「光る君へ」うろ覚えレビュー《第9話:遠くの国》
遠くの国
9話のタイトルは「遠くの国」。それは何を意味するか。
「鳥かごを出て、あの山を越えていく」
義賊で散楽師の直秀は言った。
山を越え、海を越えたかの国に思いを馳せていた。
そして今回、直秀は逝ってしまった。一番遠くへ行っちゃった。
きっとそれが「遠くの国」だ。
藤原道長が暮らす東三条殿に盗みに入った直秀と彼の散楽仲間たち。
捕縛され、道長の命により検非違使に身柄を拘束された。
道長は、自分が口を利けば直秀たちを軽い刑罰程度で放免できると考えていたし、直秀とその仲間たち自身も自分たちの処遇を楽観視していた。
ただ、獄中の直秀は見た。
盗賊の一味と誤解されたまひろが牢獄前に連行されたところ、道長が素早く彼女を救って自由にさせたところを。
直秀はきっと自分と「東三条殿の若君」である道長との力の差を目の当たりにした。まひろや道長がいる世界と自分を取り巻く閉塞的な世界との違いを牢の格子の奥から嚙み締めたことだろう。2つの世界は違いすぎる。
まるで牢の中と外のように。
本来なら鞭打ち刑で済むほどだった直秀たちの罪はなぜか流罪となった。
そして、騙されるようにして連れていかれたのは、鳥辺野。
「鳥辺野」の名を聞けば、さすがにあたしもすぐ直秀の運命を理解した。
京の東にある鳥辺野は蓮台野や化野とともに都あたりの人びとを葬る場所として知られる。
そこでは、鳥に遺体を食べさせる「鳥葬」と呼ばれる方法でひとびとを葬ったのだという。
直秀と仲間たちはそこで共に斬殺された。
黙って殺られちゃったんだよなぁ。直秀は最後に何か言ったかなぁ。
実は、少し期待していた。
それでも直秀の遺体だけは見つからなくて、どこかで生きている可能性を残して行方不明になっているパターン。
でも、直秀の遺体はあった。
直秀もこの9話で出番は終了だ。
視聴者の心をつかんでいた直秀をこうも早々に殺すんだな。
NHKは視聴率を少し捨てたな。
脚本家の大石静氏は、平安時代の庶民の生活にも光を当てるために直秀を登場させたという。
だが、「動く今昔物語」のような庶民の代表である直秀がいなくなり、これからどうやって庶民生活を表現するのか。
もしやこれ以降は、道長の出世やまひろが紫式部へと変身していく過程を描くことにストーリーがシフトしていくのか。
まひろと道長の反応
直秀らの死に、道長もまひろも表情をこわばらせ、そして泣いた。
2人は、殺された彼らを土に埋め、祈った。
でも、なんだかまひろと道長の反応が薄い感じがしたのはあたしだけか。
あたしが直秀に肩入れしすぎて、ひとりだけ物足りなさを感じているのか。
まひろは意外と直秀の死に対して冷静だった。
悲しんではいたが、思ったほど取り乱しもせず。
一方、道長は号泣した。
ただ道長が取り乱した理由は、自分が盗賊たちを検非違使に引き渡したことがきっかけで直秀を殺させてしまった状況に恐れを感じ、自分を責めていように見えた。道長は自分のために泣いていたようにも見えたよ。
要するに、2人ともひとときのあいだ「友人」だった男の死を悲しむより、道長は自分を責めて泣き、まひろは自身を責める道長のために泣いたように見えた。直秀との別れを惜しむ感じじゃなかった。
道長「すんまへん」←謝って済むなら検非違使はいらない。
道長「皆はんを殺したんはわてやねん」←知ってる。
道長「余計なことしてもうた」←放っておいたらむち打ち30回ですんだかもしれへんのに。
道長「ほんま、すんまへん」←何も言うことはない。
まぁ、直秀やそのほかのみんなを土に埋めてくれたのは、おつかれ様でした。でも、まひろが最後にひとりで直秀に向き合う場面がなかったのが、寂しい。
そしてまひろは、そのしばらく後に弟の藤原惟規が大学に入るタイミングでは、もうケロリとした顔だ。
まひろ、そういうとこだぞ!
