェックを返す。相手もそこまで勝負手ではないのかもしれない。
そしてリバーは♡5。
僕は少し手が進んだことになる。
ツーペアでキッカーはA。5のペアというのは気にはなるが十分戦える手ではある。
相手がフルハウス、ストレートの可能性はあるにはあるが、ほとんどの場合ターンでそれは完成している。なのにチェックしてくるのは考えにくい。
唯一59の場合リバーでフルハウスなのだが、その場合最初からレイズするだろうか。ヘッズアップとはいえそれも考えにくい。
ターンまでを見るとそこまで手が進まなかったのだろうという想像はできる。K QやQ Jという手だった場合は勝てるが、ペアだった場合数字によるがだいぶ厳しい。
難しいなぁ、と口の中で音に出ないように呟きながらもここは強気に行くか、と僕はチップを手に取った。
ポットの半分ほどのベットに対して相手もコール。
59のツーペアでAキッカー。まぁ無理じゃないか、と言い聞かせながらカードを表に向ける。
すると相手はチラッと確認しただけですぐにカードを裏向きに捨てた。
とりあえず久々にちゃんと勝ったということだ。
激しくないが大きなポットを獲得できて頷きながらまた次のカードを待つ。
次は♧J♧10。ヘッズアップではかなり嬉しいハンドだ。
ヘッズアップでなくてもポジションによってはレイズできるようなハンドだ。
かなり有利とは言えるだろう。
僕は2B Bのレイズを仕掛けると相手はさらに上乗せてリレイズを仕掛けてくる。
だがここで降りることは無いので僕はノータイムでコールした。
そしてフロップは♧5♧7♢10。
僕は思わず頷いてしまい慌てて表情や仕草を抑え込んだ。
フラッシュドローであるし10もペアになった。これはかなり抜け出したと見てもいいだろう。
そこで相手がポットの25%ほどの安いベットを仕掛けてくれ、僕はまたすぐにコールした。
レイズしてもよかったかもな、と思いつつ後でチップを出させる判断だから間違っては無い、と言い聞かせつつターンを待つ。
カードは♤5。
これでコミュニティにペアができた。
僕は今最低でツーペアが確定しているし、クラブが出ればフラッシュ、5か10が出ればフルハウスだ。Jが落ちても少し強いツーペアになるというところでも悪くはない。
チップを出させるために仕掛けるのはリバーにするか、と考えていると相手がチェックしてきたので、僕もそれに乗るようにチェックを返した。
そしてリバーは♡A。
あまり落ちてほしくはないカードではある。相手がとりあえずAがあるからとリレイズしてきていた場合僕のツーペアより強いことになってしまうからだ。
だがこの状況において10のツーペアは十分戦えるハンドではある。
降りることは無いだろうが少し少なめのベットを仕掛けると相手は少し悩んだ。
フォールドするかどうかだろうが諦めたように笑ってコールする。
そして相手がショウダウンしたのは♢K♢Q。
僕は思わず目を細めてしまった。
今回に限っては相手が思うようなカードが出てこず僕の勝ちにはなったがハンドだけで見れば僕より上だったことになる。
かなりヘッズアップだから有利かと思っていたのだが、意外とそういうこともないことに気が付き、僕は油断していた、と首を思い切り振った。
少しでも油断すればこの相手にはすぐ負けてしまう。だからこそしっかりと考えなければ。
そして細かい勝負を数ハンド繰り返した後、僕に♤8♤9が入ってきた。
数字は大きくはないがスーテッドで順番する数字だ、悪くはない。
安めに2B Bのベットを仕掛け様子を見ると、彼はすぐにコールを返してきた。
フロップは♤A♤Q♡7。
かなり良いのではないだろうか。ストレートには2連続で引かないといけないだろうが可能性は0ではない上、フラッシュドローである。
相手がチェックしてきたところで僕はさらに安く1.5B Bほどのベットを仕掛けると相手もそれにコールを返してくれた。
あとは♤が出るかストレートに伸びてくれるか。
祈るようにターンを見ると落ちたのは♧J。悪くない。
10が出れば、というストレートドローになって手は進んだことになる。
だが現状ハイカードであることは事実なので難しいところではある。
うーん、と腕を組みながら考えていると相手はまたチェックを返してきた。
僕の今置かれている状況をざっと見つめ直す。確率だけで見れば勝てる勝負とは言い切れないからだ。
現状のハイカードで終わるか、ワンペアで終わるかの可能性で7割近い。
だが四分の一程度ではあるがフラッシュとストレートの可能性も残っているのだ。
それに、今日は僕の流れもある。確率や数字が不動なものということはわかっているが、それだけで終わらないのも勝負の世界だとは思う。
そう考えながら僕はチップをつかみ、一気に8B Bほどのベットを返した。
そして相手もそれにコールしてくれ、運命のリバー。
落ちたのは、♧Qだった。
結局今は運が回ってこなかったらしい。
だが、これで流れが消えるだとか負けだとかそういう話ではない。
ポーカーには役で勝つ方法と、相手を下ろす方法があるのだ。
ここまで吊り上げてきたのはファイナルテーブルに入ってからも何回か行ってきた。
相手からすればストレートやトリップス、セット、フルハウスなんかも見える状況のはずだ。
そして今までの流れを見ていると彼はそこそこ消極的だったから降ろすことも十分に可能なはずだ。
だがそうなると一番大切なのはどう降ろすか。
また相手はチェックしてきたから、そこまで自信はないはずなのだ。
例えばだがオールインすれば降りてはくれるだろう。
だがもし捕まったら?相手がちゃんと強い手を持っていたら?
