何も知らない案内ガイド【短編小説#22】
旅行中にふらっと立ち寄った美術館。ある画家の作品が飾られている。
画家について詳しいことは知らなかったので、解説を聞きながら巡回しようと案内ガイドをつけようと思った。すると、サービス欄に「何も知らない案内ガイド」という項目があった。
「これは何ですか?」と受付係の方に尋ねると、
「何も知らないガイドさんと一緒に巡回していただきます。」と返事があった。
何か面白い気付きがあるかもしれないと思い、興味本位でそちらを選択すると、何も知らないガイドさんが現れた。
ガイド係は、赤色のハンチング帽を被り、白い髭を生やした優しそうなおじいさんである。緑のベストもよく似合っている。
「では、参りましょう。」と声をかけてくれた。
一つ目の絵画の前に止まった。
ガイドさんは後ろに手を組んだまま、絵画を静かに見つめている。
すると、「こちらはどんな絵に見えますか?」と問いかけてきた。
どうやら、詳しいことは知らないらしい。
「そうですね、、全体的に寂しい色をしていますね。奥にある湖がなんとも寂しさを強調している気がします。」と答えると、
「おや、奥にあるのは、湖ではなく原っぱではないでしょうか。」と返事をされた。
本当だ。寒色だったので、湖かと思っていたが、よく見ると草原だった。しっかり見ているはずなのに、正しく見えていなかった。
しばらくの沈黙の後、おじいさんが語りかけた。
「私には、なんとも懐かしい雰囲気がするのです。以前に別の方と観覧した際に、ノスタルジックな思い出ってどうして青く霞んで見えるのだろうと、その方がお話しされていて、感動したのを覚えております。」
おじいさんの話のテンポは随分と心地がよい。自分の中で何かを落とし込むのに十分な間があった。そこには、相手との、また自分との対話があった。
その後いくつかの絵画をまわった。
すると、ある絵画の前でおじいさんが
「この絵画は、どのように見えますか?」と尋ねてきた。
「この美術館の中で私が大切にしている絵の一つなんです。」
と言い、微笑んだ。
私は黙って絵を見て、どう見えるかを考えてみた。
しばらく考えて、こう答えた。
「描かれている女性の優しそうな目が好きです。年末に故郷に帰省しようとする人は景色を見る目が優しく見えますが、そのような目をしています。」と答えた。
するとおじいさんは
「ほっほっほ。面白い例えですね。確かにそのような目に見えます。あなたはよく人を見ているのですね。」と笑ってくれた。
そして、「実はここにある絵画たちは私が描きました。」と述べた。
驚いた。まさか画家本人が案内をしてくれていたとは。
私は画家にどんな想いで描いたのかを尋ねた。
「ここにある絵を見て、何かを考えるきっかけをつくれたら良いと思いました。なので、どの感情も正解なのです。」と。
なぜ、何も知らない案内ガイドをしているのかを最後に尋ねてみた。
「これも考えるきっかけに過ぎません。知らなくても知ろうとすることで見えるものがあると、私は思うのです。」
何も知らない案内ガイドは、何かを知ろうとするきっかけをくれた。
完
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