せめて9話終わるまで、なんなら来週まで悲しそうにしといてほしかった。
それにしても、直秀に関しては以前からのいやな予感が当たってしまったな。占い師になろうか。いや、馬券を買うか。
予想屋の明石 黒
8話では、藤原道兼が急に弱みを見せて人が良くなり、奇妙な違和感を覚えたものだ。道兼はまひろの父の藤原為時とやや一方的に距離を縮め、父親の兼家による虐待が判明して花山天皇に同情された。巷(ネットの意)では、「道兼は父親の虐待され疎まれているかわいそうな人説」もあった。彼も被害者の一人だったのだ、と。
だが、明石 白の脳内のネガティブ担当「明石 黒」は、前回の「うろ覚えレビュー8話」で吐露したとおり、「藤原兼家と道兼父子による花山天皇をハメるための大芝居」説の可能性が捨てきれなかった。
(みなさんどうでした?)
そしてそれが現実(いや、ドラマですけど)のものとなったのだ。
実は、兼家の病気はほとんど仮病だった。花山天皇のなくなった女御の藤原忯子の怨霊の存在を信じさせるためだ。
次に道兼は、兼家に嫌われた可哀想な息子を演じることで花山天皇の同情を買い、天皇に近づいた。虐待の証拠とされた腕や身体のあざも、ぜーんぶ自作自演。
兼家と道兼の父子は、安倍サンタマリア晴明の悪知恵にも助けられ、花山天皇を天皇の座から引きずり落とす作戦を開始したのだ。
兼家は超絶にしたたかだ。
道兼、可哀想な人でもなんでもありません。クズはクズでした。
父親に気に入られようと必死なところが哀れでさえある。
ま、そーゆーことで、明石 黒のピュアでおしゃまなネガティブ予想が当たったのである。
馬券…いや、宝くじ持って来い!
強烈な兼家一家。
娘の詮子が、病床に伏していると信じて(本当は仮病の)父親・兼家に対して静かに放ったひと言、
「父上にもしものことがありましても、心置きなく旅立たれなはれ」
は、さすが兼家の娘である。
本音が透け透け。さんざん利用され、いじめられたしね。
で、兼家の命を受けて動いていた道兼も鼻高々にアピール。
「兄上(道隆)と道長がのほほんとしてる間も、わては父ちゃんの命を果たすために(演技)やってましてんで」
こんな具合だから、道長が
「東三条殿には信用できるやつなんか一人もおらへん。たとえ家族でも」
と言ったのは理解できる。
だが、道長よ。
兼家が花山天皇を天皇の座から引きずり下ろす作戦を説明し、一族の結束を要求したとき、末席のあんたも父親の言葉にうなずいていたのをあたしはミタ。花山天皇をハメる作戦にはどうやら賛成なんだね。
道長だってこののち栄華のためにはなりふり構わず行動した人物だ。
この親にして、この子あり。この家族にして、この若君あり。
花山天皇のガラスの玉座
そういうわけで、花山天皇はもう蟻地獄に足を突っ込んでいます。
ウソツキ道兼の芝居に引っかかり、死んだ忯子の成仏を願うあまりにインチキ安倍サンタマリア晴明の言葉を信じてしまった。
花山天皇「お前、何言いたいん? はっきり言うてや」
安倍サンタマリア晴明「ほな言いますけど、こうなったらお上が出家しやはるしか(忯子様を成仏させる)方法ありまへんな」
花山天皇のガラスの玉座にはもうヒビが入り始めている。
さて、今回もいろいろあった第9話。
あたしはまだ直秀を引きずってるよ。
ドラマ後半ではまひろや道長が直秀の死のことから吹っ切れているのがわかっちゃって、しっとりと嫌な気分だ。
「一緒にいくか」
まひろを誘ったあのときの直秀は、まひろが型にはまった世界で無理にそれらしく振る舞うよりも、もっと自由に生きるべき人だと気づいていたからこそ、ふと口にしてしまった言葉なのかな、とも思えてきた。
さよなら直秀。
遠くの国で、笑いながら自由を満喫しておくれ。