そう思うと怖いところもかなり大きい。
だがショウダウンしても勝てる見込みはほぼない。安くベットしても乗られたらそこで負けだ。
ある程度自信を見せるような大きなベットが必要だろう。
今細かい勝負の中でも勝ち越した僕はさらにチップ差を開いていた。ポットを取られてしまってもまだ順位は逆転しないくらいのものだ。もちろんギリギリではあるのだが。
その有利を捨ててまでブラフをしに行くのはやはり怖いが、勝つにはそれが必要ということも頭ではわかっている。
しばらく目を閉じて考えながら、僕は結局順位が入れ替わるくらいの大きなベットを返した。
もし負けても敗退ではない。大きくチップを減らすことにはなるがまだまだ戦える範囲だ。
そう言い聞かせて勝負に出たのだが、相手もこれはしばらく悩むことになった。
さっきも実際負けているし全体を通して僕の方が優勢に運んでいるのだ。相手も敗退が賭かってないとはいえ大事な勝負になっていることは理解しているようだ。
かなり強い手ではないということは今わかったようなものだが、相手もそれはなんとなく察しているのかもしれない。ただ本当にそうなのか、何が怖いかと考えるのは非常に大切なことで、彼もポーカー人生で何十回何百回じゃ足りないくらいにその思考をしてきたのだと思う。
しばらくファイナルテーブルを静寂が包み込み、数分経って相手はそれにコールを返した。
僕はその時点でもう上を向いてしまいたかったが、これは素直に相手の読みが上だったのだと認めるしかない。
ショウダウンすると相手は♡A♡6。A Qのツーペアで、僕の負けだ。
ブラフするならオールインの方がよかったか、と自分に問いただしながらも清々しい負けではあるし、何よりこれで敗退ではないので受け入れることはできた。
まだまだここから捲れる可能性は十二分にあるのだ。
今のブラフは全体的に優勢だったからと信じすぎたのかもしれない。しっかりと集中し直して戦わなければ。
そんな風に思って次のハンド、そのまた次のハンドとヘッズアップは続き、またブラインドが上がる。
だが互角の勝負で常に負けたり勝ったりを繰り返し、1位は何度も入れ替わっていた。
そして僕がまた優位に立ったあるハンド。
このトーナメント最後のハンドは不意に訪れたのだ。
僕に入ったのは♡5♡6。
数字は強くないが順番する数字でスーテッド。
その事実を見たときに今はもう遠い過去に思えるあのブラフ失敗が脳裏によぎった。
あの時もこんな感じでしかも最終的には負けてしまった勝負だ。思い出すのは縁起が悪い。
頭の中で嫌な想像をしてしまうとそういう風に動く気がして僕は首を振った。
相手のプリフロップはレイズ。2BBほどのもので、十分戦えると僕はノータイムでコールした。
フロップは♤5♧8♤10。
悪くはないがよくもないと言ったところだろうか。
とりあえずペアにはなったが大きな数字ではない上、ハートが一枚も落ちなかったのでフラッシュは無くなってしまったからだ。
せめてツーペアくらいまでは伸びてくれれば、と思いながら僕はテーブルを叩くと、相手は少し悩んでからチップを手にした。
ポットの約半分くらいのチップを投げ入れてきたのを見て考え直す。
まだまだ諦めるような状況ではないのだが、相手はブラインドが上がってからかなりアグレッシブなことも増えていた。
それは早く終わらせてしまいたいのか良い手が連続したのかはわからない。
コミュニティカードの関係で僕が勝ちはしたがK Kなども見せていたのでそれは余計に気になってしまう。
今回もかなり強めなのではないだろうか。
エーシーズなどが影響しない場面とはいえ、ヘッズアップのこの状況ではT Tもありえるし、88でもレイズするだろう。
スペード2枚でフラッシュドローの可能性も見える。
どれにおいても今の僕よりは優勢かもしれない。
だとしたらここで降りてしまっても良いのかもしれない。と全ての可能性を考慮しながらも、僕は前に進むことを選んだ。
コールしてターン。
カードは、♢5。
これで一気に状況が変わった。僕はトリップスになったし、フルハウスも見えている。
