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20歳、無難に生きた例しがない。



20代を、無難に生きるな



19歳の春休み、私は、この本に出会った。

「20代を無難に生きるな。」:永松茂久

19歳の残りの期間は、

どう生きてたっけ。

大学のことはほとんど思い出せないけど、

「別れ」と「再会」と「死別」と、

沢山の「出会い」を経験した。

その「再会」は、「私」と「人生」を大きく変えて、

「出会い」は私の20歳を沢山支えてくれた。

それだけはすごいはっきり覚えてる。

だけど、

挑戦という挑戦は、ちゃんとできた例しがなく、

「Jump in 週末留学」の Coordinator の件も、

「再会」も

「リス活」も

正直に言うと、「後悔」の2文字がないわけでなく。

ただ、10代最後の挑戦

「ファシリテーション」を学んだこと。

これが、20歳の私が輝くための、一番最大の準備だったって、思ってます。

20歳の思い出


20歳の誕生日

親友と初めて、ビールを飲んだ。

当時働いてた、ビアホールレストランで、中ジョッキ1杯をサービスして頂いた。

その味は、食べ物の好き嫌いの少ない私にとって、久々の

「あ、こいつ、嫌い。」

という感情だった。

「翼をください」の替え歌現象 
@某デパートで山形牛をご馳走になったこと。


「再会」から繋がった「ご縁」からの出来事。

「朱鷺」と名乗る私の、生きる価値は、無くはないな…
と、どこかで感じた。


そして、名入りのケーキを高級焼き肉のお店で食べるとは、
思ってもいなかった。


ナナナ🌸💎@名古屋

ファシリテーターとしての「能力」を初めてリアルガチで発揮した、
ナナナ🌸💎さんのoff会。

こんなに素敵なモデルさんの、夢のOFF会で、ピンチを救うことができた。

ナナナちゃんとの「ご縁」と、

Raise your Flag(ファシカレ)に参加した、過去の自分に、
感謝した。


そして、

「今までの経験は「無駄なこと」だったけど、「何か」が繋がってるかも知れない」

と感じた。

闘病生活・支えてくれた「仲間」の「現実」

メンヘラで友達を失う。

よくよく思い出すと、この1年は、「闘病生活」だったと思う。

「持病」を2つ抱え込みました。

うつの「不安」と「喘息」

この2つで、大学の成績を落とした。


過去を沢山悔やんだ。
後悔した。

生きる価値を、何度も見失った。

頼れる人がいるようでいないようで、

他人に依存した。

そしたら、かなりの友人が、リアルに離れていった。

その度に、本気で「メンヘラを治そう」って何度も心に誓った。


リアルな出会い@RYF8期🚩関東会


「関東会、やるんだけど来ない?」

正直に言うと、行くのが本当に怖かった。だけど、

「ナーナOff会、私以外皆社会人だったけど、行けたから大丈夫だろ。」

と信じて、一歩を踏み出した。


ばんちゃん、誘ってくれて、ありがとう。
お陰で、3月のConnectに行くのが楽しみになった。


Connect 『アンコール ~明日世界が終わるなら~』


初めて言語化できた「本音」

怠惰な自分との「別れ」

人生初の「キャンプファイヤー」で燃やしたのは、
過去が最低すぎた親友達への「手紙」


「こんなもん、持って帰れるわけないじゃん」

と。

弱い自分にやっと、別れを告げることができた。


そして、このイベントから、

新しい私たちの「記録」は 「誕生」 した。


電波の繋がらない山の中で、スマホを落としたにもかかわらず、

最高の相棒(ニコイチ)と出会えた。


悩んでるのは私だけじゃない。


相棒のTwitter、ブラック企業(仮)の愚痴だった。

同期BのTwitter、ホワイト企業(仮)で働く自身の不満だった。

超エリート大学生のTwitter、彼も中身は、ただの「人間」だった。

私のTwitter、部活の運営が上手くいかなくて「メンヘラ」だった。


どこか、安心した。

「頑張ってるのは私だけじゃない」

と。

彼らと、定期的に遊びに行くと、毎回元気をもらっていた。


お陰で、なんとか今日まで、生きている。


社会の理不尽

「つじつまが合わない」

どこかで、あり得ないことが起きていた。

何で、頑張っているのか、私は何を頑張っているのか、わからなくなった。

「暴走」した。

それまで悩んでいたこと全てが、全てどうでも良くなった。

その時、私はカレンダーを見た。

「この日だけは、リアルを忘れてこよう」

東京 丸の内ディスコ @日本橋

実は怖かった。

そこに「壁」は存在していた。

ただひたすら怖かった。

「鍵」なんて私は持っていなかった。

大学で、沢山悩んで、何が正解なのか、わからなかった。

ファシリテーターになったにも関わらず、

私の前には「壁」しか無かった。


「リス活」「リスナー」「メンヘラ」

この3つに関係する自分にひたすら「後悔」した。

「リス活なんてしなければ良かった」

沢山考えた。だけど、


ナナナ🌸💎さんへの「感謝」

少なくとも、ファシリテーターという「夢」が現実になったのは、
彼女のお陰だった。

そして、彼女に出会うきっかけは「再会」だった。

その「再会」で私は「駄目人間」と化しながらも、

初めて「適度にサボること」の大切さを学んだ。

そして、今は沢山仲間がいるのだから。


再会 その2

沢山の「私を変えてくれた人」と再開した。

沢山話した。

とにかく、楽しんだ。

飲んだ。

そこに、「誘惑」を感じる 「何か」があった。

私は「誘惑」に惑わされた。

APTX-4869

「ジン」と「ウォッカ」

このタイトルと、この2フレーズは、アニヲタなら、何か刺さるのだろうと思うが。

初めて、お酒をやらかした。

黒の組織のポンコツコンビのせいで。


しかも、推しと親友の前で。


笑えない。

また、私は、ショックを受けた。


分岐点

その日、私は2次会を途中で抜けた。

親友から不在着信があった。


「帰ったら連絡ちょうだい。」

その着信を見た私は、泣きそうになった。

終電間近のJR線で。


「ごめんね」

そして。

「ありがとう」


こんな素敵な方達に支えてもらえる場所に来れたのは、
間違いなく、貴方のお陰でした。


その他、思い出。


皆、以下のnoteでも時間のあるときにゆっくり読んでくれ。

そして、マジでありがとうね、皆。



今年の思い出を語るなら、こんなところだ。

感謝

これ以上に私は挑戦しかしていない「1年」を過ごしてきた。

素敵な友人に恵まれた。
そんな1年を過ごしてきたと、本気で思う。

沢山「壁」にぶつかって、

20歳最後に声が出なくなるとは思ってもなかったけど

声が出せない代わりに、noteにここ1年についてまとめました。

私とこの1年、少しでも関わってくださった皆さんが、このnoteを読んでくれていたら、私はそれで幸せです。

20歳、仲良くしてくださり、ありがとうございました。

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