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聞いて・・・。
残暑が続きますね。
さぁ、この話が多少なりとも暑気払いになりますかどうか。
お時間が許せば、聞いて(読んで)みてください。
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バンコク暮らししていた頃のこと。私は、会社の同僚など約10名で、160kmほど離れたカンチャナブリに遊びに行きました。観光地として有名な泰緬鉄道(カンチャナブリ鉄道)を見に行ったわけではありません。
目的は川遊びでした。
何台かの車に分乗して到着したのは、山間の谷を流れるまぁまぁ大きな川の上に建つ水上の家。
![カンチャナブリ2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/84189261/picture_pc_b15eb8960908ee5ce407e2359b86af22.jpg?width=1200)
川岸部分から川に張り出した、いわば水上の民宿です。周囲には水と緑のほか何もありません。そこに我々男女約10名(日本人2名と残りタイ人)が宿泊しました。
部屋についている縁側のような板部分から直接下にある深い川に飛び込んで遊びます。その川の水は、昼間でも深い緑色をしていて、私は入るのに少し躊躇しました。
![深い河](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/84261154/picture_pc_32696644dd937d0605ddea5706a05e3c.jpg?width=1200)
意を決して飛び込むと、水は冷たく、海水のような浮力もありません。
深緑の水中を覗き込めば、そこにあるはずの自分の両脚は、膝から先が緑に溶け込んで見えなくなっています。足先に感じる水はかなり冷たい。タイヤのチューブを利用した浮き輪にしがみついていなくては、川底に引きずり込まれそうな、そんな気がしました。
それでも、皆とする川遊びは楽しいものでした。その後、美味しい夕食をとり、ビールやウイスキー、ジュースで陽気になった私たちは、誰かが爪弾くギターに合わせて歌を歌ったりして、夜は面白おかしく更けていきました。
やがて部屋の隅で眠り始めた人も出てきました。一緒にやってきた日本人の私の女ともだちももう眠ってしまいました。
ふと思いついた私は、部屋の端に立って川面のほうを見たのですが、どんなにどんなに目を凝らしてもそこには何も見えません。あるのは暗闇のみ。
![暗い世界](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/84261567/picture_pc_a900178419230b9a60d674b88343e09f.jpg?width=1200)
流れる川の音とどこからか聞こえる動物や虫の声。
この家の明かりがなければ、私たちはもう真っ暗な暗闇に取り残されるのみでした。
さて、誰ともなく怖い体験談などをぼそぼそ話し始めました。
バイクや工事現場での事故の話などです。
やがて促された私も、どこかで聞いたり読んだりした日本のタクシー運転手の不気味な女性の乗客の体験談などをしました。
タイ人は日本の幽霊話に興味津々。
「で、その女の幽霊ってどんな感じ?」
「髪の毛が長くて白い服を着てて。その女性がすうっと移動して…」
質問に対して、典型的な日本の幽霊の描写で応える私。
「歩かないの?」
「歩くというよりはつつつーっと滑ったり、ふわっと移動するかんじ。白くて長い服着ていて。幽霊って脚もないしね」
「え」
タイ人たちの目が驚きで点になりました。
おしゃべりな女の子のビアちゃんが代表して私に尋ねます。
「日本の幽霊って、足がマイミー(ないの)?」
私はうなずきます。
「マイミー(ない)なんよ。それが定番みたい。姿がぼんやりしてて、足もとがはっきり見えないのってよけいに不気味だよね」
するとタイ人皆がどっと笑いました。
あれ? そこ、笑うところかな。
ビアちゃんもゲラゲラ笑って言います。
「足がなかったらどうやって幽霊は歩くのよぉ」
そこで私が、
「じゃ、タイの幽霊には足があるの?」
と尋ねると、その場の全員のタイ人が大きくうなずいて、
「ミー(あるよ)!」
というのです。
タイの幽霊は、脚も姿もはっきり見えるのだそうです。
そして、彼女はこう付け加えました。
「でも頭はマイミー(ない)」
は? タイの幽霊には脚があっても頭がないの?
「マイミー(ない)。でも手に持ってる」
なんと。
タイの幽霊は、なぜか胴体から離れた血だらけの自分の首を小脇に抱えながら歩いてやってきて、ドアとかガンガン叩いたりするらしいのでした。場合によっては、首を持ったままほふく前進して部屋を横切る兵士の幽霊などもいるとか。
やだぁ、怖い! 血みどろの生首とか、ほふく前進とか見えたら恐怖でしかありません。くっきり見えたら、気のせいにすることも出来ませんから。
それにしても、タイ人は文化的、宗教的な理由で人の頭をとても大切に扱います。友人であっても、頭を安易に触ったり、ましてやハリセンでしばくなんてことは絶対にしません。でも、幽霊になったら、頭がもげてしまうなんて、結構ぞんざいな扱いになるようです。
私のタイ語の理解が正しいか、皆に再度確認します。
「ええと、タイの幽霊の脚は・・・」
「ミー!(ある)」
「で、幽霊の頭は・・・」
「マイミー!(ない)」
「で、そいつが向かってくるのがはっきり見える、と?」
「見えるよ!」
文化が違うと幽霊の登場の仕方や外見が違うのでしょう。日本人の幽霊がタイで出現しても、存在感はなさそうです。
「あっ」
その時私は、ここ(カンチャナブリ)が、昔、日本軍が現地のタイ人を使って作った泰緬鉄道のある地だったことを思い出します。
第二次世界大戦中、日本軍のために鉄道敷設の過酷な労働で死んだタイ人も多かったのです。やばいです。今話しをしているその現地こそ、幽霊が出たっておかしくない地域じゃないですか。しかも、私は日本人。
お願い、私を恨まないで。
そんなことを考えている私の表情を見て、タイ人の一人が言いました。
「そうだよ。カンチャナブリは、幽霊出るよ」
川面を渡る冷気がすうううっと窓から入ってきて、部屋で車座になった私たちの間を通り過ぎます。
そのときです。
ガタガタガタ。
部屋の板戸が音をたてました。
ぎゃぁぁぁ!
私を含む、その場にいた女子が、板戸を注目しながら叫びます。
板戸は激しく揺れてやっと開くと、そこにはデザイナーのティさんが寝ぼけた顔で立っていました。酔っ払って廊下で寝ていた彼が、たてつけの悪い板戸をあけて部屋に入ってきただけでした。
「お前ー!」
「もう、ばかぁ。脅かさないでよぉ!」
大声で騒いだ恥ずかしさもあって、私たちは状況を全くわかっていないティさんを散々に責め、キックします。彼はわけがわからないまま、再びごろりとその場に横になりました。
その夜、皆と共に雑魚寝した私は、川から感じるかすかな風と虫やよくわからない獣の鳴き声などのせいで、結局ちゃんと眠れませんでした。
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さて、私のお話はここで終わりです。大して怖くない話でしたね。
でも、皆さんのタイの言葉、文化の習得に多少でも貢献できたのではないでしょうか。
タイ語で、「ある」は「ミー」、「ない」は「マイミー」。
よろしいですね? 日本やタイでの幽霊に出くわしたときに、間違えないようにちゃんと使い分けてください。
これで今日のタイ語の授業を終わります。