だが確率は低いとはいえ、相手も5を持っていた場合キッカーで負けてしまう可能性もある。♡A♡5などだった場合だ。
全ての可能性を考えつつもここは有利なはず。勝負を仕掛けるタイミングを見計らってもいい。
そう思っていると相手がさらにポットの半分のベットを返してくる。
大丈夫、ここは乗っていい。
僕はすぐにコールしてリバー。
カードは♡2。
これはかなり僕よりのカードではないだろうか。
フラッシュやストレートもあり得ない状況で、自分より強いのはフルハウスと8か10のセット。
大きく勝つチャンスである。
僕は有利なのもあって強気にポットと同じくらいのベットを返すと、相手はしばらく悩み、僕の顔とテーブルを交互に見つめてきた。
そして、また数分悩み、僕を見ながらチップを前に出した。
「オールイン」
その響きはカジノ内に静かに響いた。
この勝負で優勝が決まると言っても良いだろう。
僕が勝てばそのまま優勝であるし、もし負ければチップが残るとはいえ勝負できないようなチップ差になってしまう。
そう思うと相手もかなり強い手であるとどうしても思ってしまう。
流石に何もない5のワンペアで勝負してくることは考えにくいからだ。
だが、ここでさっきの自分の負けも思い出してみると、相手と僕の立場が逆とは言え同じ展開だったことに気がつく。
レイズで入りフロップ、ターンとベットしリバーで大きくベット。相手は今回オールインとはいえ、それは先ほど僕も考えたことだ。
もしかしたら相手がブラフの可能性もあるということだろう。
その場合トリップスの僕が乗れば優勝をこの手にすることができる。
でも、だけど。
もし相手が10と5でフルハウスだったら?
♧5と♧10だったらレイズして入る、かもしれない。
あまり可能性はなさそうとは言えこの一回で負けてしまうかもしれないのだ。考えないわけにはいかない。
思えばレイズの金額も彼にしては控えめだった気がする。
それはフラッシュくらいしか見えていないからのとりあえずのレイズだったのではないか。
でもストレートにいかないような手でレイズするだろうか。ベットを繰り返すだろうか。
いや、それは強気で仕掛けてきただけかもしれないし、もしかしたらそれすらも罠かもしれない。
何度も何度も相反する考えを頭の中でぐるぐると回しながら僕は自分のカードを確認し直した。
何度見ても5のトリップスで、この場面においてはかなりの強さだ。
負けるのは10のセット、8のセット、フルハウス。確率は高くないが0ではないのでそれが引っかかってしまう。
思えば今までオンライントーナメントでは何十回も優勝してきた僕ではあるが、ライブトーナメントでは優勝したことはない。W S O Pで今回ラスベガスにきたけれどファイナルテーブルに残るのすら今が初めてだ。
何か目に見えないものに引き止められるように僕は息苦しくなっていた。
何分も考え込むけれど相手からのクロック要求はなし。
そこに感謝しつつ、僕は勇気を振り絞ることに決めた。
確率的にかなり有利なのは僕の方だ。ここで勝負に乗らないでどうする。優勝は自分で勇気を持って引き込まなければならない。
僕はコールを返す。
だが相手はブラフが失敗した時のような目つきではなく、そこで僕は手が震えてしまう。
音を立てて崩したチップに気を取られながらも相手をしっかりと見つめ返した。
相手のショウダウンの手つきがやけにスローモーションに見えながらも確認すると、出てきたのは♡A♧10。かなり強いハンドだ。
出来上がっているのもAキッカーのツーペア。
勝負する人間もいて当然のような手だった。
そしてそれを確認しながら僕はカードを表に返す。
あれ、あっているよな。
トリップスだから、ツーペアより強いよな。
そんなことをぼんやりと考えていると、カジノ内に拍手が響き渡った。
そして相手はゆっくりと立ち上がり僕に手を差し出してくる。
握手か、と一瞬分からず戸惑いながらも握り返すと、良い勝負だったと笑いながら僕の肩を叩いてくれた。
そこで初めて僕は勝負に勝ち、優勝したんだと気がつくことができたのだった。
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